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特集

追悼・小林泰三さん その誰からも愛されたお人柄と、『玩具修理者』『アリス殺し』など多岐に及ぶ作品を振り返る

 二〇二〇年十一月二十三日に作家の小林泰三さんが永眠されました。一九九五年『玩具修理者』で第二回日本ホラー小説大賞を受賞しデビューされたのち、二〇一一年刊の『天獄と地国』で、また二〇一六年刊『ウルトラマンF』でそれぞれ第43回、第48回星雲賞(日本長編部門)、そして二〇一三年刊の『アリス殺し』で二〇一四年啓文堂書店文芸書大賞を受賞されるなど、ホラーだけでなく、SF、ミステリと様々に作風を広げながら、幅広く精力的な執筆をつづけてこられました。
 小林さんを偲び、田中啓文さん、恒川光太郎さん、牧野修さんに追悼のお言葉をいただくとともに、その数々の著作から、一部を取り上げてご紹介させていただきます。

小林さんのこと 田中啓文

 昨年五月頃に小林さんもまじえたいつものメンバー(他は我孫子あびこ武丸たけまる北野きたの勇作ゆうさく田中たなか哲弥てつや、私)でオンラインのトークイベントをやったのだが、好評だったのでその二回目をしようということになった。小林さんの発案で、二回目のテーマは「デビュー前後のこと」に決まった。それぞれ小説家になった経緯がちがうので、これは面白いだろうということで皆が賛成し、主催者にもそれを伝えたのだが、日時を決めようという段になって小林さんに「じつはちょっと手術をして、成功したのですが、リハビリとかがあるので二週間ほど返事を待ってください」と言われたのだ。その二週間が過ぎても連絡はなく、とうとう二カ月が過ぎた。これはヤバいんとちゃうか、とみんなで言い合っていたのだが、ある日、知らない電話番号から私の携帯に着信があり、留守電を聞いてみると、「小林泰三の家のものですが……」……あ、もうあかん……と目のまえが真っ暗になった。このあと最悪の報せを聞くことになるのはもうわかったのだ。そして、実際その報せを聞いた。電話を掛け直すと、「主人が今朝亡くなりました」と奥さんがおっしゃったのだが、私はそれを現実として受け止めることができなかった。
           ◇
 その報せ以後丸二日間というもの、私はなにも食べずにひたすら酒を飲んでるか寝てるかで、目が覚めたら、
(小林さんが死んだとかいう嫌な夢を見た……)
 と一瞬思うのだが、いや、そうじゃない、これが現実なんだ……と奈落の底に突き落とされるような気分に陥り、また酒を飲むのだった。
 しかし、三日目は泥酔しているわけにはいかない。奥さんはまったくネット環境になかったため、じつは小林さんがノートに「田中啓文さんに発表してもらえ。田中さんに言えば、いちばん仲が良かった小説家のみんなには伝えてくれるから」と書き残していたらしく、私が発表することになったのだ。何人かの編集者や小説家に協力してもらって、なんとかその大役を果たしたのだが、案の定SNSは大騒ぎになり、小林さんを悼む声であふれた。海外からの投稿もあった。私は小林さんがいかに大勢の読者に愛されていたのかをあらためて感じた。
 奥さんによると、小林さんは家ではあまり話をせず、ひとと積極的に付き合うこともなかったそうだが、我々の知っている小林さんは、よくしゃべり、自分がしゃべりたいことが終わるまではひとの言うことを聞かず、土日ならいつ誘ってもどこへでも来てくれるひとだった。長年の二足の草鞋わらじで、いつも「会社を辞めたい。でないと平日、みんなと遊ばれへんから」と言っていた。ようやく会社を辞めて、フルタイムの小説家となり、ベストセラーも連発し、これから……という矢先だった。奥さんは「新作の構想もいろいろあったらしく、さぞかし無念だったと思います」と言われたが、まさにそうだと思う。
 小林さんと飲んでいると、なぜかいつのまにか話題は仮面ライダーとウルトラマンとキャプテンウルトラの最終回の話になっていて、それが毎度のことだった。我々は「あ、またはじまった……」と言いながらゲラゲラ笑っていた。
「今書いてるやつはこんな風にめちゃくちゃな話なんですよ。アホでしょ」
 と、近作がいかにひどいネタかを自慢していた。我々の馬鹿話を『SF作家オモロ大放談』にたとえるひともいたが、私としては『まんがみち』のように感じていた。アホなことを言い合いながらも、小説の話もたくさんした。たがいに刺激し合い、影響し合ったと思う。本当に楽しかった。それがこれからもずっとずっと続くと思っていたのに……。
 八月にプライベートでオンライン飲み会をしたのだが、あとで聞くと、そのときすでにかなり病気が進行していたらしく、無理をして参加されたそうなのだが、そのときはそんな気配は微塵も見せず、いつものめちゃくちゃ面白い小林さんだった。あとで考えると、もしコロナ禍がなくて、リアルな飲み会の誘いだったら小林さんは参加できなかっただろうから、Zoom飲み会も捨てたものではない。あのときもめちゃ楽しかったが、あれが最後だった。
 小林さんとは二十数年の付き合いだが、嫌な記憶はひとつもない。ただただ、いい思い出しかない。小説家として、小林さんの作品の分析とか功績とかを述べるべきかもしれないが、今はそんなことはとてもする気になれない。親友が死んだ。それだけである。この文章を読んでいる方には物足りないかもしれないが、情けない話、今はそうとしか言いようがないのです。

