百物語なんかしていると、この世の業を集めますよ――。
『魂手形 三島屋変調百物語七之続』宮部みゆき
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『魂手形 三島屋変調百物語七之続』著者:宮部みゆき
『魂手形 三島屋変調百物語七之続』文庫巻末解説
解説
思うに宮部みゆきくらい、小説の
そんな「宮部小説」の
星も見えない暗い夜、寺や料亭などで一堂に会した人々が、順番に前へ進み出ては、自分が知る怖ろしい話、気味の悪い話の数々を、夜を徹して語り聞かせる。一話が終わるごとに、会場をぼんやり照らす
一般に〈百物語〉とか〈怪談会〉などと通称される、この奇妙な催しが、果たして、いつの時代から始まったものか……遺憾ながら、その発祥に関して、詳しい記録の類は今に残されていないようである。武家の子弟たちの肝試しに由来するという説が一般には有名だが、商人や農民たちによる庶民的な百物語の記録も遺されており(旧・大映映画『
ただ、唯一確かなのは、この百物語、江戸時代を通じて大変に人気を博し、実演(!?)ばかりでなく、『諸国百物語』(一六七七)を
宮部が心の師とあおぐ戦前の大家・
宮部の〈三島屋変調百物語〉第一作『おそろし』が角川書店から
あえて「変調」の二文字を冠されているように、宮部流の百物語は、従来の定番であった不特定多数の話者によるそれとは異なり、江戸・神田の商家の離れで、「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」という、語り手と聞き手が一対一で対座する形式で行われる。
これは言葉を変えれば、語る側も聞く側も文字通り、一回きりの真剣勝負──逃げも隠れもできない緊迫した状況下にあることを意味する。初代の聞き役となった娘おちかも、おちかの嫁入りで前作からその任を継いだ
さて、本書『
巻頭の「火焰太鼓」は、とある地方の小藩に伝わる、鎮火の霊験あらたかという不思議な火消しの太鼓にまつわる話で、これは作者とゆかり深い〈本所深川七不思議〉のひとつ「津軽の太鼓」から着想のヒントを得たものか!? などと、あらぬ想像を
そう、かつて東北を舞台にした重厚な時代長篇『荒神』(二〇一四)で、本格UMA小説(UMA=Unidentified Mysterious Animal の略で、生物学的にいまだ未確認の生物を意味する)とも称すべきジャンルに初挑戦し、拍手
ちなみに、もうひとつの中篇「魂手形」にも、その大団円近く、意外な形で「猿のような」怪物が登場するのだが……両者に関係は、ありやなしや!? 気になるところだ。
ふたつの中篇にはさまれた短篇「一途の念」は、テレビドラマの〈必殺!〉シリーズなどでおなじみの、不運続きの一家(いかにも非道な「殺し」の犠牲者になりそうな……)をめぐる物語。しかし、作者の暖かいまなざしと筆使いは、不幸だが懸命に生きる貧しきものたちと、かれらをしっかり支える庶民の人情の輪を描いて、思わずホロリとさせられる。
さて、問題の第三話「魂手形」だが、これは、人間は死ぬとどこへ行くのか……という
版元を超えて書き継がれるこの連作大河小説──終盤には、新たな聞き役に
「小旦那さん、三島屋さんのこの変わり百物語は、あたしのような一生にいっぺんきりの語り手の器になってくれる、優れた趣向だ。長くお続けになってくださいよ」
三話目の語り手が聞き手に告げるこの言葉に、私も全面的に賛同したい。
作品紹介・あらすじ
魂手形 三島屋変調百物語七之続
著者 宮部 みゆき
定価: 814円 (本体740円+税)
発売日:2023年06月13日
一生に一度きりの「物語り」をつづけましょう。
百物語なんかしていると、この世の業を集めますよ――。江戸は神田の袋物屋・三島屋では、風変わりな百物語が続けられている。語り手一人に、聞き手も一人。主人の次男・富次郎が聞いた話はけっして外には漏らさない。少年時代を木賃宿で過ごした老人が三島屋を訪れた。迷える魂の水先案内を務める不思議な水夫に出会ったことがあるという――。三島屋に嬉しい報せも舞い込み、ますます目が離せない宮部みゆき流の江戸怪談。
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