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刀鍛冶・長曽祢虎徹、語り継がれる刀剣を生んだその炎の如き生涯――『いっしん虎徹』山本兼一 文庫巻末解説【解説:細谷正充】

伝説の刀鍛冶、長曽祢興里こと虎徹の炎の如き生涯
『いっしん虎徹』山本兼一

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。



『いっしん虎徹』 文庫巻末解説

解説
ほそ まさみつ(文芸評論家)

 武士の魂ともいわれる刀は、歴史時代小説に欠かせぬ重要な道具である。刀による斬り合い──いわゆる“チャンバラ”を、大きな読みどころとした作品は多い。優れた刀の使い手を主人公にした剣豪小説は、歴史時代小説のジャンルとして定着している。また現在でも美術品として、刀を愛好する人は多い。さらに実在の刀を擬人化した女性向けゲーム『刀剣乱舞』の爆発的なヒットにより、広く刀に注目が集まるようにもなったのである。
 それに伴い、かたな鍛冶かじの知名度も昔に比べれば高くなった。とはいえ今でも、一般に名の知られた刀鍛冶は、正方とむらまさ、そしててつながおきさと)くらいではなかろうか。
 虎徹の名が知られているのは、しんせんぐみ局長・こんどういさみはいとうが虎徹だったからだ(がんさく説あり)。かつて講談などで使われた、「よいの虎徹は血に飢えている」という近藤のセリフは、あまりにも有名である。
 さらにいえばりようろうの『新選組血風録』に、虎徹へのこだわりを通じて近藤を描いた「虎徹」が収録されている。この本を原作にした連続テレビ時代劇『新選組血風録』が、一九六五年からNET(現テレビ朝日)系列で放送されたが、記念すべき第一話が「虎徹という名の剣」だ。小説は未読でも、ドラマで虎徹の知識を得た人もいるだろう。
 このように刀の虎徹を通じて、刀鍛冶の興里も知名度を獲得している。だが、彼を扱った歴史時代小説はほとんどなかった。しばれんざぶろうの短篇「虎徹」くらいだろうか。しかし歳月を経て、興里を主人公にした長篇が現れた。やまもとけんいちの『いっしん虎徹』である。
 作品の内容に触れる前に、作者の興里へのこだわりについて指摘しておきたい。二〇一三年に作者は、刀鍛冶の河内かわちくにひらの仕事を取材したノンフィクション『仕事はしんを叩け。刀匠・河内國平 鍛錬の言葉』を刊行した。この本の「はじめに」で作者は、「刀鍛冶の虎徹を主人公にした小説を書きたいと構想をめぐらせていたわたしは、なんとしても刀鍛冶の方に直接お目にかかり、仕事をつぶさに見せていただく必要があった」と語っている。そしてひとづてに紹介してもらった河内國平から、仕事の仕方や刀鍛冶としての心構えなどを聞き、やがて本書へと結実させたのである。
 なお作者は、こつとうの夫婦を主人公にした「とびきり屋見立て帖」シリーズや、町の刀屋の婿になった元武士のこうざぶろうが活躍する「刀剣商ちょうじ屋光三郎」シリーズでも、虎徹を題材にした作品を執筆している。本当に虎徹に、深い関心を抱いていたのであろう。
『いっしん虎徹』は、「別冊文藝春秋」二〇〇五年十一月号から翌〇六年十一月号にかけて連載。二〇〇七年四月に文藝春秋から単行本が刊行された。物語の冒頭で長曽祢興里は、腕はよいが極貧のかつちゆうとして登場する。四人の子供はやせ衰えて、病で死んだ。妻のゆきも、病でしている。行き詰まった興里は、江戸に出て刀鍛冶になろうとする。頼りになるのは自分の腕だけだ。
 このとき興里は三十六歳。当時としては、遅いセカンド・ライフのスタートである。だが、やる気は満々。病身の妻をえちぜんに残し、まず出雲いずものたたら場に行き、刀の鍛造の知識を蓄える。ここで興里の刀鍛冶に対する尋常ではない想いが露わになり、一気に物語に引き込まれるのだ。
 一方で越前から、刀鍛冶のさだくにの息子・まさきちがやってきて、興里が父親を殺し、ゆきみつを盗んだと喚く。たしかに旅立つ前日に貞国のところにいき、行光を見せてもらったが、寝耳に水の話だ。興里を犯人だと決めつける正吉。だが、興里の言動を見ているうちに誤解だと悟り、彼の弟子になるのだった。この貞国殺しの犯人と行光の行方が、物語を貫くひとつの柱になっている。