小林さんは、不滅です 恒川光太郎

 デビュー作『玩具修理者』からずっとファンである。当時私は神奈川でサラリーマンをしており、寮の薄暗いベッドで文庫本を開き、気色悪くも完成された異形の美を持つ不思議な世界にノックアウトされていた。後に私は日本ホラー小説大賞に作品を応募するが「憧れの小林泰三さんのような作家になりたい」が常に意識にあった。パーティーで「本物」にお会いしたときは実に感慨深かった。絶大な影響を後続のホラー作家(特に私)に及ぼした人だと思う。
 小林さんの作品は、ミステリーやSFといったジャンル小説の常道を大きく外した斬新な作品が多数を占める。時折でてくるおかしな登場人物や、漫才的な会話芸、哲学的思考実験ともいえるテーマ、深い洞察による理系のツッコミ、本当に、たまらない。愛してやまない。こんな作家はもう二度とでてこないのではなかろうか。『脳髄工場』も、『人獣細工』も、『ΑΩアルファ・オメガ』も、『海を見る人』も、読んだのはずいぶん昔なのに、ものすごく心に残っている。不滅の作品群である。新作が読めないのが哀しい。
 最後にお会いしたのは二〇一七年ごろの角川三賞のパーティーだったと記憶している。その時はとても健康そうな印象があり、それ故、訃報は寝耳に水であった。お会いすれば、いつも気さくに話をしてくださった。これまでもこれからもずっと仰ぎ見る星である。

小林さんのこと 牧野 修

 小林さんは唯一無二の作家だ。失えばSFもミステリーもホラーも多大な損失を被る。小林さんはまだ出来ることの半分もしていない。これからの作家なのだ。だから作家小林泰三について語るなら常套句「今後の益々の活躍を期待したい」で締めたかった。一層のご活躍を祈念いたしておりますで終える手紙のように。小林さんならそんなわざとらしい紋切り型の感想文で笑ってくれるだろうか。
 追悼文を書いてほしいという依頼なのだけれど、正直途方に暮れている。ついこの間まで小林さんはそこにいたのだし、それがいきなりいないのだと言われても到底信じることが出来ないのだ。だからきっと、小林さんは今もそこにいるのだ。私がそれを信じている限り。小林さんの不在を確認しない限り。それまでは生きている状態と死んでいる状態が重なり合って存在しているはずだなどと不謹慎な量子論を主張している私を、小林さん本人がニヤニヤしながら見ているに違いない。噓でも虚構でも妄想でも、そうあって欲しい。そうあらねばならない。いやこれがただの悪あがきだということもわかっているのだけれど、でも認めたくないものは認めたくない。
 小林さんの小説の地の文は、小林さんの話し言葉にとても近い。なので小林さんの小説を読んでいると、同時に小林さんの声で再生される。あの低い、いい声なのにいつも笑いを含んでいるあの声で。
 だから小説を読んでいる。
 短編集『家に棲むもの』に入っている表題作「家に棲むもの」だ。ラストで大爆笑したのだが、小林さんはそのあたりを本当に嬉しそうに説明してくれる。「まだいるんですよ。天井に」そう言ってそれが天井にいる格好を真似る。真似てまた嬉しそうに笑う。

