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レビュー

日本にスパイは存在するのか? 主要都市で勃発したテロと戦うスリル満点の壮絶アクション!『猟犬の旗』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:よし だいすけ / ライター、書評家)

 二〇一四年に中国で「反スパイ法」が施行されたことをきっかけに、同国で日本人スパイが拘束されたというニュースが、年一ペースで国内メディアにて報じられるようになった。例えば二〇一五年九月、日本から中国を訪れていた民間人二人が拘束された。一報を受け取ったすが官房長官は、彼らは実際に政府機関が協力を要請していた民間人スパイだったのかという記者からの質問に対し、「個別の事案についてはコメントを控えたい」としながら、「我が国はそうしたことは、絶対にしていないということを、これは全ての国に対して同じことを申し上げておきたい」(発言はいずれも「HUFFPOST」二〇一五年九月三〇日より)と述べた。同様のコメントを、中国でのスパイ拘束案件が盛り上がるたびに日本政府は繰り返している。
 ネットでちょっと調べればいろいろ出てくるものの、ファクトチェックがしづらい話なので、当該人物たちにまつわる話題はさて置こう。注目すべきは、日本政府はスパイの存在を否定しているという事実だ。日本には、スパイがいない。うん、なるほど。えっ、本当にそうか!? スパイと名指ししてはいないだけで、ちようほう活動を行なっている政府機関が複数存在することは、情報公開されている明白な事実だ。ここでのポイントは、そこで活動する人々をスパイと呼ぶか、呼ばないか。

 元ニートの日本人青年が民間ようへい会社を設立し、少年兵たちを指揮して世界各地で戦いを繰り広げる──代表作『マージナル・オペレーション』全五巻でミリオタも、ラノベ読者も満足させる豪腕エンタメをやってのけた芝村裕吏が、初の一般文芸進出作となった『猟犬の國』(二〇一五年七月単行本刊、二〇一九年五月角川文庫刊)でさらなるアクロバットを成し遂げた。難易度バリ高の命題はこうだ。時代を先の大戦下とせず、海外を舞台ともせずに、現代日本でスパイミステリを成立させるにはどうすればいい?
 著者の解答はこうだった。(ちょっとファンタジーをまぶしたうえで)大胆にやればいい。日本には、自国のために活動する「スパイがいる」。より正確に記すならば、彼らのことを「スパイと呼ぶ」。物語フイクシヨンならば、それができる。
 本書『猟犬の旗』(二〇一七年七月単行本刊)は、シリーズ第二弾に当たる。この一冊から読み始めてもまったく問題ない。が、前作から読み継いでいったほうが楽しめるかもしれない。二作の関係は、『國』がフリで『旗』がオチ、という様相を呈しているからだ。あるいは『國』がいないいな~いで、『旗』がばぁ。

 まだ読んでいない人、読んだけれど詳しい内容を忘れてしまった人のために、シリーズ第一弾『猟犬の國』のストーリーを簡単に振り返っておこう。「第一話 日常」はペルー人の「俺」が、新幹線で大阪の地へ降り立つところから始まる。彼に名前はなく、彼が所属する組織自体も名前がない。ただ、誰も彼もが〈イトウ〉を名乗る。「合図があったら、皮なしの大根とキャベツとにんじんを買ってきて。時間はかかっても構わない」。乗り込んだタクシーで〈イトウ〉の一人から受け取った謎すぎる指示をもとに、「俺」は大阪のドヤ街として知られるあいりん地区で、日雇い労働者として働き始める。晴れた日は汗を流し、雨の日は仕事がないから俳句の集会に顔を出す、たんたんとした日常描写。いったい何が起きているのか。この男が何者なのか、何を真の目的としているかは分からない。だが、「監視役」「密偵」「予備調査」「潜伏」「共産系」「公安警察」「同業者」など、不安と好奇心をかき立てるシグナルが幾度も発せられ……たった四行で、世界ががらっと変わる。
「俺」は日本政府の公調──公安調査庁にも「協力」する情報機関に所属し、外国人でありながら日本の国益のために諜報活動にいそしむスパイだった。平和維持のための情報を得るためには、あるいは、未来に危険なノイズをもたらす余分な情報を刈り取るためには、殺人にも手を染める。彼の行動原理は、日本に対する愛国心のようなもので裏付けられているわけではない。スパイの「親」、スパイマスターに人質を握られているからだということが、「第二話 〝親子〟」で明らかになる。日本国内には、日本政府に「協力」するスパイ組織が複数存在していることもまた。
 この物語のチャーミングさは、つい悲劇や絶望を口にしたくなる現況にあっても、「俺」がひょうひょうとしているところにある。もちろん、不満や不条理は抱えている。〈俺が地獄に落ちるのはもう、仕方ない。でも人間として死にたい〉。しかし、不機嫌や不条理、ふんを表に出すことはごくごく少ない。本人いわく、「感情は理性を阻害する」。クールであることは、ニュートラルであるということ。その状態を保ち続けることが、任務遂行の絶対条件であり、生き残るためのすべなのだろう。
 因果が絡み合った結果、「俺」が新人スパイの教育係となり、スパイにまつわるしんげん・格言の数々が披露される趣向も面白い。〈自分のやらされることに反感と判断を持つ方が、結局は長続きする。この業界と他の業界の違うところだ〉。〈誰かを信用するくらいなら、俺は調べる方を選ぶ。それがスパイというやつだ〉。〈スパイの仕事の半分は、考えることだ。情報は加工しなければ意味はないし、どう加工するかはよく考えないと失敗する〉。まとめるならば──疑え、考えろ。
「俺」のひょうひょうさと並ぶ、この物語のチャームポイントは、意外なほど地味な物語展開にある。最終話に当たる「第五話 狩猟」のラスト、「俺」と教え子の会話が象徴している。「最後はガンアクションとか思っていたか?」「まさか。そんな大事件あるわけないでしょう。そのために私たちがいるんでしょう?」。例えば、電車が定刻通りのダイヤで動くためには、鉄道会社の無数の人々の努力がある。それと同じように、「平和」と呼ばれる戦争状態が回避された不変状態は、水面下に無数の人々の血なまぐさい格闘やかつとうがある。「何事もないのが一番いい。そのためならどんなこともする」をモットーとする「俺」の言動から、そんな学びを得ることもできるだろう。

