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先覚者たちの試行錯誤と苦闘――『戦車の歴史』加登川幸太郎 文庫巻末解説【解説:加藤聖文】

戦車の誕生から、地上戦の主役となるまでの歴史に迫る
『戦車の歴史』加登川幸太郎

軍事史の名著、初の文庫化。
角川ソフィア文庫より発売中の『戦車の歴史』から、巻末に収録されている歴史学者・加藤聖文さんによる解説を特別公開します!

戦車の歴史』加登川幸太郎



『戦車の歴史』加登川幸太郎 文庫巻末解説

解説:加藤聖文

 戦車は現代の戦争を視覚的に伝える最も代表的な兵器である。弾丸をはじき飛ばす頑強なフォルムと障害物をものともしない機動性、そして圧倒的な攻撃力、これらを兼ね備えた兵器はわれわれを威圧するに十分である。二〇二二年二月に始まったウクライナ戦争でも、戦車はメディアを通して戦争の象徴的存在として扱われている。
 かくまでに戦車は戦争の「顔」となっているが、兵器として認められたのはそれほど古くはない。戦車が史上初めて戦場に現れたのは一九一六年九月一五日、第一次世界大戦の激戦の一つソンム会戦であった。このこと自体は良く知られた事実だが、戦車の登場で局面が劇的に転換したわけではなかった。
 第一次世界大戦では、戦車の他にも飛行機や潜水艦といった20世紀の戦争を代表する新兵器が登場するが、いずれも大戦のすうを決するほど威力を発揮したわけではなく、その有効性がいかんなく発揮されるのは第二次世界大戦を待たなければならなかった。すなわち、第一次世界大戦終結から第二次世界大戦ぼつぱつまでの戦間期は、新兵器の有効性をめぐって延々と議論が続いていた。そしてその渦中にあったのが戦車だった。
 本書は、一九七七年に出版されたものだが、戦車の誕生から地上戦の主役となるまでの歴史を世界各国の事情を交えながらかん的にまとめており、今や軍事史の古典的名著といえる。ただし、ページをめくると戦記モノにありがちな戦車の華々しい活躍の「物語」とは真逆の迷走する「歴史」に読者は戸惑うかもしれない。戦車をめぐる各国の評価が常に揺らいでいて、どこの国でも戦車がもたらす戦術的革命性に気づいたのはごく少数の軍人、しかも彼らの意見は軍部内の保守派の抵抗によって骨抜きにされたり、政治的・財政的事情から換骨奪胎されたりと戦車の歴史は栄光とはほど遠い試行錯誤の連続だった。
 本書は、「戦車将軍」グデーリアンに対する評価が高めであったり、日本軍戦車隊の活躍に力が入るのはやむを得ないとして、戦車通の著者が陸軍内部で味わった悲憤を行間ににじませながらつとめて冷静かつ客観的に戦車の歴史が叙述されている。そして、読者は本書を読み進めるなかで興味深い事実をいくつか発見するだろう。面白いことに戦車を開発したイギリスでは、常に異端視され、有効性をめぐる評価は一貫して低かった。逆に大戦中は全く戦車の有効性が評価されなかったドイツで戦後に戦車開発が進んだことは歴史の皮肉といえよう。
 戦争は砲兵が敵陣を混乱させ、歩兵が突撃して陣地を奪う、かつて決戦部隊だった騎兵は索敵と後方かくらん──といった考えはどこの国でも根深く残り、第一次世界大戦でもなかなか改まらなかった。
 歩兵中心であると部隊の行動は歩兵=人間の速度に合わせなければならない。そうなると戦車は快速性を失った動く大砲でしかなく、こんな鈍重な兵器が戦場でウロウロしていたら歩兵による対戦車砲の餌食になるしかない。
