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レビュー

一生に一度きりの「物語り」をつづけましょう。――『魂手形 三島屋変調百物語七之続』宮部みゆき 文庫巻末解説【解説:東雅夫】

百物語なんかしていると、この世の業を集めますよ――。
『魂手形 三島屋変調百物語七之続』宮部みゆき

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

魂手形 三島屋変調百物語七之続』著者:宮部みゆき



『魂手形 三島屋変調百物語七之続』文庫巻末解説

解説
ひがし まさ

 思うに宮部みゆきくらい、小説のかんどころ──すなわち、図らずもホロリとさせられる泣かせ所や、背筋をせんりつがぞわぞわとせのぼる得がたい居心地の悪さを、これでもかとばかりに会得した書き手も珍しい。しかも、どんなに恐ろしい場面にも一抹のしみを忘れず、どんなに哀切なシーンにも、どこかゾクリとさせるあやしさを忘れない……人の世の悲喜こもごもを丸ごと味わわせようとする筆使いには、天与の才を感ぜざるを得ない。
 そんな「宮部小説」のだいを、思うさま味わわせてくれるのが、本書で七冊目となる〈三島屋変調百物語〉の連作シリーズであることは、論をたないところだろう。

 星も見えない暗い夜、寺や料亭などで一堂に会した人々が、順番に前へ進み出ては、自分が知る怖ろしい話、気味の悪い話の数々を、夜を徹して語り聞かせる。一話が終わるごとに、会場をぼんやり照らすあんどんに灯された百筋の燈心が一本また一本と消されてゆき、とうとう最後の燈心が消され会場が真の闇に包まれると、必ずやそこで、世にも怖ろしい本物の怪異がしゆつたいする……という。
 一般に〈百物語〉とか〈怪談会〉などと通称される、この奇妙な催しが、果たして、いつの時代から始まったものか……遺憾ながら、その発祥に関して、詳しい記録の類は今に残されていないようである。武家の子弟たちの肝試しに由来するという説が一般には有名だが、商人や農民たちによる庶民的な百物語の記録も遺されており(旧・大映映画『ようかい百物語』の冒頭近くで、庶民の百物語と武家の百物語が対比的に描かれていたことを、懐かしく想起される向きもあろう)、そうかと思えば戦国時代、名だたる武将が夜もすがら、そば近くに仕えるきんじゆ(「おとぎしゆう」などとも呼ばれたようである)に、不思議な話や奇怪な話を所望したことが始まりであるとする説などもあって、真相はいまだ藪の中。
 ただ、唯一確かなのは、この百物語、江戸時代を通じて大変に人気を博し、実演(!?)ばかりでなく、『諸国百物語』(一六七七)をこうとする書物の形でも盛んに刊行され、読み継がれていたことだ。そのブームは、維新の混乱期をはさんで明治後半期に再燃、いずみきようを初めとする文壇の作家たちや俳優連を巻き込み、ふたたび大きく開花した。
 宮部が心の師とあおぐ戦前の大家・おかもとどう(新歌舞伎の名作戯曲『修禅寺物語』やミステリーの始祖〈半七捕物帳〉シリーズで名高い)が、名作『青蛙堂鬼談』(一九二六)を初めとする、いわゆる〈百物語〉のスタイルをとった連作怪談集を相次ぎ世に問うたのは、今からちょうど百年前──関東大震災による混乱の最中だった。
 宮部の〈三島屋変調百物語〉第一作『おそろし』が角川書店からじようされたのは、奇しくも二〇〇八年──あの東日本大震災が日本列島を揺るがす、三年前のことだった。
 あえて「変調」の二文字を冠されているように、宮部流の百物語は、従来の定番であった不特定多数の話者によるそれとは異なり、江戸・神田の商家の離れで、「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」という、語り手と聞き手が一対一で対座する形式で行われる。
 これは言葉を変えれば、語る側も聞く側も文字通り、一回きりの真剣勝負──逃げも隠れもできない緊迫した状況下にあることを意味する。初代の聞き役となった娘おちかも、おちかの嫁入りで前作からその任を継いだだんの富次郎も、「人は語りたがる。うそ真実まことも、善きことも悪しきことも」を身上に、今日もしんに訪客を迎え入れるのだった。

