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レビュー

私たちは語り直さなければならない――はらだ有彩『日本のヤバい女の子 抵抗編』文庫巻末解説

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

はらだ有彩『日本のヤバい女の子 抵抗編



『日本のヤバい女の子 抵抗編』文庫巻末解説

私たちは語り直さなければならない

解説
ふじ おり(小説家)  

 以前、とある文芸誌で、御伽草子の中から一作を選び、それをもとにして小説を書くという企画に参加した。私はなんとなく「わたぎつね」を選んだ。それがどんな話かも知らなかった。
「木幡狐」はだいたいこんな話だ。やましろのくに木幡の里に、稲荷明神の由緒ある家柄の狐の一族が住んでいました。なかでも末娘のきしゆ御前は才色兼備で、いろいろと縁談が舞い込むのだけれどもいっこうに興味を示さないうちに16歳になりました。
 あるとききしゆはさんの中将という人間の青年がお花見をしているところを見かけて、その美貌に一目惚れし、人間に化けて彼と結婚しようと思いつきました。乳母は「都には犬がいて危ないですよ」と止めるのですが、きしゆは聞きません。
 きしゆの計画はうまくいき、三位の中将のほうも人間に化けたきしゆに一目惚れします。さっそく屋敷に泊めますが、きしゆは恥じらったふりをしてわざと体を許しませんでした。中将の恋心は燃え上がるばかり。きしゆは晴れて中将の奥方になり、かわいい男の子にも恵まれました。
 しかし、幸せな日々は子どもが3歳のお祝いに犬を贈られたことによって終わりを迎えました。狐的に、犬は非常にまずい。犬と暮らすことはできません。きしゆは乳母とともに泣く泣く屋敷を去ります。
 郷里に帰ると、行方不明のきしゆの身を案じていた一族は大喜び。盛大な宴会が開かれます。しかしきしゆは残してきた夫と子どもを思い、髪を剃り落として仏門に入りました。いっぽう都では三位の中将もきしゆがいなくなったことを嘆き悲しみ、その後二度と妻を迎えることはありませんでした。きしゆも遠くから子どもの成長を見守りながら、生涯お経を唱えて暮らしました。
 一読して、ふーん悲恋の物語か、と思った。私は悲恋を取り扱った小説を書いたことがない。これを機にそういうのに挑戦するのもいいかなという気になって、パソコンに向かった。ところが、一文字も書けずにかたまっているうちに、だんだん腹が立ってきた。なんで人間に化けたりできるようなすごい狐が、人間と悲恋なんかしちゃってんの? 人間の価値観のいわゆる良妻賢母をやるより、狐でいるほうが楽しくない? ていうか化けるとかほんまにすごくない? なんで人間の生活が至上みたいなことになってんの? 狐のほうがよっぽどいいやん! 悲恋なんかくそ食らえだ。私は猛烈に腹を立てたまま、底本とぜんぜんちがう、似ても似つかない小説を書いた。
 この『日本のヤバい女の子』は、前作「覚醒編」でも今作「抵抗編」でも、昔話をめちゃくちゃにしたりはしない。語られてきた古い物語を丁寧に紐解きながら、そこに登場する「女の子」たちの尊厳を守る。彼女たちの気持ちを推し量り、彼女たちの選択を尊重し、彼女たちを踏みにじったものに対して怒りを表明し、彼女たちの幸せを祈る。そのことにどういう意味があるのか。
 これまでの人類の歴史で、表舞台にいたのはおもに男性だった。芸術もほんの少しの女性と圧倒的多数の男性の手によってつくられてきたことを鑑みれば、本書に収録されている物語も多くはやはり男性によって語られ維持されてきたものと考えるのは不自然ではないと思う。だとすれば、それは男性のための物語だったかもしれない。あるいは、男性優位社会で生きる女性のために、男性があてがった物語だったかもしれない。
 私たちは、それを語り直さなければならない。私は常日頃強くそう思っている。長い長い歴史の中で男性が語ってきたのと同じ分量を、私たち女性はやり直さなければならない。私たちは、これまで取り上げるほどの価値もないとして、あるいは取り上げてはなにかまずいことがあるとして見捨てられてきたもうひとつの物語を見つけ出し、拾い上げる必要がある。それは、今もなお、ともすれば表舞台から排除され、声をあげる口をふさがれがちな女性が、ここに私はいるのだと証明するための重要な作業のひとつである。
 本書は、まさにそれをしている。しかも、本書のやり方は私の胸をく。本書は、男性のために都合よくつくられたかもしれない彼女たちを決して軽んじることなく、彼女たちに大きな共感を寄せている。モデルがあろうと物語の中だけの存在であろうと、すでにこの世に生み出されている「女の子」を、決して否定しない。それは、この世界から取りこぼされる命がないようにと、誰一人見捨てることをしないという強い決意のあらわれだ。語り直さなければならないと勢いこんでいる私は、このことにはっとさせられる。
 私は「木幡狐」のきしゆの描かれように腹を立てた。きしゆが人間なんかに本気で惚れ、良い妻良い母親をやってのけ、それを失ったのちは楽しい妖術(?)で遊び暮らすこともせずにただただちつきよして夫と子どものために祈って過ごすことにいらいらした。そんなんありえへんやろ。でも、少なくとも物語の中にそういうきしゆはいたのだ。取りこぼされてきたものを拾い上げようとして、私はもとのきしゆをわざと取りこぼした。彼女の恋心や選択を、なきものにしたかった。あの小説を書いたことは別に反省はしていない。ただ、もとのきしゆのような「女の子」を尊重しその尊厳を守ることを、私は絶対に忘れてはいけない。
 本書の最後に配されている「証明とヤバい女の子──やまんひやくやまん(能 山姥)」は、こう締め括られている。
「あったかもしれない、なかったかもしれない世界線の女の子たち。そこかしこにあなたの姿を見つけられる。越後の山中。善光寺。あるいは、清涼寺。いっそのこと、月曜日の特急列車。金曜日の居酒屋。建てたばかりの家。深夜の誰もいないオフィス。住んだことのない街。そこに立っている無数の百万たち、山姥たち。この十人、百人、千人、一万、十万の、百万人の女の子たち。

 やっぱりどう考えても、確かに私たち、いたよね。」

 私たちは語り直さなければならない。誰一人取りこぼすことなく。本書は、途方もないその作業へと私たちの手を引いて行ってくれる。そこでは、たくさんのヤバい女の子たちが待っている。

作品紹介



日本のヤバい女の子 抵抗編
著者・イラスト はらだ 有彩
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2021年11月20日

怒るのが苦手でも、不条理に抵抗する。物語の女子に生き方を学ぶエッセイ集
年を取ったから/体型が標準じゃないから/趣味が変わってるから……様々な形で否定される不条理に昔話の女子はどう抵抗したのか?新鋭エッセイストはらだ有彩の代表作『日本のヤバい女の子』続編が文庫化!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000331/
amazonページはこちら


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