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レビュー

名探偵の感慨が、読みおわった読者の胸にぶきみな余韻を残す――『黄金の指紋』横溝正史 文庫巻末解説【解説:山村正夫】

巧みな変装術と鮮やかな推理で事件の核心に迫る金田一耕助の活躍!
『黄金の指紋』横溝正史

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

黄金の指紋』横溝正史



『黄金の指紋』横溝正史 文庫巻末解説

解説 
山村 正夫 

「怪獣男爵」を読まれた読者は、あのぶきみな怪人の姿とそののいきさつを、すでによくご存じなのにちがいない。
 世界的な大科学者でありながら、まれに見る宝石狂の大悪とうとして、殺人、ゆうかい、盗みなど数々の悪事を犯していた古柳男爵は、死刑になる前、神をするような世にも恐ろしい秘密の研究を完成させていた。人間の脳を取り出して、別な人間に移植するという大手術である。弟子の北島博士に遺言をした古柳男爵は、死後みずからその実験をこころみた。自分の脳を、あらかじめサーカス団から買い取っておいた、ロロというゴリラと人間の怪獣に移しかえたのだ。
 こうして生れたのが〝怪獣男爵〟だった。野獣のおぞましさと凶暴性、それに大科学者で大悪とうの知能をかねそなえた、文字どおりの改造人間。古柳男爵はこのようないまわしい手段で、ふたたびこの世に復活したのである。
 怪獣男爵の目的は、自分を死刑にした社会に対して復しゅうすることにあった。
 そのためには、なんど死地に追いつめられ、ほろびてもほろびても屈しない。捜査当局がこんどこそおだぶつだろうと安心していると、とんでもない話で、忘れかけたころにまたまた復活し、世間をさわがすの怪物なのだ。
 本書は横溝正史先生が、「怪獣男爵」や「大迷宮」の続編として筆をられた、シリーズ長編の一つである。
「怪獣男爵」のときは小山田博士がこの怪物を相手に戦ったが、こんどは名探偵金田一耕助が登場する。その意味では、金田一耕助のシリーズの一編と呼ぶこともできるだろう。
 正義の味方といえば、いま一人、忘れてはならないのが野々村邦雄少年だ。
 ジュニア物のミステリーの主人公は、勇かんで知能のすぐれた少年や少女が多い。かれらはどんな悪人に立ち向かってもビクともしない勇気と、いかなる悪だくみをもするどく見やぶる知恵とを身につけている。
 野々村邦雄もそうで、まだ中学の二年生だが、金田一耕助も舌を巻くほど大たんですばしっこく、おまけにすばらしく機転がきく。邦雄と同世代の読者だったらなおさら、金田一探偵と力を合わせて腕をふるう邦雄の冒険には、拍手を送りたくなることだろう。
 物語の発端となる事件は、瀬戸内海に面した岡山県の南方、児島半島のとっさきにある下津田の町で起こった。
 邦雄は夏休みを利用して、その町にあるおじさんの家へ遊びにきていたのだが、嵐の夜、難破船を知らせる半鐘の音を聞いて鷲の巣岬に急ぐとちゅう、重傷を負った見知らぬ遭難者の青年から、黒い皮の小箱をあずけられた。
「かわいい……お嬢さんの運命にかかわる」
 といわれて、金田一耕助に渡してくれるようにたのまれたのである。
 その夜、灯台守が殺されているのが発見され、船の遭難は灯台の灯が消えていたためであったことがわかった。
 おじさんの家に帰って邦雄が小箱をあけてみると、中からは地はだにくっきりと指紋の焼きついた黄金の燭台が出てきた。
 物語はその黄金の燭台をめぐって、恐ろしい展開をみせるのである。燭台についていた指紋は、玉虫元侯爵の孫娘小夜子のものだった。小夜子は三つのときに両親に連れられてイタリアへ行き、そこでしあわせに暮していたのだが、両親があいついでなくなったので、お父さんの友だちの海野清彦という青年につきそわれて日本へ帰ってきたのだ。
 ところが、船が博多へ着く直前、小夜子は何ものかの手でさらわれてしまった。そして、海野青年と燭台だけが残ったのだが、かれの身にもわざわいがふりかかった。東京へ向かう船が鷲の巣岬で難破し、重傷を負って海岸へ流れついたところを、怪しい義足の男に連れ去られてしまったのである。邦雄に黄金の燭台をことづけた遭難者の青年こそ、この海野清彦なのだった。
 黄金の燭台が大きな意味を持つのはほかでもない。そこについている指紋だけが、小夜子が玉虫元侯爵の孫娘であることを証明する、たった一つのしょうこだからなのだ。それが奪われれば、かんじんのしょうこは何もなくなってしまう。いわばばくだいな遺産相続のカギをにぎる品とでもいうべきもので、そこに目をつけた悪人たちが暗躍するのである。
 だが、そうした悪人たちのグループとは別に、この黄金の燭台に魔手をのばすのが、悪魔の改造人間怪獣男爵である。怪獣男爵のねらいはほかにあるのだが、その目的は最後まで伏せられていてわからない。
