文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
時折現実以上の真実が摑み取られている――『銀橋』【文庫巻末解説】
解説
「あまりにも美しいものを見ると人は悲しくなるのだということを、えり子は十四歳で知ることになった。それはえり子にとって、宝塚というものが人生のなかに入ってくる瞬間だった」
どうして宝塚をめざしたのかと問われるたび、うまく答えられなかった、私の説明しようのない思いを解いてくれる文章を『銀橋』の中に見つけた。
そして、あまりにも美しい文章を読むと私は悲しくなる。中山可穂さんの小説が人生のなかに入ってくる瞬間、そう感じるのだ。
十年以上も前に初めて『感情教育』の一頁を
『ケッヘル』に魅了されて海を越え、プラハのカレル橋で「ここに惨殺された
そんな筋金入りの中山さんファンを自称する私が、ずっと読まずにいた本があった。何を隠そう、それは『男役』『娘役』、そしてこの『銀橋』。
強烈に
かつて舞台で命を落とした偉大なトップスターが、宝塚の守護神ファントムさんとなり新人スターと心交わす『男役』。現実を超えた舞台空間に全てを
『娘役』は、一人の娘役の成長と、彼女を
前二作にも、銀橋という舞台機構は登場する。それは客席の目前を横切る、スターのみが通る道だ。
「銀橋とは彼 岸 と此 岸 のあいだに横たわる河、はるか子午線をよぎる下弦の月からまっすぐにこぼれ落ちた光の帯だ」(『男役』)
新人公演の初主役を射止めた
「今自分が立っているこの特権的な場所から引き摺 り下ろされずに済むためなら、人殺し以外のどんなことでもするだろうとひかるは思った」(『男役』)
この陶酔感が好きか、怖いか。それが、役者のあり方を分かつような気がするのだが、どうだろう。中山さんのお考えを是非とも伺ってみたい。
中山さんはいつも、舞台に立つ者に安らぎを
私の周囲のタカラジェンヌは、厳しいお稽古や多忙な毎日、心を打ち砕かれたり報われるとも限らない努力を続けることを当たり前だと思う人たちばかりだった。中山さんが書くのは「100%フィクション」、擬似世界の宝塚だが、時折現実以上の真実が
作中には、トップスターだけではなく様々な人物が登場する。渋い脇役をめざすジェリコが、宝塚入団に反対する父親を説得するシーンはとても素敵だ。
「一度あんなライトを浴びてしまったら、たとえわずかな期間しかいられなくても、普通の人生はもう送れないと父は思います」
愛する娘が飛び込む異世界に、得体の知れない不安をにじませる父親。芸能から程遠い境遇にあるジェリコが
宝塚に
「やがて頰に涙がこぼれ落ちると、父はうろたえて、おしぼりで眼鏡を拭いた。さらにお茶のお代わりを注ごうとしたが、もうやかんにお茶は残っていなかった」
昔、とある演出家の先生が
「宝塚の舞台は花を飾った電車。お客様の前を通り過ぎる一瞬だけ、
中山さんが書く宝塚は、幻想のトンネルをひた走る
銀橋と宝塚大橋。ふたつの橋を行き交う人々は巡り会い、涙し、希望を燃やす。静かな夜ふけに宝塚大橋から見上げると、劇団のお稽古場の窓にはいつも灯りがともっていた。誰かが汗を流している。この世の果てにかかる、銀橋へと歩み出すために。
宝塚への愛情が詰まったこの小説は、終幕後の空想をかき立ててやまない。レオンの胸元からこぼれ落ちた赤薔薇は、少女を過酷な道へ導くのか。そして散り果てる花弁とともに、アモーレさんは
作品紹介
銀橋
著者 中山 可穂
定価: 968円(本体880円+税)
愛と青春の宝塚小説第三弾! 解説・早花まこ(元宝塚歌劇団・雪組娘役)
宝塚という花園の、酸いも甘いも知り抜いた生き字引のような専科のアモーレさん。
どこまでも渋く、成熟した大人のダンディズムを滲ませ、登場するだけで場の空気を締める――そんなプロフェッショナルな職人魂に憧れ、宝塚に入団したえり子。
音楽学校で分担さんだった先輩、花瀬レオが組替えで同じ宙組になり、落下傘でついにトップスターに就任。
レオンさんを幸せに卒業させるまでが自分の任期と思い定め、懸命にレオンを支えるえり子たち。
「本当に美しいものだけが、絶望している人の心に訴えかけて、人の心を救うことができる――こんな素敵な仕事がほかにあるか?
だから私たちのやってることはお嬢様芸ではなくて、つねに命がけの芸術なんだよ」
ひたむきに芸の道に打ち込むジェンヌさんたちの愛と青春を謳いあげた、『男役』『娘役』に続く魅惑の宝塚シリーズ第三弾!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000411/
amazonページはこちら