 なんとなく、第一弾『猟犬の國』のムードが伝わっただろうか。では、第二弾に当たる本書『猟犬の旗』をめくった瞬間の驚きを記そう。「〝何事か〟が起こりまくり。ガンアクションと大事件の目白押し!」だ。静から動へのダイナミックな転換がおこなわれていることは、冒頭に掲げられたエピグラフの違いからも明らかだ。「何事もないのが一番いい。そのためならどんなこともする。〈イトウさんの家訓〉」(『國』)。「何事もないのが一番いい。だが、もしも何事かが起きてしまったら。」(『旗』)。
「第一章 発火」は、「俺」がしながわから静岡へと向かうシーンで幕を開ける。新幹線でたまたま目を合わせた女に、不審なものを察知する瞬間の描写がいきなりかっこいい。〈あの女は素人だった。しかも初犯だろう。自分が悪い事をしているという自覚がある。ひとみの中に、慣れてしまうとなくしてしまう感情のゆらめきがあった〉。上質なアクションものにひつの要素は、空気が変わる瞬間だ。相手の正体をいち早く察知し、向こうの態度がひようへんするよりも数瞬早く、己の心身をフォームチェンジする。キャラクターやアクションについてのみならず、物語のジャンルもムードも、本作は何度も何度も大胆不敵に空気が変わる。〈ないものはしょうがない。スパイはあるもので勝負するしかない〉。武器もなければ情報もない、窮地に追いやられた状態からの逆転劇、快感だ。
「俺」が巻き込まれてしまったのは、日本の大都市圏を狙った爆発物テロの連鎖だった。しん宿じゆくでのテロ事件は、犯人がサブマシンガンを乱射する銃撃事件へと発展する。日本初となる、外国の勢力によるテロだ。背景には、日本における外国人労働者問題があった。現実社会の最新情報を追記するならば、二〇一九年四月から、少子高齢化による労働者不足の解消のため、外国人の在留資格が大きく緩和された。日本政府は二〇二五年までに、外国人労働者を現状の一三〇万人弱から、五〇万人増を目指すという。
 もちろん、「俺」も外国人労働者の一人だ。作中で何度か記述が現れるが、「俺」は「外国人」ではなく「外人」と呼ばれること、そう自己規定することにこだわっている。その裏には、自分は日本というムラ社会の「外」の人間であるとあらかじめ認識しておくことによって、日本社会から異物として扱われることに対するネガティブな感情を和らげる、そんな思惑がある。クールであることは、ニュートラルであるということであり、その状態を保ち続けることがスパイにとっては大事であるから……だとしても、そこに悲しみはないのか? この国の人々は、「外(国)人」に対する姿勢を、優しさを、時代の変化に合わせてバージョンアップさせるべきではないのか。
 さまざまな思惑が入り組んだ物語の果てに発火するのは、その問いかけだ。こんなにも切なさが激しくき立てられる「犯人」の「動機」は、かつてない。日本のために働く外国人スパイという設定、この世界観だったからこそ、それが描けた。しかもその先で、なんともチャーミングなラスト四行が現れる。読めば必ず、シリーズ第一作を読み返したくなることだろう。

 まずはゲーム作家として名を上げ、マンガ原作者としても活躍する著者はこれまで、キャラクターイラストを付けたライトノベルのレーベルで小説を発表してきた。一般文芸として流通する初のハードカバー作品となった『猟犬の國』、本作『猟犬の旗』は、文体の硬度をやや高めている(初期のむらかみりゆうを思わせるキレキレのリアルタイム実況中継文体!)が、リーダビリティはめっぽう高い。何より特筆すべきは、著者がこれまでも──そしてきっと、これからも──書き継いできた「日本」と「日本人」というテーマが、ある意味でもっとも赤裸々に表現されている点にある。
 最後に、本シリーズの魅力を知る読者を代表して、絶叫しておきたい。続編、待ってます!!

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