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レビュー

殺戮の究極的定理に従って、自壊する登場人物をひたすらに描く――『煉獄の獅子たち』深町秋生 文庫巻末解説【解説:杉江松恋】

映画原作「ヘルドッグス」続編! 警察小説を超えた、慟哭の人間ドラマ
『煉獄の獅子たち』深町秋生 文庫巻末解説

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

煉獄の獅子たち』深町秋生 



『煉獄の獅子たち』深町秋生 

解説
すぎ まつこい

 破壊せよ、すべてを。そのこぶしが砕け、身が燃え尽きるとも。
 暴力の衝動とそれがもたらすものを描いて、現代の日本作家でふかまちあきの右に出るものはいない。破壊とは何か、人はなぜ自滅へと向かうことを止められないのか。二〇〇五年のデビュー以来、ひたすらそのことだけを考え続けてきたのが深町という作家だ。
『煉獄の獅子たち』は『小説 野性時代』二〇一八年十一月号~二〇二〇年七月号に連載された長篇作品である。奥付表記によれば単行本は二〇二〇年九月三十日に刊行されている。
 深町には、日本に存在する職業的犯罪集団である広域暴力団を題材にした作品群がある。本作もその一つで、立場の異なる二人の視点人物を配して東鞘会という巨大組織を描いている。絶大な権力を持つ会長の氏家必勝によって東鞘会は統べられていたが、病のために彼が没すると、組織は二つに分裂する。必勝の跡目を継いだのは、会長代理の職にあった神津太一であった。彼は暴対法によって締め付けが厳しくなった国内ではなく、海外に活路を求めた。構成員を海外に派遣してシノギの道を確保させる。そうやって組織を拡大することに成功したのだ。必勝の息子であった数寄屋橋一家総長・氏家勝一は組織を割って、外に出る。反神津組の勢力を呼集して和鞘連合を結成したのである。その勝一の秘書であり、影武者として護衛を務める織内鉄が第一の視点人物だ。勝一は敵の頭領である太一の首を取ろうと考える。織内はその先兵を務めるのである。
 並行する形で第二の視点、我妻邦彦の物語が描かれる。警視庁組織犯罪対策第四課広域暴力団対策係に奉職する刑事である。ある日我妻は、神津組の経営する売春組織で性接待を強要されていた八島玲緒奈を助ける。我妻は学生時代、柔道に打ち込んでいたが、そのころの恋人・七美を思わせるふうぼうの持ち主であった。玲緒奈をまもろうとする我妻に、謎の勢力が襲いかかってくる。一介の刑事には重すぎる秘密を、彼は背負ってしまったのだった。
 高速回転で目の前の壁に穴を穿うがとうとするきりのような織内と、迫りくる敵を粉砕するつちのような我妻。それぞれの、死に物狂いの闘いが続けられていく。読者が抱く最大の関心事は、二人が描く軌跡が交わるのはいつか、ということだろう。その瞬間は意外なときに訪れる。『煉獄の獅子たち』という題名の意味が明かされた後、登場人物たちが身を投じることになる闇の深さ、炎の熱さを読者は感じ取ることになるはずだ。
 本作は二〇一七年に刊行された長篇『地獄の犬たち』(文庫化時に『ヘルドッグス 地獄の犬たち』と改題)の続篇にあたる作品である。カソリックにおける煉獄とは、人が生を終えた後、天国に昇る前に滞在する場所であるという。登場人物のある者は言う。「おれは罪を犯した。ここらで清めの火でしっかり焼かれとかねえと、神様の祝福を受けられねえのさ」と。本作では果てなき破壊が描かれる。それは意味のない衝動的な暴力のようにさえ見える。暴力の連鎖に身をゆだねた者は初めに抱いていたはずの目的が霧散し、単に壊すために壊すようになる。それが暴力というものの特性なのだ。飛沫しぶきで身を染めてしまった者が最後の裁きを受けるまで。それを描くのが『煉獄の獅子たち』という小説である。
 前作『地獄の犬たち』は東鞘会若頭補佐・兼高昭吾を主人公とする物語だった。兼高の本名は出月梧郎、警視庁から潜入した捜査官なのである。東鞘会の息の根を止めるための密命を帯びた兼高は、その日が来るまで極道に成りきって自身も暴力の限りを尽くす。素性を隠すためには他人の命を奪わなければならない瞬間も訪れる。そうして破壊の徒となった兼高は、果たして元の出月に戻れるのか、という問いが『地獄の犬たち』の主題と言っていい。破壊する側、殺す者となった人間は永久にそのままなのではないか。我が手を汚してしまったとき、すでにその者は地獄に落ちているのかもしれない。
