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不思議な夢を見る少女×幽霊を見る絵師――孤独な魂が癒やされる怪談小説——―近藤史恵『幽霊絵師火狂 筆のみが知る』レビュー【評者:門賀美央子】

その男の絵は、怖くて、美しくて、すべてを暴く。
近藤史恵『幽霊絵師火狂 筆のみが知る』

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幽霊絵師火狂 筆のみが知る』近藤史恵



不思議な夢を見る少女×幽霊を見る絵師――孤独な魂が癒やされる怪談小説

評者:門賀美央子(書評家)

『幽霊絵師火狂 筆のみが知る』は、ミステリーを中心に発表する近藤史恵が手掛けた怪談時代小説だ。
 江戸時代は揚屋(遊里で客が遊ぶ店)、だが明治を境に大きな料理屋に商売替えした大阪・新町の「しの田」。その立派な建物の奥の小さな部屋で、一人の娘がひっそりと暮らしていた。主人夫妻の一人娘である真阿だ。十二歳のある日に熱を出し、胸の病と診断されて以来、二年もの間一歩も店の外に出られず、ひたすら養生の毎日を送っていた。
 両親が自分を大事に思ってくれているからこそ、であることはわかっている。でも、何一つ自由がなく、世間と隔絶された生活に、真阿の心は蝕まれるばかりだった。
 そして、繰り返される悪夢。閉じ込められた蔵の窓から見る、炎に包まれた母屋が無惨に焼け落ちていく迫真の光景に、真阿は己の過去を疑うようになっていた。何か、大事なことを忘れているのでは、と。
 そんなある日、真阿は店に有名な絵師が居候しにやってくると耳にした。真阿にとっては、久しぶりに訪れた日常の変化だった。同時に、新たな希望に感じられた。
「私と一緒に死んでくれる人かもしれない」
 一人で死ぬぐらいなら、物語のように心中したい。他愛ない妄想だ。しかし、狭く小さな世界に閉じ込められた娘の願いを誰が笑えるだろう。
 期待を胸に二階に住み始めた絵師・火狂を訪った真阿だったが、そこにいたのは相撲取りのような大きな体をした、色白の優しげな中年男だった。少し話をして「この男は一緒に死んでくれるような人ではない」と得心した真阿だったが、しかし真阿の生活に風穴を開けてくれる人には違いなかったのだ。
 一方の火狂。本名を興四郎といい、元は歌川派の浮世絵師・歌興を名乗っていたが、破門になってからは火狂と改名し、流れの絵描きとして生きてきた。腕一つでの渡世といえば通りもよかろうが、彼を根無し草にしたのは他でもない。
 身に宿る特殊な力だ。
 幼い頃から、この世ならざるものを見てしまう。そのせいで散々肩身の狭い思いをしてきた結果、いつしか世間に背を向けるようになっていた。
「しの田」での暮らしもほんの僅かな間、のはずだった。だが、そこには子犬のように一心に慕ってくる少女がいた。真阿もまた、火狂の人生に新たな色を加える存在だったのである。
 不思議な夢を見る少女と、幽霊を見る絵師。二人が出会ったことで、いくつもの物語が動き始めていく。もちろん、本人たちの“物語”も。
 火狂と真阿の出会いを描く第一話「座敷小町」から、火狂の過去が語られる「筆のみが知る」までの八話すべてで、夢と絵を通り道に死者(たまには動物も)が現れ、無念、怨念、心残りを訴える。時には、絵の中だけでなく、現世にも姿を現しながら。だから、本作が怪談小説であることは間違いない。
 だが、生者の孤独な魂が出会いによってお互いに癒やされ、成長していく過程が、本筋に負けず劣らず印象に残るのだ。
 十二歳から時が止まっていた真阿は、絵にまつわる事件を通じて十人十色の人生を知り、大人への階段を昇り始める。火狂も心の殻を少しずつ解いていく。そんな二人に共感を覚える読者も多いだろう。
 そしてもう一つ。時代小説でありながら、背景には現代の私たちにも身近な問題が見え隠れするのも、この物語を親しみやすくしているポイントだ。
 たとえば、第四話「彫師の地獄」は職場でのパワー・ハラスメントが底にあるし、第五話「悲しまない男」や「筆のみが知る」は、家族の問題が引き起こす怪談になっている。
 生きている間の苦しみや葛藤が、幽霊を生む。そして、世は移り変わっても人の底心は変わらない。良きにつけ、悪しきにつけ。
 そんなことを考えさせてくれる本作は、とても美しい余韻を引くラストシーンでひとまず幕を下ろす。けれども、またどこかで成長した真阿と、絵師としてますます冴え渡っていく火狂に出会えたら。そんな期待を持たせてくれる怖くて優しい素敵な“怪談”だ。

作品紹介・あらすじ
『幽霊絵師火狂 筆のみが知る』近藤史恵



幽霊絵師火狂 筆のみが知る
著者 近藤 史恵
定価: 1,705円(本体1,550円+税)
発売日:2022年06月30日
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000676/


その男の絵は、怖くて、美しくて、すべてを暴く。

大きな料理屋「しの田」のひとり娘である真阿。十二のときに胸を病んでいると言われ、それからは部屋にこもり、絵草紙や赤本を読む毎日だ。あるとき「しの田」の二階に、有名な絵師の火狂が居候をすることになる。「怖がらせるのが仕事」と言う彼は、怖い絵を描くだけではなく、普通の人には見えないものが見えているようだ。絵の犬に取り憑かれた男、“帰りたい”という女の声に悩む旅人、誰にも言えない本心を絵に込めて死んだ姫君……。幽霊たちとの出会いが、生きる実感のなかった真阿を変えていく。

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