 ドイツやソ連で戦車開発が進み、それとともに戦術が発展したのは、戦勝国である英仏と違って敗戦や革命によって軍の伝統が失われていたからという偶然も左右していた。とくにソ連は革命による内戦と世界的孤立のなかで軍隊を一から再建しなければならなかった。そのことは大きなハンデであるとともに旧来の思考にとらわれた抵抗勢力が存在しないというメリットもあった。その結果、戦車開発と運用の試行錯誤が繰り返されるなかで比類なき戦車大国となり革新的な戦術が編み出されることになった。アメリカでもきよくせつがありながらも戦車開発が進んだことは、巨大な工業力に加えて軍の伝統が浅く、歩兵や騎兵といった伝統に縛られた抵抗勢力が存在しなかったことが影響を与えていたといる。一方、英仏はあまりにも重い軍の伝統が足かせとなった。そして、日本も同様であった。
 敗戦後に満洲でソ連軍に接収された関東軍の戦車群を写真で見たことがある。正直、何とも言えない恥ずかしさを感じた。その理由は、世界最強を誇るソ連軍戦車に比べて日本軍戦車の戦車というにははばかられるような貧弱な姿がさらけ出されていたからである。
 満洲において対ソ戦を想定していたはずの関東軍は、一九三九年のノモンハン戦争でソ連軍の戦車を中心とした機甲部隊に歩兵で立ち向かい敗れた。そして、一九四五年の日ソ戦では西部国境から進撃した機甲部隊(ザバイカル方面軍)になすすべもなかった。ノモンハンから日ソ戦までの六年間、関東軍は何をしていたのだろうかと思わずにはいられなかった。
 日本軍が戦った中国軍は戦車戦を交える相手ではなかった。また、米英軍を相手にした東南アジアや太平洋とうしよ部での戦闘は、ジャングル戦が中心であって大戦車戦が繰り広げられるような戦場ではなかった。結局、日本軍は第一次世界大戦も第二次世界大戦も実質的には戦車戦未経験で終わったのである。
 もちろん、日本陸軍も第一次世界大戦後に戦車開発に乗り出し、戦車を活用した戦術の研究も進めていた。そして、日中戦争直前に誕生した九七式中戦車のように、当時の世界では珍しい空冷ディーゼルエンジンを搭載した燃費性能と機動性に優れた戦車も製造されていた。しかし、ソ連軍機甲部隊と衝突したノモンハン戦争では有効活用されず、戦術面でも戦争の教訓が生かされなかった。さらに、太平洋戦争開戦直前には対戦車戦用に戦車砲を強化したタイプが開発されたもののドイツやソ連のように厚い装甲の防御能力や強力な戦車砲による攻撃能力が日々アップデートされていったわけではなかった。戦車小隊長として本土決戦に臨んだりようろうが、九七式を「ブリキのような」と自虐的に語ったように、米軍の主力戦車であったM4シャーマンに太刀打ちできなかった。第二次世界大戦でドイツ軍と死闘を繰り広げた戦車史上の傑作であるソ連軍のT34の足下にも及ばなかったのは当然である。
 日本軍は最後まで歩兵中心の戦術を変えることができなかった。戦車は足の遅い歩兵とともに活動する歩兵直脇を任務とする「脇役」に過ぎなかった。しかし、ヨーロッパでは戦車は「主役」になっていた。戦車をめぐる技術革新速度の差はあまりにも大きかった。その結果、機械化された敵軍と戦闘することになった場合、歩兵自身が爆弾を抱えて戦車に飛び込む、たこつぼを掘って戦車が通過すると自爆するといった「特攻」しか対策がとれなくなっていった。
 戦車は、それを支える工業力──とくに自動車産業があってこそであって、それが未成熟であれば戦車の進化もあり得なかった。敵弾を跳ね返す装甲と敵戦車を破壊する主砲が戦車のすべてであって、それに機動力をもたらす馬力が付け加わるとなると、結局のところ戦車は大量の鉄鋼材と燃料を必要とするお金のかかるぜいたくな兵器であって、燃費とか軽量化、機械の精密さなどは二義的問題であった。潤沢な資源と生産能力の高い米ソが戦車戦の主役となったのは必然といえよう。