 つまり黄金の燭台の争奪戦が、本書の最大の興味のまとであり、読者に手に汗をにぎらせる面白さのポイントだといい得るだろう。ミステリー小説ではスリリングなサスペンスを盛り上げるために、しばしばこのような手法が使われるが、さすがは推理小説界の第一人者といわれる横溝先生の筆になるだけあって、読者をハラハラさせる巧みなストーリーの展開ぶりは息もつかせない。
 黄金の燭台がいつ敵の手に渡るか?
 その心配で誰もが一喜一憂させられるのである。
 むろん、燭台はおいそれとかんたんに奪われはしない。それを守るためあの手この手の苦心をはらうところに、名探偵金田一耕助や邦雄少年の面目があり、本書の見どころにもなっているのだ。
 下津田の町から東京へ帰る新幹線の列車内で、邦雄は黒衣の女に睡眠薬入りのリンゴを食べさせられて、燭台を入れたボストン・バッグをぬすまれてしまう。読者もハッとしたことだろうが、ムザムザと敵のたくらみにひっかかる邦雄ではなかった。もっとも安全な方法で東京へ運び、かれらの鼻をあかすのだ。その機転のきくことといったら、おとなも顔負けするばかり。悪人一味のアジトであるクモの巣宮殿にとらえられてからも、泣虫小僧のふりをして敵の目をあざむき、こっそりアジトの中を探険して秘密を探るなど、勇気にあふれている。そして、そこで金田一耕助とめぐりあうのだが、
「えらい、邦雄くん、おそれいったよ。ああ、海野くんはよい人に、黄金の燭台をあずけたものだ」
 と、さしもの名探偵をしてうならせずにはおかないのである。
 一方、金田一耕助の探偵活動も、本書ではかなり行動的といっていい。推理の大天才であることはもちろんだが、熱血漢としてのタフな一面が強く発揮されているのだ。神戸にある悪人たちのかくれ家では、天運堂という大道易者に変装したり、クモの巣宮殿では、ピストルを持って敵に立ち向いハデに立ち回ったりする。
 ジュニア小説ならではの、さっそうとしたたのもしい活躍ぶりだから、その意味でも金田一耕助ファンは見逃せないだろう。
 玉虫元侯爵の遺産相続にからんで、小夜子をおびやかす、しょうきひげの大男をはじめとする悪人一味と、あくまで黄金の燭台だけをねらう、義足の男倉田万造や、やぶにらみの男恩田。それを横合いからひっさらおうとする怪獣男爵。敢然としてかれらの前に立ちふさがる金田一耕助と野々村邦雄少年、それに海野清彦青年。
 どもえになった戦いが、たがいにだましたりだまされたりしながらつづくうちに、物語は次第にクライマックスへと近づいていく。最後に残った悪の代表は、恩田や倉田、しょうきひげの大男一味を倒した怪獣男爵である。恩田や倉田は、はじめのうちは怪獣男爵の部下だったのだが、二人とも裏切者あつかいをされ、首ねっこをへし折られて殺されてしまうのだ。その無残な仕打ちには、読者は誰しも身ぶるいを感じないではいられなかったことだろう。
 世にも非情で残忍な怪物、悪の権化の怪獣男爵。だが、金田一耕助や邦雄の健闘の前には、ついにカブトをぬぐときがきた。
 オリオン・サーカスで小夜子とひきかえに黄金の燭台を奪おうとして失敗した怪獣男爵は、ワニやニシキヘビなどの動物たちが逃げ出したどさくさにまぎれて隅田川へ脱出したが、金田一耕助の仕掛けたワナにまんまとはまってしまう。
 ランチの上で怪人と名探偵は対決する。敗北をみとめた怪獣男爵は、ランチにしかけた爆薬の導火線に点火。闇夜の水上をネズミ花火のように走って、こっぱみじんになってしまうのである。
 怪獣男爵がなぜ黄金の燭台をねらったのか? その秘密は、無事にもどった小夜子の健康の回復を祝うパーティーの席上、金田一耕助の手で明らかにされる。事件はそれでめでたく解決したわけだが、大手柄をたてたにもかかわらず、金田一耕助はうれしそうな顔をしない。
 ──もしかすると、怪獣男爵は、まだどこかに生きているのではないだろうか。そして、いつかまた、どこかにあらわれるのではないだろうか……
 結末での名探偵の感慨が、本書を読みおわった読者の胸にも、改めてぶきみないんを残したのではないだろうか。

作品紹介・あらすじ



黄金の指紋
著者 横溝 正史
定価: 748円(本体680円+税)
発売日:2022年07月21日

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
「君に預けておく。これを金田一耕助という人に渡してくれ……」そう言って難破船の遭難者が死ぬ前に言付けた黒い箱。邦雄少年が中を開けて見ると、それは燦然と輝く黄金の燭台だった。思わず息をのみ慌ててしまおうとした時、彼は妙なことに気がついた。燭台の火皿に指紋が一つ焼きつけられていたのだ。邦雄は知らなかったが、これこそ一人の少女の運命を握る大切な証拠の品だったのである……。巧みな変装術と鮮やかな推理で事件の核心に迫る金田一耕助の活躍!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322204000286/
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