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レビュー

兵隊という顔のない人間の悲哀を描く衝撃作 『生き残り』

 兵隊さんはかわいそう、また寝て泣くのかよ。
 旧日本軍の消灯ラッパは、そんな風に言っているように聞こえたという。
 兵隊とは曖昧な概念である。軍隊に入ってしまえば、新兵から下士官まで一緒くた、将校だって同じ「兵隊さん」だ。軍規という絶対のものがあり、その精神にのっとって生きることを求められる。元の顔をうしない、兵隊という第二の人格をまとうことになるのだ。古処誠二こどころせいじ生き残り』は、その兵隊という存在を正面切って描いた稀有な作品である。
 物語はサガインで二年兵の丸江まるえが、上官の戸湊伍長とみなとごちょうにうながされて、一人の兵隊の存在に気づくところから始まる。その兵隊は単身で動いているように見えた。常に隊の一員であるべきであるのに、異例のことである。指揮官を失ったならば、速やかに身近な将校か下士官の指揮下に入る義務がある。戸湊に問われてその兵隊は、自らの境遇について語る。
 サガインはビルマ(現・ミャンマー)北部に位置し、国内最大の河川イラワジのほとりに位置する。日本軍はそのころ、北部で米支軍、西部で英印軍に押されて転戦を余儀なくされていた。戸湊も丸江も、その途次とじにある。森川もりかわと名乗ったその男は、ビルマ腐れと呼ばれる熱帯潰瘍かいように侵された傷病兵の部隊にいたのだという。独歩可能な患者五名と指揮官である見習士官一名から成る分進隊は、マンダレーの拠点へ自力で行軍することを求められた。だが、弱体化した日本軍を狙うビルマ人ゲリラからしてみれば、傷病兵のみの小隊など親鳥からはぐれたひなに等しい。仕掛けられた罠や敵機の襲来によって彼らは次々にたおれ、ついには自分一人を残して全滅したのだと森川は丸江たちに語った。
 古処誠二は、第二次世界大戦という歴史的事実を題材にし続けている作家である。一口に戦争小説と言っても、作品個々で取り上げた題材はさまざまで、内容も多岐にわたる。それほど広範な地域で、多くの人々が関わって戦争は行われたからである。二〇一七年の『いくさの底』(KADOKAWA)は日本人将校が首を切られて死んだ事件を扱った長篇であり、毎日出版文化賞並びに日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門を授与されている。方向性の異なる二つの文学賞が獲得できたのは、同作が戦争文学とミステリー小説、二つの領域で高い水準に達していたからに他ならない。『いくさの底』は謎解き小説の形式をとっているが、戦地でなければありえない犯人像を採用した点に斬新さがあった。
『生き残り』も、『いくさの底』と同じミステリーのプロットが用いられた作品である。単独行動の事情聴取を行う戸湊伍長は、森川に対して疑念をあからさまにして隠さない。噓を見破ってやると言わんばかりの態度なのだ。それゆえ読者も、小隊の全滅についての過去語りを、伍長と同じような疑心を持って眺めることになる。次々に関係者が落命していくことでサスペンスが高まっていく書きぶりもミステリー・ファンを喜ばせてくれるはずだ。
 とはいえ『生き残り』は狭義のミステリー枠に収まる作品ではない。ある人物の作為、虚偽を暴けばそれで終わりという話ではないからだ。何が嘘だったのか、なぜそのようなことが行われたのか、が明らかにされた地点が真の出発点となる。『いくさの底』同様、読者はそこで初めてこれが戦争小説として書かれた意味について気づくことになるだろう。ただし作者は、小説の主題を冒頭の一行で明示している。これは「兵隊さん」という、個を喪失して隊に従属することを求められる、特殊な人間のありようの小説なのであると。兵隊さんはかわいそう、また寝て泣くのかよ、という消灯ラッパが最初からずっとなり続けている。
 戦争という特殊状況を描いたと同時に、人間の個と全体という普遍的な主題を扱った作品でもある。舞台は遠くビルマの地だが、実は私たちのごく身近な物語でもあるのだ。


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