伝説の刀鍛冶、長曽祢興里こと虎徹の炎の如き生涯
『いっしん虎徹』山本兼一
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『いっしん虎徹』 文庫巻末解説
解説
武士の魂ともいわれる刀は、歴史時代小説に欠かせぬ重要な道具である。刀による斬り合い──いわゆる“チャンバラ”を、大きな読みどころとした作品は多い。優れた刀の使い手を主人公にした剣豪小説は、歴史時代小説のジャンルとして定着している。また現在でも美術品として、刀を愛好する人は多い。さらに実在の刀を擬人化した女性向けゲーム『刀剣乱舞』の爆発的なヒットにより、広く刀に注目が集まるようにもなったのである。
それに伴い、
虎徹の名が知られているのは、
さらにいえば
このように刀の虎徹を通じて、刀鍛冶の興里も知名度を獲得している。だが、彼を扱った歴史時代小説はほとんどなかった。
作品の内容に触れる前に、作者の興里へのこだわりについて指摘しておきたい。二〇一三年に作者は、刀鍛冶の
なお作者は、
『いっしん虎徹』は、「別冊文藝春秋」二〇〇五年十一月号から翌〇六年十一月号にかけて連載。二〇〇七年四月に文藝春秋から単行本が刊行された。物語の冒頭で長曽祢興里は、腕はよいが極貧の
このとき興里は三十六歳。当時としては、遅いセカンド・ライフのスタートである。だが、やる気は満々。病身の妻を
一方で越前から、刀鍛冶の
さて、ゆきと正吉を伴い江戸に出た興里は、五年の修業を経て独立。
だが、圭海が興里を将軍家お抱えの刀鍛冶にしようとしたことで、幕閣の政争に巻き込まれ、大きな悲劇を体験することになる。そのような状況の中で、興里ができることは何なのか。刀を鍛造することである。自分の刀を武用専一と思っていた興里が、長き
それにしても興里の一心不乱ぶりは
とはいえ興里は、スーパーヒーローではない。作刀に迷い、ゆきに八つ当たりをしたりする。いい鉄を値段など気にせず買い、ゆきが薬も飲めないでいるのに、正吉にいわれるまで気づきもしない。家庭人としては問題ありだ。
しかし興里は興里なりに、ゆきを大切にしている。ゆきも興里の刀鍛冶としての一心不乱な生き方と、純粋な心を愛している。互いを想い合う夫婦の姿も、本書の大きな読みどころになっているのである。
さらに、実在人物や史実の組み込み方にも留意したい。物語の途中で行光の行方が分かるのだが、持ち主は意外な実在人物であった。先にもちょっと触れた水野十郎左衛門も、面白い使われ方をしている。終盤では将軍まで登場。さらっと織り込まれた実在人物や史実が、物語をより豊かにしているのだ。
最後に作者のことに言及しておこう。山本兼一は、一九五六年、京都市に生まれた。同志社大学文学部美学及び芸術学専攻卒。出版社・編集プロダクション、フリーライターを経て、一九九九年、小説NON創刊150号記念短編時代小説賞を「弾正の鷹」で受賞。二〇〇二年には長篇『戦国秘録 白鷹伝』を刊行した。さらに二〇〇四年、
そんな作者の現時点での最後の著書が、鉄砲鍛冶でありながら、さまざまな物づくりをしようとした
作品紹介・あらすじ
いっしん虎徹
著 者:山本兼一
発売日:2024年05月24日
伝説の刀鍛冶、長曽祢興里こと虎徹の炎の如き生涯を描いた傑作。
貧しさのなか4人の子を失い、重病の妻を抱えた甲冑鍛冶がいた。鍛冶師──長曽祢興里は、「己の作った兜を、一刀のもとに叩き切る」ことができる刀を鍛えるため、江戸に向かうことを決意する。だが、一流の刀鍛冶を目指す興里に、想像を絶する試練が待ち構えていた……。数多の武士が所望し、後世に語り継がれる伝説の刀鍛冶・虎徹。鉄と炎とともに生き、己の信念を貫き通した男の生涯を描いた傑作長篇小説。解説・細谷正充
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322402000616/
amazonページはこちら
電子書籍ストアBOOK☆WALKERページはこちら