 このように、戦車は総力戦体制の申し子であり、工業力に劣り総力戦体制が未熟に終わった日本では戦車も発展せず、当然のことながら戦車中心の戦術が生まれる素地は生まれようがなかった(加登川には本書の他に日本軍の戦車史をまとめた『帝国陸軍機甲部隊』もある。こちらも併せて読まれると日本の事情もよく理解できよう)。
 最後に本書で言及することができなかったその後の戦車をめぐる戦術の変化とこれからについて想像を巡らしてみよう。
 戦車によってナチス・ドイツを破ったソ連は、第二次世界大戦後は軍事力においてアメリカと並ぶ二大超大国となった。スターリンの大粛清の犠牲者となったトゥハチェフスキーによって体系化され、独ソ戦の過程で完成されたソ連軍の縦深戦略理論(縦深作戦理論ともいう)は、航空機や長距離砲を含めた圧倒的な火力の下で縦隊による連続攻撃を間断なく行い、敵部隊の後方まで一気に突破して包囲せんめつを図るものであった。一九四四年夏に東部戦線の勝利を決定づけたバグラチオン作戦が縦深戦略の教科書といえるものだが、わずか二ヶ月でドイツ軍中央集団を壊滅させ一挙にソ連領内を解放できたのは、制空権の掌握もる事ながら戦車の機動力があってこそ可能であった。
 この理論は戦後になって各国でも広まり、それとともに戦車は戦場の主役として定着した。本書で最初に取り上げられた中東戦争でも戦車を使った戦術が勝敗を分けたことを証明した。しかし、半世紀を経て戦車はその王座を明け渡すことになる。それが湾岸戦争であった。
 ミサイルを含めた兵器のハイテク化に加えて、三次元による攻撃がシステム化されたことによって、戦車は空からの攻撃に対するぜいじやく性があらわになった。ソ連製戦車を多数擁したイラク軍は、精密誘導弾による遠隔攻撃システムを完備した米軍中心の多国籍軍によっていとも容易に撃破された。もはや面を支配する地上戦ではなく空間を支配できるかが戦争の勝敗を分けることになったのである。
 ソ連軍の縦深戦略理論は、航空支援が不可欠だが、航空機が主役ではなく、やはり地上の火力──とくに戦車に偏りがあった。湾岸戦争によって軍の現代化の立ち遅ればかりか、縦深戦略理論の欠陥が明らかになったことは、ソ連崩壊の一因となったといえよう。
 ソ連崩壊後のロシア軍は、二〇〇〇年代以降、現代化を急速に進めたとみられていたが、ウクライナ戦争で明らかになったのは旧来型の戦車中心の戦術のままであったことである。成功体験である縦深戦略理論を捨てきれなかった姿は、歩兵突撃に絡め取られたかつての日本陸軍と同じであった。
 ロシア軍の戦車が、米軍の持つような高価なハイテク兵器ではなく、安価なドローンや携行型対戦車ミサイルによって次々に撃破される様は、第二次世界大戦型の戦術が21世紀型の新しい戦術にとって代わられるとともに、地上戦の王者だった戦車の時代のしゆうえんを象徴しているのかもしれない。
(歴史学者)

作品紹介



戦車の歴史 理論と兵器
著 加登川 幸太郎
定価: 1,694円(本体1,540円+税)
発売日:2022年06月10日

戦車の誕生から、地上戦の主役となるまでの歴史に迫る
戦車は、第一次世界大戦のソンム会戦で初めて姿を見せた。それ以来、戦車を抜きにして戦闘を語れないほど、戦場の支配者となった。その裏には、ここにいたるまでの先覚者たちの試行錯誤と苦闘の歴史があった。機甲部隊の運用や戦車戦闘の理念には、年輪が刻まれている。戦車の誕生から、地上戦の主役となるまでの歴史を、イギリス・ドイツ・フランス・ソ連・日本の事情を交えながら解説する、軍事史の古典的名著。解説・加藤聖文

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322107000284/
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