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現代女性にとって最大の脅威を表現した探偵小説――『三毛猫ホームズの茶話会』赤川次郎著【文庫巻末解説】

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

現代女性にとって最大の脅威を表現した探偵小説――『三毛猫ホームズの茶話会』【文庫巻末解説】

解説
すぎ まつこい

 おかしいな、変だな、と思う違和感が、するするっと解消されていくそうかいさ。
 それを存分に味わっていただきたいと思う。
 赤川次郎『三毛猫ホームズの茶話会』は、昭和から令和の時代にわたって書き継がれてきた長寿シリーズの一作である。謎解き小説であると同時に、弱きを助け、強きをくじく、正義の物語でもある。話の終わりには、間違った場所にはまっていたピースがすべて正しい位置に戻され、因果は巡って、しかるべき報いがもたらされる。これが娯楽小説というものだ。
 お客を招いての茶話会が開かれている最中に事件が起きる。招待主であるささばやしあやが、けんじゆう自殺と見られる状況で死んでしまったのだ。一か月前に夫のそうすけが事故死したために、彼女は〈BSグループ〉代表の座を引き継いだばかりだった。その後公開された遺言状により、宗祐が彩子以外の女性との間にもうけた子供がいることが判明する。現在はドイツ在住の、二十五歳のかわもとさきだ。すべてを相続するために彼女はきゆうきよ帰国してくるが、空港で刃物を持った暴漢に襲われるなど、前途には暗雲が漂う。さらに、出演したTV番組では占い師から「あなたには〈死〉がまとわりついています」と宣言されてしまうのだ。
 血を見るだけで気絶してしまう頼りないかたやま刑事と妹のはる、探偵猫のホームズが活躍するシリーズは、本作が第四十四弾となる。二〇〇八年二月に光文社カッパ・ノベルスとして刊行され、二〇一一年四月に光文社文庫に収録された。今回が二度目の文庫化である。シリーズの第一作は一九七八年に発表された『三毛猫ホームズの推理』で、赤川の代名詞的作品として親しまれてきた。シリーズ長寿化のけつは、各作品ごとに趣向が凝らされ、読者を飽きさせないことだろう。本作は現代のシンデレラ・ストーリーだが、主人公の行く先々で死者が続出するという不思議が描かれる。占い師の言うとおり、〈死〉がまとわりついているがゆえの超自然現象なのだろうか。この事態に、咲帆警護の任務を帯びた片山刑事たちが立ち向かうのである。闘うといっても、敵は死神かもしれないのだから厄介だ。咲帆もただ恐怖におびえるだけの女性ではない。題名になっている「茶話会」は、笹林家で恒例として開かれてきた行事だった。最後に開かれたときには彩子の死を招き寄せてしまったわけだが、咲帆はそれにおくさず、再び茶話会を催そうとする。


三毛猫ホームズの茶話会
著者 赤川 次郎
定価: 748円(本体680円+税)


