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レビュー

抽んでた才能の凄まじさと哀しさ 『ニードルス』

「ロック」を()りたいならロックを聴けばいい——という正論を捻じ伏せ、活字の力で思索と神髄を授けてくれる『ロック・オブ・モーゼス』は青春音楽小説の大傑作であった。ところが花村萬月(はなむらまんげつ)は信じられないことに、さらに愛おしくなるほど青く、身を(よじ)るほど(たま)めかしく、突き刺さるどころか刺し貫かれるように鮮烈で、どこまでも、ただどこまでも哀しく切ない、「ロック」のなんたるかを教えてくれる奇蹟のような小説を完成させた。それが『ニードルス』だ。
 物語は、一九七三年の夏、〝自他共に認める福生(ふっさ)一のバカ高〟の教室から幕が上がる。
 主人公の伊織(いおり)は、アリス・クーパー〈スクールズ・アウト〉のレコードに穿かされていたピンクの紙パンティーをきっかけに、同級生の針生(はりゅう)との仲が思いがけず深まる。すぐ暴力沙汰に及ぶ傍若無人な不良で、音楽よりも単車と女と恐喝(カツアゲ)に夢中な印象の針生だったが、じつはボーカリストとして類まれなる天性の声質を秘めていた。
 ふたりは、針生を慕う淑子(よしこ)向井(むかい)とともに学校を抜け出し、伊織の〝ハウス〟でマリファナを()いながらピンク・フロイドやジミ・ヘンドリックスを聴いた流れから、四人でバンドを組むことに。そして、伊織の五歳上の兄で元プロミュージシャンの武蔵(むさし)がプロデュース兼参加する形で、のちに伝説的な存在となるロックバンド〈ニードルス〉が生まれる。
 四畳半フォーク全盛の時代、ロックといえばせいぜいキャロルが気を吐いていた時代に活動を始め、歌舞伎町のサパーで下積みを経験したのち、怒涛の勢いで音楽シーンを駆け上がったニードルスの誕生から終焉までを描いた本作は、いわば「才能」についての物語である。それも〝頭ひとつ抽んでた〟といった程度のものではなく、時代を射貫くような途轍もないレベルの天賦の才だ。

おまえたちのやってるバンド、価値があるのは針生だけだ。あとの三人は替えがきく。けど、針生は替えがきかない

おまえだって薄々わかってるだろ。プロの世界では努力や頑張りで成し遂げられることなんて、ほぼ無意味だってことを。プロの世界では才能の問題は、才能の質の問題になっちまう

武蔵が伊織にいい放つ残酷な真実のとおり、世間を瞠目(どうもく)させ、大きな金儲けになるほどの抽んでた才能の前では、取るに足らない人間の命など丸めた鼻紙を捨てるように扱われてしまう滑稽なくらいに非情な現実も、本作は容赦なく描き出していく。
 なかでも〝残酷な真実〟をとくに鋭く突きつけるのが、ニードルス初の大舞台となる郡山市での野外ロックコンサートの場面だ。どれだけ凡人が貪欲に技術を学び、血の滲むような練習を重ね、(たゆ)まぬ研鑽(けんさん)を積んでも手の届かない伝説も、天賦の才がステージに立てば、たとえ薬で腑抜けのようになっていたとしてもたちまち打ち立ててしまうのだ。このどうしようもなさに打ちのめされ切り刻まれる痛みとその才能に覚えてしまう高ぶりの共鳴は、品行方正な青春音楽小説すべてを問答無用で()ぎ払うほどの、活字で表現できるライブの極北といっても過言ではない強烈極まりない名場面だ。
 しかし、抽んでた才能は圧倒的で凄まじいがゆえに感じやすく、付随する人間の人生を否応なく揺さぶるとともに、自身の生き方を加減することもできない脆さを併せ持つ。
 花村萬月は、その「才能」の哀しさを切々と伝えるため、読み手にわずかな希望を抱くことも(ゆる)しはしない。二七九ページ十行目で、物語を閉じてはくれないのだ。
「終曲」と題された以降の文章は物語にとって蛇足である。けれど、これほどまでに〝ニードルスのお仕舞いにふさわしい〟終焉を直視させる、目の離せない蛇足はあるまい。バンドの誕生から駆け上がるまでの、あの青く艶めかしい青春が遥か遠くに感じられる感覚は、これこそ刺し(あと)だらけの肌に、また注射針を突き刺す直前の圧倒的な(むさ)しさを表しているのかもしれない。


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