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作家・法月綸太郎が、偏愛する東西の名作九篇に捧ぐ、オマージュ連作短編集――『赤い部屋異聞』法月綸太郎 文庫巻末解説【解説:佐々木敦】

江戸川乱歩の名作短篇「赤い部屋」に捧げる表題作ほか、著者が敬愛する作品へのオマージュだけを集めた、ミステリファンにはたまらない全九篇。
『赤い部屋異聞』法月綸太郎

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

赤い部屋異聞』著者:法月綸太郎



『赤い部屋異聞』文庫巻末解説

解説
 あつし(思考家) 

 いったい、このような本に、どんな解説を書けばいいというのだろうか?
 いきなり弱音を吐いてしまったが、本書は明らかに解説者泣かせの代物である。法月綸太郎と私は同年生まれ、デビュー作『密閉教室』以来ずっとリアルタイムで読んできた作家の文庫解説の初依頼とあって喜び勇んで引き受けたはいいが、私は今、少しばかり後悔(?)している。
 その理由は本書をすでに読み終えた方、いや一編でも読んだ方ならおわかりだろう。いずれも先行作品への「オマージュ」として書かれた全九編が収められたこのコンセプチュアルな連作短編集には一作ごとに「細断されたあとがき」が付されており(単行本化の際に加筆されたものである)、そこでは法月氏自ら各編のオマージュのささげ先や執筆の経緯、作品ごとの狙いなどについて述べている。「あとがき」と言いつつ実質的には自己解説と呼んでいい内容であり、つまり普通は解説担当者がする仕事をあらかじめ作者がやってしまっているのである。
「あとがき」は本文庫にもそのまま収録されている。となると私はなるべくそれとはダブらないことを書く必要があるし、読者に蛇足とそしられることのないよう、法月氏の「あとがき」を多少とも補完したりアップデートしなくてはならない。これはなかなかの難儀である。私に務まるのかどうかいささか心許ないが、ともかく始めてみることにしよう。

「赤い部屋異聞」
 オマージュとはリスペクトの表明だが、意識的/無意識的に、しばしば対象作品への「批評」にもなりうる。本書の収録作全てに言えることだが、表題作に選ばれたこの作品はとりわけそうだ。元ネタの短編「赤い部屋」はがわらんが「プロバビリティーの犯罪」(初出「犯罪学雑誌」昭和二十九年二月号/『探偵小説の「謎」』所収)で披露したアイデアを自ら実践してみせた作品だが、読み比べてみればわかるように、本作はかなりの部分まで「赤い部屋」の内容と記述を踏襲している。本書収録作の「オマージュ」の仕方はさまざまだが、本作はいわゆる「本歌取り」に近い。だが後半になると「プロバビリティーの犯罪」というトリック自体を転倒するような展開が待っている。「がいぜん性の犯罪」は本格ミステリの共有財として多くの作品に応用されているが、乱歩が示したのは単なる確率論(だけ)ではなく、実際にはむしろ「被害者への「誘導」」(法月)、人間の心理的なバイアスを利用した「操り」である。法月氏のオマージュ=批評も、この点にフォーカスしている。原作のプロットをトレースしつつも同じ行為や出来事の物語上の意味作用を鮮やかに上書きしてみせる手際は見事である。特に部屋の電灯が点けられる──原作と同じだがまったく異なる──幕切れには思わずうなった。

「砂時計の伝言」
 オマージュ先であるコーネル・ウールリッチ(=ウィリアム・アイリッシュ)の短編「一滴の血」の「有罪の決め手となる物証のアイデア」(法月)は、同作以前にも以後にも数々の応用例があるが、本作もシンプルで切れ味鋭いニュー・ヴァージョンをれきしている。だがそれ以上にユニークなのは語り口の方だろう。さかきばやしめいの「十五秒」は「十五秒後に死ぬ」という共通する設定を全く異なる作品に仕立て上げた三編を加えて『あと十五秒で死ぬ』(二〇二一年)として単行本化されているので一読を奨める。個人的にはラストで主人公が生き返らないこと(生き返らせる作家もいるだろう)に法月氏の「作者」としての死生観と倫理性を感じる。

「続・夢判断」
 ジョン・コリアの非常に有名な短編「夢判断」に卓抜なひねりを加えている。コリア作はラストの一言の衝撃に全編がしゆうれんするが、法月氏は敢えてリドル・ストーリー的なあいまいさを残すことで複雑な余韻を加味している。「あとがき」に書かれている「やりすぎ」は採用しなくてよかったと思う。それにしてもこの設定は極めて魅力的であり、いろんな作家による「本歌取り」を読んでみたくなる。法月氏自身にも「続・続・夢判断」をいつか書いてもらいたい(無理な注文ですが)。