『地獄の犬たち』はそのように、暴力の容赦ない性質を描いた小説であった。暴力に身を委ねた瞬間に不可逆の変化が起き、二度と戻れなくなる。これに対して『煉獄の獅子たち』は、自身がどこへ向かおうとしているのかわからないちゆうりの状態の小説である。すでに地獄にちているのかもしれないが、まだそれが見えていない。永遠に続く瞬間の中に生きているようなもので、暴力を振るう手を止めたときに初めて裁きの答えが出るだろう。題名にある獅子とは、その境遇にいささかもおののかず、煉獄の中で暴力の連鎖を永遠に続けていこうとする者のことを指している。終わらない闘争を繰り広げる獅子たち。
 深町には警察小説の連作もあるが、基本的には犯罪小説作家と呼ぶのがふさわしい存在だ。作品の軸になっているのが警察と犯罪者、つまり正義と悪の対立ではないからである。深町が描くのはもっと根源的な、人間にとって暴力とは何かという問題だ。この観点からすれば、警察組織もまた法権力を根拠として持った暴力装置に他ならない。犯罪者は、権力に対抗するために個人的な暴力手段に訴える者たちである。二〇一一年の『アウトバーン』(幻冬舎文庫)に始まる〈組織犯罪対策課 八神瑛子〉シリーズは、警察官という自身の公的な立場によって罰せない悪があることに気づいた主人公が、私的な暴力手段に訴えて犯罪者を追い詰めようとする物語だ。このように深町作品においては、自身の運命を切りひらく武器が暴力しかないことを悟った、あるいはそこまで追い詰められた主人公が、一線を越えていく姿が頻繁に描かれる。暴力を行使する者という観点からは、警察官と犯罪者が一つ穴のむじなに過ぎなくなる。その一義的な世界観が深町作品の特徴である。
 深町が立場の越境を明確な形で初めて書いた作品が二〇一〇年の『ダブル』(現・幻冬舎文庫)だ。顔を替えて他人に成りすましても自身の目的を完遂しようという主人公像は『地獄の犬たち』にも引き継がれている。こうした主人公の行動律は一般的な倫理観を超越しており、妄執と言うべき水準に達する。他人とは共有しがたい情念、それなしには生きられないほどに行動と一体化した目的意識を主人公に持たせたとき、深町の筆は光輝を放つのだ。
 暴力描写はそれだけが続いていくときに好悪の判断を超えた快感を呼び寄せることがある。ジェットコースターの上で味わう仮想の死にそれは似ているかもしれない。『地獄の犬たち』が深町作品で画期的だったのは、快感に没入できるほどの暴力を描いたことであった。続篇である本書にもそれは引き継がれている。前半、特に神津組崩壊のために執念を燃やす織内は、自走し続けるうちに他のすべてを失って一つのさつりく機械と化す。もはや止まることはできないのだ。大事な存在だったある人物の命を奪ったとき、すでに織内は部分的に死んでいる。自分の振るう暴力が我が身を少しずつ殺していると言ってもいい。それは我妻も同様で、本作の中では大切な者の命を自らの手で奪うということが繰り返し描かれる。他人の死を量産しながら自分の死へと進んでいく者たちの物語なのである。
『地獄』『煉獄』両作の美点は、暴力による死を描きながら、それにいんしていないことだ。エロスとタナトスは表裏一体であるため、小説ではしばしば暴力によって性的こうこつに陥る者が登場することがある。それが皆無で、ただ殺し、ただ破壊するのみである。たとえば作中には男が女に暴力を振るって殺害する模様が描かれるが、そこに性的な要素は一切介在せず、人体破壊が解剖学的に描写されるのみである。血のみが純粋なのだ。
 殺戮が究極的に向かうのは自らの死であるという定理に従って、自壊する登場人物をひたすらに描く。それに徹した結果、両作は他に類例のない暴力小説となった。自身が向かっている先は何かを知ろうとして兼高や織内、我妻ら主人公たちは内なる問いを繰り返す。その自省、そうやって生まれついた自分とは何者かという問いは本を読む者にも向けられている。暴力とは何か。その問いによって扉が開き、しんえんが見える。のぞくならば覚悟を。

作品紹介・あらすじ
『煉獄の獅子たち』深町秋生



煉獄の獅子たち
著者 深町 秋生
定価: 968円(本体880円+税)
発売日:2022年06月10日

映画原作「ヘルドッグス」続編! 警察小説を超えた、慟哭の人間ドラマ
関東最大の暴力団・東鞘会の跡目争いは熾烈を極めていた。現会長の実子・氏家勝一は、子分の織内に台頭著しい会長代理の暗殺を命じる。一方、ヤクザを憎む警視庁の我妻は東鞘会壊滅に乗り出していた……。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000592/
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