 私の記憶は小林さんの作中人物並みに曖昧模糊としているのだが、確か初めて会ったのは京フェス(毎年京都で開催されるSFコンベンション)の合宿だったと思う。最初、ものすごくきちんとした人に見えた。人見知りの私には近づきにくい感じだったのだが、その後すぐに我々のよく知っている小林さんになった。つまりウルトラマンと仮面ライダー及びその他の特撮話に関する馬鹿話を延々と繰り返しだした。もちろん我々もツッコミを入れながら同様の馬鹿話をするわけで、とにかく死ぬほど笑った。その時に限らず小林さんといた時の思い出は、ただただゲラゲラと中学生男子のようにひっくり返って笑っている記憶しかない。会えば必ずそうなるものだから、いつでもいつまでも小林さんと一緒に馬鹿な話をして笑っていられると思っていたんだ。それが出来なくなるなんて。
 小林さん、ごめん。ろくなことが書けないよ。とにかく悲しい。本当に悲しいだけだ。

小林泰三 全著作リスト

※年月日は初版発売時のもの

1996年4月 玩具修理者


『玩具修理者』(角川ホラー文庫)
玩具修理者は、なんでも直してくれる。人形だってマシンガンだって、死んだ猫だって……だから私は過って死なせてしまった弟をその人の所へ持っていく。現実と妄想、生と死の境に疑問を投げつける衝撃のデビュー作。


‌97年6月 人獣細工


『人獣細工』(角川ホラー文庫)
この傷痕の下には私のものではない臓器が埋められている。私のものではない臓器。人間のものですらない臓器―。臓器移植の専門医である父から、ブタの臓器を次々に移植された少女。父の死後、残されたビデオと資料から見えてきた、身も凍る秘密とは……。


98年7月 密室・殺人
98年11月 肉食屋敷
2000年10月 奇憶
01年6月 ΑΩ 文庫化に当り「AΩ 超空想科学怪奇譚」へ改題
02年5月 海を見る人


『海を見る人』(ハヤカワ文庫 JA)
「浜から来た少女に恋したわたしは、一年後の再会という儚い約束を交わしました。なぜなら浜の一年は、こちらの百年にあたるのですから」──時間進行が異なる世界での哀しい恋を描いた表題作ほか、冷徹な論理と奔放な想像力が生みだす驚愕の異世界七景。


03年3月 家に棲むもの


『家に棲むもの』(角川ホラー文庫)
姑との同居のため、ボロボロで継ぎ接ぎで作られた古い家に引っ越して来た三人家族。みんなで四人のはずなのに、もう一人いる感じがする。見知らぬお婆さんの影がよぎり、あらぬ方向から物音が聞こえる。昔、この家で殺人があったというが……。

03年9月 目を擦る女
04年8月 ネフィリム 超吸血幻想譚
06年3月 脳髄工場


『脳髄工場』(角川ホラー文庫)
近未来。犯罪抑制のために開発された「人工脳髄」。天然脳を持つ少年、少女に待ち受ける悲劇とは? 世界の崩壊と狂気を暗示した表題作ほか、過去から未来、そして宇宙までを舞台にした珠玉のホラー短編集!


07年3月 忌憶
08年2月 モザイク事件帳 文庫化に当り「大きな森の小さな密室」へ改題


『大きな森の小さな密室』(創元推理文庫)
森の奥深くの別荘で幸子が巻き込まれたのは、密室殺人だった。閉ざされた扉の奥で無惨に殺された別荘の主人と、癖のある六人の客――表題作の「大きな森の小さな密室」をはじめ、ミステリでお馴染みの七つのテーマに超個性派探偵たちが挑む連作集。


08年3月 天体の回転について
09年3月 臓物大展覧会


『臓物大展覧会』(角川ホラー文庫)
男が旅の途中、街で見つけた「臓物大展覧会」という奇妙な看板。中に入ってみると様々な臓物が展示してある。居合わせた謎の人物から「臓物の呟きを聞きたいか」と問われ、男は異様な体験をすることに……。


