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レビュー

パッチワークガール。そう。私は継ぎはぎ娘。――『人獣細工』小林泰三 文庫巻末解説【解説:朝松 健】

読む者を恐怖の底へ突き落とす、『玩具修理者』に続く第2作品集。
『人獣細工』小林泰三

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

人獣細工』著者:小林泰三



『人獣細工』文庫巻末解説

ゆっぐごとおうふの実存と自傷について

解説
あさまつ けん(作家)

 角川書店の編集者はわたしに悪意を抱いているのに違いない。それでなくて、どうして小林泰三の『人獣細工』の〈解説〉など依頼してきたりするのだろう。きっと一九九二年に〈ザ・スニーカー〉の原稿を遅らせたことを今も根にもっているのだ。そうして、このような──目下のわたしの精神状態に悪影響を与えずにはおかぬ作品集の〈解説〉をわたしに書かせ、わたしが少しずつ足元をゆるがせ、就寝より七十歩のところにある、ひげを生やした司祭む炎のどうくつの彼方、七百歩のところの〈深睡の門〉を超えた夢の世界の捕われ人となるように仕向けているのだ。
 だが、わたしは左肩のだつきゆうによる痛みと、それ以上の風邪による頭痛と戦いながら『本』を読み終えた。もはやわたしは小林泰三の仕掛けた〈わな〉をすべてクリアしたに等しいのである。だから、もうわたしはしりみすることはない。喜んで、思いきり、小林泰三の作品の魅力と、その顕著な特徴について述べることが出来るのである。……わたしが喫茶店でこの原稿を書こう、と決めたのも、わたしなりの「決意表明」である。もし〈あいつら〉が、今、この時にわたしを取りおさえ、この手からボールペンを取り上げようとも、わたしは書くことをやめはしない。もしなんなら、指先を嚙みちぎり、ひたひたとこぼれるこの血で原稿を書いてやろう。……今、隣の席の客から、少し動揺する気配が発せられた。金髪にサングラスで変装しているが、こいつこそ角川書店のまわし者なのは間違いない。ついさっきまで文庫本の『不夜城』を読んでいたからだ。が、しかし、これは小林泰三の〈恐怖と幻想と実存〉とは、なんの関係もない。わたしは急いで〈解説〉を続けねばならないのだ。

    *

「小林泰三ですか。あら、虫も殺さん顔して結構けつこ、邪悪な存在ですで」
 そう教えてくれたのは、同じ関西在住のホラー作家まきおさむだった。
 ──某大手電機メーカーのエリートサラリーマンと、日本ホラー小説大賞短編賞作家の二つの顔を成り立たせている「意志強固な人物」が、どうして邪悪な存在なのだろう。
 わたしは、牧野の言葉を関西人特有の「しんらつな友情表現」の一種、くらいにしか取り合わなかった。
 だが、今回、『人獣細工』に収録された三篇を読み、牧野の言がけっしておおなものではなかったのだ、と納得してしまったのである。
 なんという悪意。
 なんというまがまがしさ。
 そして、なんという優しさだろう。
 遺伝子工学のもつ、きわめて現代的な恐怖と、若く病気がちな女性のもつ、きわめて繊細な心のゆらぎが、『人獣細工』には描かれていた。
 それも、このうえもなくリアルに。
 わたしは即座に自らの体験をナレーターの女性に重ね合わせていた。四年前のこと、脳にインフルエンザウィルスが侵入。手術のため、わたしの頭蓋骨の一部が切除された体験だ。
 頭皮と膜一枚のみで剝き出しになった脳を保護するため、医師はヘッドギアをわたしに装着した。
 折りしも一九九五年。かのオウム真理教事件のあった年である。
 ステッキをついて外出し、喫茶店で編集者と打ちあわせをするヘッドギア姿のわたしに、心ない人からのあざけりが投げられた。
「あっ、オウムだ!」
 わたしはそんな時、必ずヘッドギアを外し、一部が窪んだ坊主頭を見せつけてやったものだ。(ほとんどヤケクソな気持ちで)
 あるいはステッキ使用がなくなって、エスカレーターの右側にへばり付いている時(わたしは左手と左足が不自由である)、後方より駆けてきた人々の音たかい舌打ち。
 それは現在でも浴びせられる。
 医学はすでに遺伝子を操作し、脳のメカニズムさえきわめようとしているというのに、それを使う人間どもの、なんという無神経。なんという意識の古さ。これと同じ苛立ちを『人獣細工』で感じていた。
 そうなのだ。
『人獣細工』は自己愛の権化たる〈父〉と、己れの実存を探求する〈娘〉との、火花を散らすドラマであった。この時、〈父〉はブタの臓器やブタの手足、ブタの皮膚を少女に移植することの、情緒的影響にまったく思い到らない。彼は「移植のための移植」「手術のための手術」に邁進する。いわば手段が目的化しているのである。
 彼はまるで医学技術という偶像モーロツクに仕える司祭のように、娘を切り刻む。
 そして、娘は、目覚めていくのである。
「私は誰なのか。どこから来たのか。なのか」