 さて、本書『たまがた』は、読み応えある二本の中篇「えん太鼓」と「魂手形」の間に、短いが印象的な短篇「一途の念」をはさんだ、小粋な味わいのサンドイッチ構成となっている。
 巻頭の「火焰太鼓」は、とある地方の小藩に伝わる、鎮火の霊験あらたかという不思議な火消しの太鼓にまつわる話で、これは作者とゆかり深い〈本所深川七不思議〉のひとつ「津軽の太鼓」から着想のヒントを得たものか!? などと、あらぬ想像をたくましくしながら読み進めるうちに、思わず「よ、待ってました!」と、大向こうから掛け声のひとつも飛ばしたくなるような、ワクワクの展開となる。
 そう、かつて東北を舞台にした重厚な時代長篇『荒神』(二〇一四)で、本格UMA小説(UMA=Unidentified Mysterious Animal の略で、生物学的にいまだ未確認の生物を意味する)とも称すべきジャンルに初挑戦し、拍手かつさいを浴びた(私ももちろん大いに興奮し、熱烈な喝采を送ったひとり!)作者だが、今回の「火焰太鼓」は、待望の『荒神』パート2といった趣もある異色作。れんの火山脈に好んでせいそくする、猿のような「火の生きもの」という着想も、どこかしら「ゴジラ」──いや、よりマニアックに云えば、ゴジラに続いて東宝が香山滋(御存知、『ゴジラ』の原作者にしてUMA小説の先覚者)に原作を依頼して柳の下を狙ったものの、遺憾ながらイマイチ大ヒットはしなかった幻の怪作『獣人雪男』(一九五五)か!?──を、そこはかとなく連想させて、実に素晴らしい。しかも、そこには、さらなる驚くべき造化の秘密も隠されていて……いやはや前半から、早くも宮部げんよう世界の奥深さを、たっぷりとたんのうさせられた次第。
 ちなみに、もうひとつの中篇「魂手形」にも、その大団円近く、意外な形で「猿のような」怪物が登場するのだが……両者に関係は、ありやなしや!? 気になるところだ。
 ふたつの中篇にはさまれた短篇「一途の念」は、テレビドラマの〈必殺!〉シリーズなどでおなじみの、不運続きの一家(いかにも非道な「殺し」の犠牲者になりそうな……)をめぐる物語。しかし、作者の暖かいまなざしと筆使いは、不幸だが懸命に生きる貧しきものたちと、かれらをしっかり支える庶民の人情の輪を描いて、思わずホロリとさせられる。としのちがう三人の兄弟がそっくり同じ容姿という奇瑞を除けば、いつの世にも市井の片隅で生起していそうな物語ではある。
 さて、問題の第三話「魂手形」だが、これは、人間は死ぬとどこへ行くのか……というしんえんな謎の一端に迫る、途方もない物語だ。舞台は深川の木賃宿、お盆の時期(さりげなく描写される深川の盆祭りの情景が、深く心にみることよ)に訪れた謎の独り客。彼には不可視の相方がいるようで……ひょんなことから男と知り合った宿の長男(=話の語り手)は、最後には謎めいた相方を成仏させるべく、驚くべき奇計を廻らすことに……。
 版元を超えて書き継がれるこの連作大河小説──終盤には、新たな聞き役にばつてきされた富次郎と、前任のおちかに関わる、いけれど、ちょいと不穏な動きも登場、ますます気がかりな展開となってきた。いよいよ以て、今後の展開が愉しみである。
「小旦那さん、三島屋さんのこの変わり百物語は、あたしのような一生にいっぺんきりの語り手の器になってくれる、優れた趣向だ。長くお続けになってくださいよ」
 三話目の語り手が聞き手に告げるこの言葉に、私も全面的に賛同したい。

作品紹介・あらすじ



魂手形 三島屋変調百物語七之続
著者 宮部 みゆき
定価: 814円 (本体740円+税)
発売日:2023年06月13日

一生に一度きりの「物語り」をつづけましょう。
百物語なんかしていると、この世の業を集めますよ――。江戸は神田の袋物屋・三島屋では、風変わりな百物語が続けられている。語り手一人に、聞き手も一人。主人の次男・富次郎が聞いた話はけっして外には漏らさない。少年時代を木賃宿で過ごした老人が三島屋を訪れた。迷える魂の水先案内を務める不思議な水夫に出会ったことがあるという――。三島屋に嬉しい報せも舞い込み、ますます目が離せない宮部みゆき流の江戸怪談。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322211000496/
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