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レビュー

黄金色に輝くギリギリのハピネス 『黄金の代償』

 第一作は『迎撃せよ』、第二作は『潜航せよ』、第三作は『生還せよ』。航空自衛隊員を主人公にしたミリタリー・サスペンスとして始まりながら、巻を重ねるにつれてあれよあれよという間にスケールが拡大し、和製「007」へと変化していった〈安濃将文あのうまさふみシリーズ〉は、福田和代ふくだかずよの代表作のひとつに数えられる。本人いわく、主人公は「日本一、運の悪い自衛官」(第二作の文庫あとがきより)。確かに、和製「007」と言うよりも、和製「ダイ・ハード」と呼んだ方がいいかもしれない。突然事件に巻き込まれ、不運が不運を呼ぶ主人公の七転八倒を、読者は楽しみ、起死回生の一手を喜ぶ。
 三作かけて主人公と世界観を育て上げていった、その筆を一旦止めて、同じ版元で作家が新たに執筆した長編が『黄金の代償』だ。舞台は、神戸。繁華街の路上でキャリーケースを抱えた男達が、二人組の警察官の職務質問を受ける。のちに判明するが、二人は偽者の警察官だった。男達は隙を突かれ、時価五億八千万円分の金塊をキャリーケースごと盗まれる。
 物語は、事件が起きた当日の深夜、日付が変わって「平成二十九年三月十四日」の午前二時に幕を開ける。金塊を盗んだ二人組のうち、若いほうの男——二十三歳の葉山和之はやまかずゆきが、計画を取り仕切っていたもうひとりの男、クロエこと黒江敏純くろえとしずみの絞殺死体を発見する。三宮さんのみやの沖に浮かぶ人工島ポートアイランドにある駐車場の、車の中で。トランクからは、収まっているはずの金塊が消えていた。葉山のスマホが鳴り、画面に現れた「クロエ」の表示におののく。誰かがクロエのスマホを奪って、自分にかけてきたのだ。〈『すぐ捜し出すぞ。ええな』〉。自分は、金塊を盗む手助けをしただけなのに。
 死体発見の日を「Day a」と設定し、そこから一日後(表記は「Day a+1」)や数日後、あるいは数年前へと、時間軸をシャッフルしながら、葉山の受難が綴られていく。まるで先に挙げた〈安濃将文シリーズ〉の主人公の不運が、こちらの青年に乗り移ったようだ。葉山が真相解明のために行動し、繰り出した一手はことごとくくうを切り、むしろ事態の悪化に貢献する。
 葉山の存在を追う刑事の六車むぐるまは、初めは単純でがさつに思えたポートアイランドの殺人事件が、複雑怪奇に拡大し続けることに驚いて言う。〈雑草を抜こうとしたら、地下茎でつながった芋がずるずるついてくるようなものだ〉。その地下茎は、現実の一九九四年八月、神戸市中央区三宮町で実際に起きた「史上最大の銀行強盗事件」こと、福徳ふくとく銀行五億円強奪事件にもつながっている。この物語は、この土地で語られなければならなかったのだ。移動手段に車ではなく船を選ぶなど、神戸という湾岸都市ならではの動線の描写も、その必然性を高めている。
 病気の妹。女手一つで子ども達を育ててくれた母。高校卒業後に就職した酒蔵の上司。大事な人の顔を思い浮かべるほどに、葉山の後悔は募る。そんな彼に手を差し伸べるのは、第一印象は「妖怪」だった巨漢の中年女性・松野まつのと、死んだクロエが手掛けていた地下ビジネスの面々だ。実のところ、彼らの存在もまた事態の悪化に寄与するのだが(そうでなくっちゃ!)、彼らとの交流の中で、葉山は視野を広げ人生を学ぶ。
 一つに見える事件は、一つではない。その視点でクロエの殺害現場を再検証し、因数分解していった先に、意外な真相が現れる。最初は驚き、やがて切なさで満ち溢れていく葉山の心情を、物語を追い掛けてきた読者もまた追体験することとなる。
 堕ちて堕ちて、堕ち続けていくこの物語が、すべては無かったことになりました、という夢みたいなハッピーエンドを迎えるはずはない。しかし作者は、絵空事に感じさせない範囲内で、最後にギリギリのハピネスを描き出すことに成功している。読み終えた後、不思議と脳裡に浮かんだのは「ブレーメンの音楽隊」だった。ラスト一行で、それまでとは別の意味をまとって登場する「黄金」の一語に、心が震えた。


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