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レビュー

「自らの死に方」を考えるきっかけに。現役医師が贈る医療エンターテインメント『オカシナ記念病院』

書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
本選びにお役立てください。

(評者:中山祐次郎 / 医師・作家)



 久坂部羊氏の小説は『芥川症』『カネと共に去りぬ』などどこか気の抜けたタイトルが多いが、本作品の『オカシナ記念病院』を見ただけで吹き出しそうになった。作品の舞台となるオカシナ記念病院は「岡品」という人が建てたという。沖縄近く、南の島に建つその病院に、新実というひとりの男性医師がやってきた。医者になって3年目の新実は、研修医生活を終えたばかり。医師のキャリアとしては、3年目のこれからが本番で、内科、外科などにわかれて専門的な勉強を始める。その大切な第一歩を、新実はこの離島の病院ではじめる。
 主人公は、オカシナ記念病院に来るまでの研修医の2年間を都会の大学病院で過ごした。大学病院の、高度でアグレッシブな治療スタイルを当たり前のものとして疑わない主人公。しかし、南国のマイペースな患者たちと、「積極的な医療はしない」方針のオカシナ記念病院に戸惑う。島に来たばかりの頃は、オカシナ記念病院のやり方を強く拒否していた主人公は、徐々に自分の常識を疑うようになる。それでも病院内禁煙を提案し、がん検診を始め、認知症外来を立ち上げるなど、自分にできることを模索しチャレンジする。悪戦苦闘とはまさにこのことだ。
 鹿児島で医学生をやっていたころ、これとそっくりな島に滞在したことがある。医者のことを「しぇんしぇい」と呼び、驚いたら「あげー」と言い、おじい、おばあが楽しそうに暮らす。検査も治療も望まない。ヤギを飼う看護師は、「私は腐ってるところを見たくないから、こうやって家々を訪問してるのよ」と言い放った。オカシナ病院こそなかったものの、住む人々はそっくりだ。あの島に住む仙人のような医者は、いま何をしているんだろう。
 離島の医療を知る医者として言いたいのは、この作品はとんでもない空想の物語ではなく、かなり現実と近いということだ。こんな現場に、都会の高度な医療をかじった若い医者が来たらどうなるか。そういう作家の実験は面白いし、医者というバックグラウンドであればこそのリアルさがある。ところが、最新の医療を日々やっている外科医の身としては、正直なところ面白いなどとは到底言えず、悶えながら読んだ。100歳ちかい患者に緊急手術と集中治療をし、毎回の外来で「先生、初めまして」と言う認知症患者に最高の治療をする。疑問を持たない日はない。それは日本中の勤務医たちも同じだろう。いつまでやるのか、どこまでやるのか、そしてそれははたして医者が決めねばならないのか。その「線引き」は、2019年の暮れの日本では現場の医者が孤独に行っているのだ。
 本作を読んでからというもの、私はとある病いに罹った。極めて日常的に来る、85歳以上の重症な超高齢患者を診るたびに、「オカシナ記念病院だったらどうするのだろうか。このまま逝かせるのだろうか」と思うのだ。作品中に出てくる「縮命医療」が、この患者と家族の望むことなのではないか。「楽にしてもらいたい」と言う患者へは、どうすればよいのか。
 出来ることなら、医者としてはこの作品は読みたくなかった。書評を依頼した編集者を恨む。医者みなが蓋をしていたこの匣(はこ)を開けてしまったのだ。でも読んでしまった今は、もう読む前の世界には戻れない。オカシナ的医者になるのか、このままやっていくのか、作家に突きつけられた剣先からもう目を離せない。
 そうはいいつつも、いつか患者になる身としては、早めに「自らの死に方」を考える良いきっかけになった。死ぬ寸前まで医療を受け続けるのか、はたまたその半年前に切り上げるのか。読む者すべてを唸らせるこの問題を、作品世界に自然に溶け込ませる作家の手腕もまた見どころである。作品に出てくる「ときに運命は優しいんだ」という言葉の意味を、ずっと考えている。


▼書籍の詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321907000124/


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