「対位法」
 親本の単行本を初読の際、いきなり自分の名前が出てきて大層驚かされた。簡単に説明しておくと、私はかつて『あなたは今、この文章を読んでいる。』という長編評論で「作者」が何らかの仕方で「書くこと」を前景化する──それは「私は今、この文章を書いている。」という文に還元される──「メタフィクション」に対して「読者」による能動的な関与すなわち「読むこと」を作品の中枢に置く「パラフィクション」なる新ジャンル(?)を提唱し、その一例としてフリオ・コルタサルの「続いている公園」を分析した。コルタサルは作中世界の「外部」、つまり「それを読んでいる状況」を仮構することによってせんりつ的な結末を導き出していたが、法月氏はもう一度世界を「内部」に封じ込めることによって斬新な解を提示している。「続・夢判断」もそうだがヴァージョン・アップなど到底不可能に思われる完成度が異常に高い作品に挑戦してみせる法月氏の勇気にはおそれ入る。自分の話で恐縮だが、私も以前「続いている公園」への「オマージュ」で(も)ある短い話を書いてみたことがある(「実話の怪談 第一話 読んでいるもの」/早稲田文学二〇二一年秋号)。タイトルの元ネタとして言及されている「フーガ」のエリック・マコーマックは「あとがき」で挙げられた三冊の後、長編『雲』の邦訳が二〇一九年末に刊行されている。

「まよい猫」
 落語の「元犬」を出発点にしつつ、いかにも法月氏らしい「入れ替わり」のアイデアを導入した好作。ある意味、取ってつけたようなオチっぽいオチがかえって小気味良い。本作が書かれるきっかけとなったリレーミステリ企画『9の扉』で法月氏がバトンを渡した、二〇一三年に四十九歳の若さで早逝した異能の作家、しゆのうまさゆきの「キラキラコウモリ」は同書でしか読むことが出来ない。

「葬式がえり」
 本作の背景について「あとがき」に付け加えられることは特にない。最初にも触れたように法月氏と私は同じ年の生まれなのだが、われわれ世代(一九六〇年代生まれ)の小説愛好者にとって「奇想天外」という今は亡き雑誌の存在は特別な意味を持っている。SFとミステリと更にはジャンル分け不能の「変」な小説を同誌には沢山教えられた。ラフカディオ・ハーン=いずみくもにかんすることで言えば、えんじようとうが『怪談』の「直訳」による全訳本を二〇二二年に刊行している。

「最後の一撃」
 数ある法月氏の著作の中でも最大の「奇書」と言うべき、全編が「読者への挑戦」をめぐる長短のテクスト群から成る『挑戦者たち』より。ネタバレになるので伏せておくが、同書の該当箇所に当たってみるとニヤリとさせられるだろう。

「だまし舟」
 本書唯一の書き下ろし。「読めない本」という魅力的なアイデアは、のちにもりひこが長編『熱帯』(二〇一八年)で全面展開している。やまかわまさは近年再評価が著しく、最近もくささんぞう編によるショートショート集成『箱の中のあなた』『長くて短い一年』の二冊がちくま文庫より刊行されている(「なかきよの…」は後者に収録)。「あとがき」では、本書のコンセプトや趣向、そして「細断されたあとがき」という趣向自体がづきみちへのオマージュ(あちらは「寸断」)であることが明かされる。『十七人目の死神』は現在絶版だが古書なら比較的容易に入手出来るだろう。『都筑道夫のミステリイ指南』も紙の本は絶版だが電子書籍で読める。小説家予備軍は必読の一冊である。都筑のデビュー長編『やぶにらみの時計』(二〇二一年に徳間文庫より復刊、解説は法月氏が執筆している)をもじった『しらみつぶしの時計』という短編集もある法月氏の都筑道夫へのリスペクトがあふれ出る秀作。

「迷探偵誕生」
 法月氏には『ノックス・マシン』に始まる一連の複雑系SFミステリの作品群があり、本作もその系譜に属する。奇想と逆説がれいはまった作品だが、最初の「赤い部屋異聞」とは別の角度から、やはり確率論的なアイデアが核になっている点に注目したい。「名」探偵から「迷」探偵へという回路は、あの「後期クイーン的問題」を思い出させもする。本格ミステリ、新本格ミステリの歴史は「名探偵」という背理、「合理的で唯一の解決」というアポリアとの闘争の歴史だが、この作品にも長年闘いを継続してきた法月綸太郎の「哲学」が端的に表れていると思う。

 以上九編、いずれも凝りに凝った「オマージュ」作ぞろいだが、それぞれの元ネタの先行作を読んでいなくても問題はない。「細断されたあとがき」とささやかな本解説をガイドとして、本書の読後にめくるめく物語の旅に赴いていただければ幸いである。

作品紹介・あらすじ



赤い部屋異聞
著者 法月 綸太郎
定価: 836円 (本体760円+税)
発売日:2023年05月23日

作家・法月綸太郎が、偏愛する東西の名作九篇に捧ぐ、オマージュ連作短編集
日常に退屈した者が集い、世に秘められた珍奇な話や猟奇譚を披露する「赤い部屋」。新会員のT氏は、これまで九十九人の命を奪ったという恐るべき〈殺人遊戯〉について語りはじめる……。江戸川乱歩の名作短篇「赤い部屋」に捧げる表題作ほか、著者が敬愛する作品へのオマージュだけを集めた、ミステリファンにはたまらない全九篇。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322209001183/
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