文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
現代女性にとって最大の脅威を表現した探偵小説――『三毛猫ホームズの茶話会』【文庫巻末解説】
解説
杉 江 松 恋
おかしいな、変だな、と思う違和感が、するするっと解消されていく
それを存分に味わっていただきたいと思う。
赤川次郎『三毛猫ホームズの茶話会』は、昭和から令和の時代にわたって書き継がれてきた長寿シリーズの一作である。謎解き小説であると同時に、弱きを助け、強きを
お客を招いての茶話会が開かれている最中に事件が起きる。招待主である
血を見るだけで気絶してしまう頼りない
ご存じのとおり、ホームズの名はイギリスの作家アーサー・コナン・ドイルが創造した天才探偵に由来している。そのシャーロック・ホームズには本作と同様、うら若き女性が依頼人となる物語が多数存在するのである。
謎の中年男によるストーキングの悩みを聞く「孤独な自転車乗り」しかり、家庭教師として雇われた女性が、なぜか髪を切ることを含む理不尽な行為を強要される「ぶな屋敷」しかり。ドイルは自分の探偵に騎士道精神を発揮させたかったのだろうと推測されるが、十八世紀から十九世紀にかけて人気のあったゴシック小説の影響とも考えられる。ゴシック小説は人智を超えた怪異を描くが、多くの作品で無力な女性が主役として採用された。屋敷や礼拝堂など建物そのものが主人公を脅かす存在として描かれることもあるが、ドイル作品の中でも特に有名な「まだらのひも」はまさしくそういう短篇である。奇怪な館で生命の危機に
赤川の長篇第一作は一九七七年に発表した『死者の学園祭』である。この作品もまたゴシック小説の伝統を受け継いだホラーの要素を色濃く持つミステリーであった。以降も赤川作品には、怪異や理不尽な暴力に勇気で立ち向かう若い女性というモチーフが頻出する。本作の主役である咲帆も、その系譜に連なる登場人物の一人である。
本作で改めて感心させられたのは、ホームズというキャラクターの使い方である。名探偵とは言うものの、ホームズが直接推理を開陳するわけではない。片山
ホームズつながりで言えば、本作には「まだらのひも」「ぶな屋敷」などの女性依頼人ものという以外にもう一つ、ドイル作品を想起させる点がある。これはネタばらしになるので書くわけにはいかないが、元祖のホームズもしばしば扱うことになったトリックが本作にも用いられている。第三短篇集である『シャーロック・ホームズの生還』中でも一、二を争う秀作に使われたあのトリック、とだけ書いておく。気になる方はホームズ正典をどうぞ。
本作には他にも赤川らしい姿勢を感じさせる要素がある。この作者を評するのに最もふさわしい言葉は「清潔」だろう。犯罪の物語であるからどこかに必ず社会の汚れた部分が描かれるのだが、作者がそれに
もともとそうした資質のあった赤川だが、二〇〇〇年代に入ってからは特に憂愁の色合いが濃い作品が多くなったように感じる。たとえば二〇〇三年に発表した『悪夢の果て』(現・光文社文庫)や二〇〇六年の『教室の正義』がそうだ。〈闇からの声〉と題され、シリーズキャラクターを置かない作品集としてこの二作は刊行された。収録作に共通するのは、現代人が抱えている病理、社会が進んでいる方向性についての強い
〈三毛猫ホームズ〉シリーズにも二〇〇〇年代の憂愁は忍び寄ってきている。本作もそうした一例であろう。咲帆を守る片山兄妹は、彼女を狙う者たちと闘うと同時に、力さえあれば何をしてもいいのだという卑劣な社会の風潮にも立ち向かっているのである。中心にあるのは咲帆の物語だが、彼女は女性が置かれている立場を代表しているとも言える。本作にはもう一人の女性が重要な役割を担って登場する。その
十八世紀ゴシック小説に登場する女性たちは、館に漂う悪意などの得体の知れない怪異に脅かされ、恐怖に震えた。時代は降り、現在の女性にとって最大の脅威は、そうした超自然現象ではなく、生きることを絶望させるような無言の圧力、社会の
作品紹介
三毛猫ホームズの茶話会
著者 赤川 次郎
定価: 748円(本体680円+税)
大企業の妻の自殺から幕が開く――
BSグループ会長の遺言で、新会長の座に就いたのは25歳の川本咲帆。しかし、帰国した咲帆が空港で何者かに襲われた。大企業に潜む闇に、片山兄弟と三毛猫ホー ムズが迫る。人気シリーズ第44弾。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322101000251/
amazonページはこちら