 ご存じのとおり、ホームズの名はイギリスの作家アーサー・コナン・ドイルが創造した天才探偵に由来している。そのシャーロック・ホームズには本作と同様、うら若き女性が依頼人となる物語が多数存在するのである。
 謎の中年男によるストーキングの悩みを聞く「孤独な自転車乗り」しかり、家庭教師として雇われた女性が、なぜか髪を切ることを含む理不尽な行為を強要される「ぶな屋敷」しかり。ドイルは自分の探偵に騎士道精神を発揮させたかったのだろうと推測されるが、十八世紀から十九世紀にかけて人気のあったゴシック小説の影響とも考えられる。ゴシック小説は人智を超えた怪異を描くが、多くの作品で無力な女性が主役として採用された。屋敷や礼拝堂など建物そのものが主人公を脅かす存在として描かれることもあるが、ドイル作品の中でも特に有名な「まだらのひも」はまさしくそういう短篇である。奇怪な館で生命の危機にひんする依頼人を、探偵が救出するという物語なのだから。
 赤川の長篇第一作は一九七七年に発表した『死者の学園祭』である。この作品もまたゴシック小説の伝統を受け継いだホラーの要素を色濃く持つミステリーであった。以降も赤川作品には、怪異や理不尽な暴力に勇気で立ち向かう若い女性というモチーフが頻出する。本作の主役である咲帆も、その系譜に連なる登場人物の一人である。
 本作で改めて感心させられたのは、ホームズというキャラクターの使い方である。名探偵とは言うものの、ホームズが直接推理を開陳するわけではない。片山兄妹きようだいの行くところ行くところに先回りし、さりげなく手がかりを与えるだけなのである。その指し示すものを読み取ったところに事件を解明するかぎがある。シリーズの中でも、本作はその「名探偵しぐさ」が見事に発揮された一例と言えるのではないだろうか。
 ホームズつながりで言えば、本作には「まだらのひも」「ぶな屋敷」などの女性依頼人ものという以外にもう一つ、ドイル作品を想起させる点がある。これはネタばらしになるので書くわけにはいかないが、元祖のホームズもしばしば扱うことになったトリックが本作にも用いられている。第三短篇集である『シャーロック・ホームズの生還』中でも一、二を争う秀作に使われたあのトリック、とだけ書いておく。気になる方はホームズ正典をどうぞ。
 本作には他にも赤川らしい姿勢を感じさせる要素がある。この作者を評するのに最もふさわしい言葉は「清潔」だろう。犯罪の物語であるからどこかに必ず社会の汚れた部分が描かれるのだが、作者がそれにいんすることは決してない。真っ当な常識が柱として作品を貫いており、そこから外れた者の醜さが物語によって浮き彫りにされることも多い。赤川が広い読者層から支持されてきたのも、そうした筋の通し方に共感する方が多かったからではないかと私は考えている。
 もともとそうした資質のあった赤川だが、二〇〇〇年代に入ってからは特に憂愁の色合いが濃い作品が多くなったように感じる。たとえば二〇〇三年に発表した『悪夢の果て』(現・光文社文庫)や二〇〇六年の『教室の正義』がそうだ。〈闇からの声〉と題され、シリーズキャラクターを置かない作品集としてこの二作は刊行された。収録作に共通するのは、現代人が抱えている病理、社会が進んでいる方向性についての強いが感じられる点だ。デビュー以来の赤川は常に弱者に加担し、登場人物たちと向き合うことによって物語を紡いできた。いわば対個人の作家であったのが、この時期から社会という大きなものに注意を払うことを余儀なくされてきたのである。衆を頼み、力によって弱者を排除しようとするものが幅を利かせ始めたことの反映だろう。第五十回吉川英治文学賞を授与された二〇一五年の『東京零年』(現・集英社文庫)は、そうした路線の集大成である。
〈三毛猫ホームズ〉シリーズにも二〇〇〇年代の憂愁は忍び寄ってきている。本作もそうした一例であろう。咲帆を守る片山兄妹は、彼女を狙う者たちと闘うと同時に、力さえあれば何をしてもいいのだという卑劣な社会の風潮にも立ち向かっているのである。中心にあるのは咲帆の物語だが、彼女は女性が置かれている立場を代表しているとも言える。本作にはもう一人の女性が重要な役割を担って登場する。そのあいクルミは、シンデレラとして巨万の富を手に入れることになった咲帆とは対照的な存在だ。女優とはいうものの、その実は男たちによってぼうを食いものにされているだけなのである。この二人を軸に考えると、本作は女性たちからの抗議の声に関する小説として読むことも可能だ。
 十八世紀ゴシック小説に登場する女性たちは、館に漂う悪意などの得体の知れない怪異に脅かされ、恐怖に震えた。時代は降り、現在の女性にとって最大の脅威は、そうした超自然現象ではなく、生きることを絶望させるような無言の圧力、社会のゆがみなのである。そうした風潮を見過ごすことなく、探偵小説の形で表現することを赤川は選んだ。元祖ホームズが発揮したものとだいぶ形は異なるが、同じ騎士道精神が本作にも受け継がれているのである。この世に不正と不公平がある限り、二人と一匹は闘い続ける。

作品紹介



三毛猫ホームズの茶話会
著者 赤川 次郎
定価: 748円(本体680円+税)

大企業の妻の自殺から幕が開く――
BSグループ会長の遺言で、新会長の座に就いたのは25歳の川本咲帆。しかし、帰国した咲帆が空港で何者かに襲われた。大企業に潜む闇に、片山兄弟と三毛猫ホー ムズが迫る。人気シリーズ第44弾。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322101000251/
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