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レビュー

残酷でおぞましい事件に隠された真実とは。――『虜囚の犬 元家裁調査官・白石洛』櫛木理宇 文庫巻末解説【解説:千街晶之】

史上最悪の監禁犯を殺したのは、誰? 戦慄のサスペンスミステリ!
『虜囚の犬 元家裁調査官・白石洛』櫛木理宇

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

虜囚の犬 元家裁調査官・白石洛』著者:櫛木理宇



『虜囚の犬 元家裁調査官・白石洛』文庫巻末解説

解説
せんがいあきゆき(ミステリ評論家)

 代表作『死刑にいたる病』(二○一五年。『チェインドッグ』を二○一七年に文庫化の際に改題)が映画化されるなど話題作となったことで知れ渡ったけれども、くしの創作活動においては、シリアルキラーという存在が大きな領域を占めている。作家としてデビューする前、著者はコリン・ウィルソンの『現代殺人百科』の影響を受けて、シリアルキラーに関するウェブサイトを運営していた。何故、人間は人間を殺すのか。それも、愛憎やふくしゆうや金銭欲といったわかりやすい動機によってではなく、快楽を追い求めるように理不尽なさつりくを繰り返すのか──そんな精神構造の不可思議に対する探求心が、著者の中には常に存在し続けているようなのだ。
 そんな著者のシリアルキラー路線の作品に属する本書『虜囚の犬 元家裁調査官・白石洛』は、『文芸カドカワ』二○一九年八月号および『カドブンノベル』二○一九年九月号~二○二○年四月号に連載され、二○二○年七月に『虜囚の犬』としてKADOKAWAから刊行された。連載時には何度も月間読者数第一位になり、連載満足度アンケートでは98パーセントという驚異の数字を記録した話題作である。
 主人公のしらいしらくは、元は家庭裁判所の調査官だったが、ある出来事を機に心を病んで退職していた。そんな彼のもとを、茨城県警捜査一課の巡査部長・えいいちろうが訪れる。和井田は白石の高校時代の友人で、同じ大学にも通った仲だ。和井田は、市内のビジネスホテルの一室でさつろうという男の刺殺死体が発見されたと白石に告げる。治郎は七年前に白石が家裁調査官として担当した人物であり、当時十七歳だった。
 治郎がどんな少年だったかを問う和井田に、白石は守秘義務を理由に返答を拒むが、和井田が治郎のことを知りたがっているのは、今回の事件がありきたりなものではなかったからだった。警察官が治郎の家に向かったところ、離れ家の地下室から首輪とあしかせをはめられ監禁された女性が発見され、庭からも二体の女性の死体が発掘されたのだ。白石が知る高校時代の治郎は、暴君的な父親・ろうの支配下で無気力状態に陥っており、「ぼくは犬だ」と自分の無力さを表していた。そんな彼が、何故その後監禁犯に転じたのか。
 かつて自分が担当した気弱な少年のへんぼうの理由を知るべく、白石による調査が始まるのだが、ここで家裁調査官という職業について説明しておく(以前は少年保護司あるいは少年調査官と呼ばれていたが、家事調査官との統合で現在の名称となった)。主に少年犯罪や、離婚などの家事事案について調査し、意見書を提出することを職務としており、ミステリに主人公として登場する場合もその種の事件を担当することが多い。具体的な作例としては、さかこうろうの『チルドレン』(二○○四年)とその続篇『サブマリン』(二○一六年)、ふかれいいちろうの『五声のリチェルカーレ』(二○一○年)、づきゆうの『あしたの君へ』(二○一六年)、まつしたの『不在者 家裁調査官 加賀美聡子』(二○二○年)、五十嵐いがらしりつの『不可逆少年』(二○二一年)、なみアサの『家裁調査官・庵原かのん』(二○二二年)といったあたりが思い浮かぶ(厳密には『あしたの君へ』の主人公は研修中の家裁調査官補だが)。
 しかし、これらの作品とは異なり、白石は退職して今は一般人であり、調査の資格は持っていない。それでも、七年前に知り合った薩摩家の関係者たちは白石の退職を知らず、今でも彼が家裁調査官だと思い込んでいるため、過去の肩書が話を聞き出す上でメリットとなっており、和井田もそれを半ば黙認している。
 とはいえ、その肩書を使えば何でも聞き出せるというわけでもない。白石は、薩摩家の元家政婦や出入りしていた庭師といった事情を知る人々のもとを訪れるが、彼らは何かを隠している様子だった。そんな関係者たちの固い口から辛うじて聞き出せたのが、おおなる人物が死んだ伊知郎をうらんでいたらしいことと、薩摩家が犬神筋の家系とぼうされていた過去。また、監禁されていた女性の証言からは、正体不明の「アズサ」という存在が浮上し、謎は混迷を深めてゆく。
