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レビュー

児玉源太郎にみる土方歳三の面影

 このたびの『官賊に恭順せず 新撰組土方歳三という生き方』は、新撰組副長土方歳三にフォーカスした書き物であるが、決して時代小説ではなく、どこまでもノンフィクションとして執筆したものである。土方という素材そのものが、どちらかといえば小説向きのイメージをまとって確立している感があり、改めてこのことを意識するのだ。
 即ち、長い時間軸を引いて明治維新という壮大な歴史の嘘を浮き彫りにしようと試みる一連の著作の一つとして、土方歳三を書いたつもりである。
 当然、小説のように奔放に躍動させることはできないのだが、やはりこの男は、幕末維新史を考える上では一つの事件、一藩の政治動向に匹敵する、いやそれ以上に重要な考察の材料を与えてくれる存在であったというのが、脱稿後の偽らざる想いであった。その意味では、検証を試みる長い時間軸の上に独立して置いてみる必要のある存在であると、改めて感じた次第である。
 新撰組が単純な悪党集団とされていた私の少年時代、土方の名前を私どもは「さいぞう」といっていた。これは誤りであって、土方歳三は今では「としぞう」と正しく定着している。
 江戸期は、人名も音が重視され、その表記は余り厳密には意識されないところがあった。土方についても、歳蔵、年三、年蔵、俊三など、幾つかの表記が存在する。逆に、それらがあったからこそ「としぞう」が正しい名前であることが判明したのだ。このことから「さいぞう」は明白な誤りであり、それは当時の私どもが歳三という表記しか知らなかったから生まれた誤りであったといえるのだ。
 同じことが、山南敬助についてもいえる。新撰組隊士の中でも人気の高いこの人物については、わざわざ「やまなみ」とルビがふられている書物が多いが、正しくは「さんなん」である。これも、三南という表記が使われていたことから判明したものである。
 このような細かい史実を意識しながらも、土方という男の本性はどういうものであったかということを常に考え続けていたが、この男の優れた軍事的才能を思うにつけ、日露戦争を勝利に導いたとされる児玉源太郎に重なるものを感じたのである。
 周知の通り、児玉はメッケルの門下生である。ドイツ軍人メッケルは、招かれて陸軍大学校で参謀将校の育成に貢献し、包囲戦や兵站を重視する戦略・戦術思想を日本陸軍に徹底したことで知られる。長州閥に属しながら、児玉という男は閥というものを殆ど重視しなかったようだ。支藩である徳山藩出身であったからという訳ではないだろうが、同じ長州の山縣有朋を全く評価せず、薩摩の大山巌や仙台藩出身の行政官僚後藤新平を高く評価したことが知られている。 
 実質的に二〇三高地を攻略したことについては異説もあるが、メッケル門下の優等生として明治陸軍を代表する戦術家であったことは間違いのないところであろう。
 組織戦を指揮することに長けていた土方が、もしメッケルの指導を受けていたら、彼はどういう軍人になっていたであろうか。私には、児玉以上の近代戦術家になっていたのではないかという想いが強い。
 児玉も幼くして父を亡くし、姉の嫁ぎ先で養育されたという、土方と似たような幼い日の境遇をもっている。そして、児玉の初陣は、土方を討つ箱館戦争であった。
 二人には、十七年という年の開きがある。「幕府侍」土方からすれば児玉は「官賊」である。しかし、私は、満州軍総参謀長として日露戦争を「負けない戦」にもち込むことに全神経を使い果たした児玉源太郎に、降伏するという選択肢を全く放棄した土方歳三の面影をみるのである。
 やはり歴史とは、斬れば赤い血の流れる生身の人間の鮮烈な営みの堆積である。小説であれ、ノンフィクションであれ、底に流れるこの真理を無視して成立するものではない。


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