10年2月 セピア色の凄惨
10年8月 人造救世主
10年9月 完全・犯罪
11年2月 人造救世主 ギニー・ピッグス
11年4月 天獄と地国


『天獄と地国』(ハヤカワ文庫JA)
頭上に地面、足下に星空が広がる世界。人々は僅かな資源を分け合い暮らしていた。世界の果てにもっと人間の暮らしやすい別天地があると確信したカムロギは、多くの敵と生き残りを賭けた戦いを繰り返し楽園をめざす旅を続ける―。


11年9月 人造救世主 アドルフ・クローン
12年5月 惨劇アルバム
13年3月 見晴らしのいい密室
13年9月 アリス殺し


『アリス殺し』(創元推理文庫)
最近、不思議の国に迷い込んだアリスという少女の夢ばかり見る栗栖川亜理。ハンプティ・ダンプティが墜落死する夢を見たある日、亜理の通う大学では玉子という綽名の研究員が屋上から転落して死亡していた─現実と悪夢を往還する“アリス”の奇怪な冒険譚!


14年1月 百舌鳥魔先生のアトリエ
15年4月 幸せスイッチ
15年8月 記憶破断者 文庫化に当り「殺人鬼にまつわる備忘録」へ改題


『殺人鬼にまつわる備忘録』(幻冬舎文庫)
見覚えのない部屋で目覚めた田村二吉。目の前のノートには「記憶が数十分しかもたない」「今、自分は殺人鬼と戦っている」と記されていた。過去の自分からの助言を手掛かりに、記憶がもたない男は殺人鬼を捕まえられるのか。衝撃のラストに二度騙されるミステリ。


15年12月 世界城
16年2月 安楽探偵
16年5月 失われた過去と未来の犯罪


『失われた過去と未来の犯罪』(角川文庫)
ある日、人類は記憶障害に陥り外部装置なしでは記憶を保てなくなった。バラバラにされた心と身体が引き起こす、悲劇と喜劇。様々な生の記憶を宿す「わたし」とは一体何者なのか。壮大な物語が幕を開ける!


16年6月 クララ殺し
16年7月 ウルトラマンF


『ウルトラマンF』(ハヤカワ文庫JA)
ウルトラマンが去った後の地球で――世界各国は、異星人や怪獣に対抗できる新戦力の開発を進めていた。そんなさなか実験の事故に巻き込まれた富士明子は、かつてメフィラス星人に操られていた、あのときの姿へと戻ってしまう!


17年6月 因業探偵 新藤礼都の事件簿
17年6月 わざわざゾンビを殺す人間なんていない。


『わざわざゾンビを殺す人間なんていない。』(一迅社)
全人類がウイルスに侵され、死ねば誰もが活性化遺体になる世界。とある細胞活性化研究者が、密室の中で突然ゾンビ化してしまう。騒然とする現場にあらわれたのは、謎の探偵・八つ頭瑠璃。彼女とともに、物語は衝撃の真相が待ち受けるラストへと加速していく!


18年4月 ドロシイ殺し
18年7月 パラレルワールド


『パラレルワールド』(ハルキ文庫)
若い夫婦と五歳の一人息子が大災害に襲われる。その時、一方の世界ではお父さんが亡くなりお母さんが生き残った。もう一方の世界ではお母さんが亡くなりお父さんが生き残った。二つの世界を同時に生きる息子のヒロ君は、家族を蘇らせるために……。


18年12月 因業探偵リターンズ 新藤礼都の冒険
18年12月 人外サーカス


『人外サーカス』(角川ホラー文庫)
経営不振のサーカス団に吸血鬼が襲来。団員は恐怖し混乱するも、特技を活かし対抗し始める。だが、マジシャンの蘭堂はある違和感に気づき――。ショックとサプライズに満ちた究極のサバイバル・ミステリ。


18年12月 C市からの呼び声
19年6月 神獣の都 京都四神異譚録
20年6月 代表取締役アイドル
20年6月 杜子春の失敗 名作万華鏡 芥川龍之介篇
20年6月 ティンカー・ベル殺し
20年8月 未来からの脱出


『未来からの脱出』(角川書店単行本)
とある施設で平穏な日々を送っていたサブロウは自分に過去の記憶がないことに気付く。不審に思っていると、「ここは監獄だ」という何者かからのメッセージが見つかった。サブロウは仲間を集め脱出を計画するが!?


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