 さて、ゆきと正吉を伴い江戸に出た興里は、五年の修業を経て独立。うえいけはたに鍛冶場を開き、刀鍛冶として本格的な活動を始める。以後、何度も悩み苦しみ、時に命を懸けながら、刀鍛冶の道を歩んでいくのである。試刀家の山野右衛もんや、かんえい大僧都のけいかいの指摘を受け、自分が思い上がっていたことを知った興里が、さらにレベルアップする過程など、読んでいて実に気持ちがいい。
 だが、圭海が興里を将軍家お抱えの刀鍛冶にしようとしたことで、幕閣の政争に巻き込まれ、大きな悲劇を体験することになる。そのような状況の中で、興里ができることは何なのか。刀を鍛造することである。自分の刀を武用専一と思っていた興里が、長きけんさんにより“死生の哲理”に行きつき、「ああ、刀でいちばん大切なのは品格だ」という場面は感動的であった。
 それにしても興里の一心不乱ぶりはすごい。たとえば、まちやつこばんずいいんちようと旗本奴の水野じゆうろうもんが斬り合う場面で、興里が気にするのは刀のことだけである。また、明暦の大火で江戸が焼けると、すぐにふるがね買いの元締めがいるあさくさを目指す。いつでもどこでも、とにかく刀、刀、刀。その一途な生き方が魅力的なのだ。
 とはいえ興里は、スーパーヒーローではない。作刀に迷い、ゆきに八つ当たりをしたりする。いい鉄を値段など気にせず買い、ゆきが薬も飲めないでいるのに、正吉にいわれるまで気づきもしない。家庭人としては問題ありだ。
 しかし興里は興里なりに、ゆきを大切にしている。ゆきも興里の刀鍛冶としての一心不乱な生き方と、純粋な心を愛している。互いを想い合う夫婦の姿も、本書の大きな読みどころになっているのである。
 さらに、実在人物や史実の組み込み方にも留意したい。物語の途中で行光の行方が分かるのだが、持ち主は意外な実在人物であった。先にもちょっと触れた水野十郎左衛門も、面白い使われ方をしている。終盤では将軍まで登場。さらっと織り込まれた実在人物や史実が、物語をより豊かにしているのだ。
 最後に作者のことに言及しておこう。山本兼一は、一九五六年、京都市に生まれた。同志社大学文学部美学及び芸術学専攻卒。出版社・編集プロダクション、フリーライターを経て、一九九九年、小説NON創刊150号記念短編時代小説賞を「弾正の鷹」で受賞。二〇〇二年には長篇『戦国秘録 白鷹伝』を刊行した。さらに二〇〇四年、のぶながに安土城築城を命じられたとうりよう親子を主人公にして、巨大プロジェクトのぜんぼうを描いた『火天の城』で、第十一回松本清張賞を受賞。この作品によって多くの読者から注目を集めるようになった。以後、順調に作品を発表し、二〇〇九年には、凝った構成でせんのきゆうという巨人の根源に迫った『利休にたずねよ』で、第百四十回直木賞を受賞した。二〇一四年二月、逝去。亡くなる数日前まで執筆をしていたという。
 そんな作者の現時点での最後の著書が、鉄砲鍛冶でありながら、さまざまな物づくりをしようとしたくにともいつかんさいを主人公にした『夢をまことに』である。また、二〇一二年には、幕末の刀鍛冶・みなもとのきよ麿まろを主人公にした『おれは清麿』もじようしている。『火天の城』→『いっしん虎徹』→『おれは清麿』→『夢をまことに』という流れを見ると、作者もまた一心不乱に、己の書きたいものを追求していたことがよく分かる。だから興里の人生を、これほど深く描き切ることができたのではないか。そう思えてならないのだ。

作品紹介・あらすじ



いっしん虎徹
著 者:山本兼一
発売日:2024年05月24日

伝説の刀鍛冶、長曽祢興里こと虎徹の炎の如き生涯を描いた傑作。
貧しさのなか4人の子を失い、重病の妻を抱えた甲冑鍛冶がいた。鍛冶師──長曽祢興里は、「己の作った兜を、一刀のもとに叩き切る」ことができる刀を鍛えるため、江戸に向かうことを決意する。だが、一流の刀鍛冶を目指す興里に、想像を絶する試練が待ち構えていた……。数多の武士が所望し、後世に語り継がれる伝説の刀鍛冶・虎徹。鉄と炎とともに生き、己の信念を貫き通した男の生涯を描いた傑作長篇小説。解説・細谷正充

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