 一方、第三章からは、中学三年生のくにひろかいを主人公とするパートが始まる。海斗は父親の再婚相手からある時期まで虐待されており、成長して継母に体格で勝るようになると目立った虐待はなくなったものの、露骨に疎んじられていた。そんな彼は、同じ中学三年生のはしひろと知り合い、意気投合するが……。海斗も未尋も第三章からいきなり登場する人物であり、それまでの物語との関連は読者には全くわからない。このパートが本筋の事件とどうつながるのかという興味も、本書の謎を奥深いものとしている。
 光文社のウェブサイト《本がすき。》掲載のインタヴュー(二○二○年八月八日)で、著者は本書の事件の発想源がゲイリー・ヘイドニック(一九八六年から翌年にかけて六人の黒人女性を監禁し、そのうち二人を殺害したアメリカのシリアルキラー。犠牲者を解体してドッグフードに混ぜ、他の女性たちに食べさせていた)の事件であることを明かし、「私の作品には自己評価の低い人間がよく登場しますが、それは自己評価の低い人同士で抑圧の連鎖を続けているのでは、と考えているからなんです。治郎は、監禁した女性に対しては強者ですが、治郎自身がいじめや抑圧を受けていたので、そこから考えたら弱者です。〝絶対的な強者は存在するのか〟。それが今回の作品のテーマでした」と創作意図を説明している。
 絶対的な強者の不在というテーマは、本書において虐待の連鎖として表現されている。薩摩治郎に限らず、本書では虐待の加害者も別の局面では被害者としての面を持つ。『虜囚の犬』というタイトルは、犬のように鎖でつながれて監禁されていた被害者女性たちを示すとともに、登場人物の誰もが何かに縛られているという本書の人間関係の暗示でもある。本書における負の連鎖は幾重にも複雑に絡み合っており、その始点まで辿たどりつくのは容易ではない。そして、そのテーマが、女性の監禁や父と子の対立といったモチーフから読者が連想するであろうイメージを利用したミステリ的な仕掛けと緊密に組み合わさっているあたりが本書の秀逸さだ。ラストで暴かれる〝悪〟の正体は、読者の心理的死角をいて驚かせること必至である。
 残虐な描写も多い本書だが、それを中和しているのが心優しい白石と、ずうずうしい言動とは裏腹に気配りの人であり、白石のよき理解者である和井田というコンビの存在である。白石は家裁調査官を退職後、妹ののマンションに同居して「専業主夫」として暮らしているのだが、料理のレシピを日々考えたり、海外ミステリを読んだりといった彼の日常の描写が、ストーリーの陰惨さを和らげる効果につながっている。
 なお、今回の文庫化ではタイトルに副題が新たにつけられたが、これは白石を主人公としてシリーズ化を視野に入れているということなのかも知れない。また、改題のみならず、文庫化に伴って終盤が改稿されている。単行本版では事件解明のくだりで新たな人物名がいっぺんに言及されたので、その部分が修正されたのだ。シリアルキラーの精神構造を掘り下げるとともに、ミステリとしてのサプライズという近年の著者の作品に顕著になった特色も兼ね備えた本書が、より完成度が上がったかたちで広く読者の目に触れることになったのを歓迎したい。

作品紹介・あらすじ



虜囚の犬 元家裁調査官・白石洛
著者 櫛木理宇
定価: 858円(本体780円+税)
発売日:2023年03月22日

残酷でおぞましい事件に隠された真実とは。衝撃的結末に、撃ちぬかれる。
穏やかな日常を送る、元家裁調査官の白石洛(しらいし らく)は、友人で刑事の和井田(わいだ)から、ある事件の相談を持ち掛けられる。白石がかつて担当した少年、薩摩治郎(さつまじろう)。7年後の今、彼が安ホテルで死体となって発見されたという。しかし警察が治郎の自宅を訪ねると、そこには鎖につながれ、やせ細った女性の姿が。なんと治郎は女性たちを監禁、虐待し、その死後は「肉」として他の女性に与えていたという。かつての治郎について聞かれた白石は、「ぼくは、犬だ」と繰り返していた少年時代の彼を思い出し、気が進まないながらも調査を開始する。史上最悪の監禁犯を殺したのは、誰? 戦慄のサスペンスミステリ!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322202000838/
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