    *

『吸血狩り』は八歳の少年の一夏の経験をノスタルジックな語り口で描いた佳品である。
 しかし、騙されてはいけない。
 少年はひょっとしたら……「間違っていた」のかもしれないのだ。
 黒い大男は単に従姉を誘惑した他所よそものだったのかもしれない。「ししょくきょうてんぎ」などという本は存在しなかったのかもしれない。
 すべては……吸血鬼の妄想に取り憑かれた八歳の少年の……誤ちだったのかもしれない。
 小林泰三は、この一点を解き明かしてはいない。それゆえ吸血鬼映画でお馴染みの、瞬く間に灰と化していくシーンは、描かれないのである。

    *

 だが、最も邪悪で、狂気と幻想に彩られた作品は『本』である。
 わたしはこの一篇を読んでいるあいだ、ホラーコミック界の鬼才とうじゆんの「自傷的な」絵を思い浮かべていた。
 芸術の才のひとかけらもないのに、絶対芸術なるソフトをインストールされ、あるいは絵を描き、あるいはダンスを舞い、あるいはとんぼを切る凡人たち。これは「カラオケ化する芸術」の醜悪きわまりないパロディである。
 そして、すべての狂気は、次の一点へとしゆうれんされていく。
「この世界は本当に現実なのか。われわれが現実と呼ぶものは一体なんなのか」
 読後、わたしはラヴクラフト的なホラー映画「マウス・オブ・マッドネス」に出てきた次のような台詞せりふを思い出していた。
「現実って、なにかしら? 世間の九九パーセントが現実といえば、それが現実?(中略)だったら、狂気も、それが多数派なら正気になるんじゃない?(中略)その時が来たら、あなたのほうが病院送りよ」

    *

〈現実の不確かさ〉。
 それに思い到った時から始まる心のゆらぎ。
 自分の足場に対する不安。
 真の〈現実〉を知らされた時に生ずる──救いようのない絶望と恐怖。
 これらは小林泰三が繰り返し描き続けるモチーフである。この描き方はサディスティックではない。むしろ「自傷的」だ。彼の作品の登場人物が負う傷には痛みがある。そして痛みはダイレクトに読み手に伝わってしまう。
 それは小林が限りなく「優しく」「邪悪」であるせいなのだろう。
 しかし、彼は、エスカレーターの右側にへばり付いている身体障害者に舌打ちもしなければ、ヘッドギアを被っている人間を「オウム」呼ばわりもしないだろう。
「邪悪」とは「無垢な優しさ」のまたの名であるからである。

作品紹介・あらすじ



人獣細工
著者 小林 泰三
定価: 770円 (本体700円+税)
発売日:2023年04月24日

パッチワークガール。そう。私は継ぎはぎ娘。
先天性の病気が理由で、生後まもなくからブタの臓器を全身に移植され続けてきた少女・夕霞。
専門医であった父の死をきっかけに、彼女は父との触れ合いを求め自らが受けた手術の記録を調べ始める。
しかし父の部屋に残されていたのは、ブタと人間の生命を弄ぶ非道な実験記録の数々だった……。
絶望の中で彼女が辿り着いた、あまりにおぞましい真実とは(「人獣細工」)。

読む者を恐怖の底へ突き落とす、『玩具修理者』に続く第2作品集。
収録作品●人獣細工/吸血狩り/本

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322208000287/
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