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スタジオジブリを訪れたことがあります。
中央線の駅からしばらく歩いてたどり着いたその建物は、大きいわけでも、小さいわけでもなく、木々に囲まれてそこにありました。目の前に車が止まり、頭を光らせた紳士と、丸メガネの小柄な紳士がせわしなく喋りながら出てきて、そのまませわしなく建物の中に入って行きました。
ジブリのアニメーターさんには「水曜どうでしょう」を好きな方が多いらしくて、あちこちで歓待を受けました。ふと見ると奥の部屋のドアが少し開いていて、先ほどのふたりの紳士がいるのが見えました。丸メガネの紳士は車から降りてきた時と変わらず、せわしなく口を動かしています。「すごいなぁ、ずっと喋ってるなぁ」と、妙に感心してしまったことを、この本を読みながら思い出しました。ふたりの紳士は、久石譲さんと、鈴木敏夫さんでした。
「仕事でオン・オフを言うのは、間違いだと思う。区分けなんてないほうが、毎日が楽しいじゃん」。ページをめくると、鈴木さんのそんな言葉がポンと出てきます。ハハハと笑いながら「そりゃそうだ」と思う。次のページをめくれば「人間が、自由に何かをやれるのは、みんなが同じような競争をしている場ではないところだと思う」と、そんな言葉。少し考えて、「うん、そうなんです。確かに僕は生まれ育った名古屋にとどまるわけじゃなく、かといって東京で勝負に出るわけでもなく、遠い北海道に来て、そして自由に番組を作る環境を得たんです」。そんな身の上話を鈴木さんに返す。
鈴木さんは喋り続ける。「宮さんが、なんであれだけみんなに人気があるか、わかる?その一つは、あの白いヒゲね」「大泉洋の場合は、モジャ毛でしたね」「宮さんは、きついことを言っても、直後にパカッと割れたような笑顔を見せるからね。印象がいい」「大泉もそうですよ。ボヤいたり悪態ついたりしても、ダマされた時にパッと目を見開いて驚く顔がね、印象がいい」。
いつしか鈴木さんと親しく会話をしている自分がいて、鈴木さんはずっと喋りかけてくれている。「でも鈴木さん、この本に出てくる子供の写真は何なんですか」と、ツッコミを入れても鈴木さんは喋り続ける。ようやく最後の最後に写真のことを教えてくれて、それで改めて写真だけを見直してみる。「写真いいじゃないですかぁ」「でしょう」「でも鈴木さん、最初に何も言わないのはズルいわぁ」「ハハハハ!」と、そこまで鈴木さんが夢想していたとしたら、ホント、ズルいですね。
▼『ジブリの鈴木さんに聞いた仕事の名言。』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322003000367/
評者 藤村 忠寿
(ふじむら ただひさ)HTB(北海道テレビ)のスペシャリスト エグゼクティブディレクター。1965年愛知県生まれ。96年に北海道ローカル番組からスタートした「水曜どうでしょう」のチーフディレクターで、番組ナレーターも務める。当時大学生で無名だった大泉洋を起用し、その才能を開花させる。番組ゆかりの土地を歩いた旅をまとめた単行本『水曜日のおじさんたち』(共著、KADOKAWA)も発売中!