生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
横溝正史『死神の矢』文庫巻末解説
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
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横溝正史『死神の矢』
解説
中島河太郎
作家にはそれぞれ題名に好みがある。抽象的な硬い漢字を並べたがるひともあれば、長々とした活用形を付けなければ収まらぬひともある。だから文字にも好みが現われるのは当然であろう。
著者が長篇「悪魔が来りて笛を吹く」を書かれてから、「悪魔」を
「蠟人」をはじめとして、「白蠟変化」(別題「白蠟怪」)、「猫と蠟人形」、「白蠟少年」、「蠟の首」、「白蠟仮面」、「蠟面博士」、「蠟美人」などがあるからだ。
こんな閑談を試みたのは、本書の題名に似た「神の矢」を思い出したからである。著者が「本陣殺人事件」と「蝶々殺人事件」を並行して執筆し、もっとも
それと同じ題で、探偵雑誌「ロック」に連載が始まったので、「むつび」のが未完に終わったのを改めて完結させようという意気込みかと思った。ところがこの雑誌も末期症状を呈していて、二回だけで廃刊となり読者を失望させた。そのモチーフは後の作品に生かされたはずだが、著者は自分の発想を大事にして、気に入るまで書き改めずにおれぬ性分である。
題名だけの話に限れば、矢の使われたのに「毒の矢」、「死神の矢」、捕物に「三本の矢」、「白羽の矢」、「恋の通し矢」、「当り矢」などがあるが、「死神の矢」は中絶長篇「神の矢」とは係わりがない。かえって著者がしばしば試みている長篇化の一つであった。
昭和三十一年三月の「
この物語は冒頭から、奇抜な婿選びの方法が提示される。なに一つ不足のない博士令嬢に、熱烈な三人の求婚者があるので、
こんなアナクロニズムを
博士はずいぶん体が大きく、五尺八寸を越える身長、二十貫に近い体重の持主で、かつてラグビーの選手だったという引き
それに古今東西の珍しい弓の
金田一耕助はこの一風変わった
さて婿選びの方法だが、海上に浮べた
命中者はいないだろうという予想を裏切って、見事的をしとめたものがいた。それだけでも驚くべきことだったのに、婿候補の一人で失格した者が、その日、用いた矢に突き殺された死体となって発見されたのだ。栄冠獲得者が
関係者のアリバイ調べ、証言から、被害者を脅迫した人物の存在が分ったが、その消息はつかめず、いたずらに金田一を焦燥に追いこんだまま、ひと月たってしまった。
第二の事件でも、候補者でもう一人の失格者が、やはり自分の用いた矢で刺し殺されている。容易に犯人があがらないので、的中させて花婿の資格を得た青年は、間もなく義父になる博士に向かって、金田一を
それに答えて、金田一はすでに事件の真相に気づいているのではないか、犯人を知っていても、あらゆる証拠がそろわない限り手をくださないのが、彼のやりかただと、さすがに博士は
第三の事件が
それぞれの
「
彼は
ところが現実に蛞蝓女が殺され、主人公に
主人公に
作品紹介・あらすじ
横溝正史『死神の矢』
死神の矢
著者 横溝 正史
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2022年02月22日
横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
弓の収集家として名高い考古学者の古館博士が、三人の若者を招き弓遊びに興じていた。見事的を射た者を、愛娘早苗の婿とするというのだ。
だが、その直後、競技に参加した若者の死体が発見される。浴室の中でシャワーを浴び続ける男の胸部には、白塗りの矢が射ちこまれていた……。
解決不能と思われた密室トリックを名探偵・金田一耕助が解き明かす。
一風変わった隣人の嫌疑に挑む「蝙蝠と蛞蝓」を併録したファン必読の小説集。
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