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レビュー

【解説】優莉四姉妹が大舞台で戦う姿を見たい――『高校事変23』松岡圭祐【文庫巻末解説:タカザワケンジ】

松岡圭祐『高校事変 23』(角川文庫)の刊行を記念して、巻末に収録された「解説」を特別公開!



松岡圭祐『高校事変 23』文庫巻末解説

解説
タカザワケンジ(書評家)

 ラストで息をんだ。
 えっ、ここでそう来るか? こんなつながり方ってあるだろうか?
 その驚きを理解するためには、若干の事前情報が必要かも知れない。ネタバレにならないよう、慎重にこのシリーズについて解説していきたい。
高校事変」シリーズは本書で『23』。この一冊を読むためには二十二冊すべて読まなければならないのか、と身構える方もいるかも知れない。だが、そんなことはない。
 マンガを連載途中から読んで面白いと一巻から読み始めたり、アニメの途中の回を観て動画配信サイトでさかのぼった経験があるのではないだろうか。『スター・ウォーズ』のようにエピソード4からつくられ、その前後があとからつくられた例もある。面白い物語はどこから入ってもいいのである。
 作者のまつおかけいすけはこれまでにも「千里眼」「万能鑑定士Q」「探偵の探偵」などの人気シリーズや、いまも続く「水鏡推理」「écriture 新人作家・杉浦李奈の推論」「JK」、新たに始まったばかりの『令和中野学校』など、数多くのシリーズを書いている。途中参加の読者にも優しくわかりやすく、かつその一冊だけ読んでも納得のいく(そして、その前後を読みたくなる)作品を書く達人である。
 そんなわけでいますぐに読み始めてもらってかまわないのだが、冒頭で述べた「若干の事前情報」をまとめておこう。
 これまでに出ている「高校事変」シリーズのうち、十二巻まではナンバーのない一作目を除き、ⅡからⅫのローマ数字が振ってあり、一つのまとまりになっている。
 主人公はゆう。初登場時は神奈川県立武蔵むさしすぎ高校に通う高校二年生だ。物語は、武蔵小杉高校が武装集団に占拠され、視察に来た総理大臣、はた寿が人質に取られそうになるところから始まる。戦場となった高校で、結衣は単身、武装集団に立ち向かっていく。
 なぜ十代の女子が、と思うかも知れないが、結衣はただの女子高生ではない。平成最大のテロ事件の首謀者であり、七つの半グレ集団を率いた悪党、優莉きようの娘であり、幼い頃から犯罪の知識を詰め込まれ、暴力を駆使した過酷な鍛錬を強制されてきた。父の逮捕でその影響下から逃れることはできたが、三つ子の魂百までのたとえの通り、成長した結衣は身近な日用品を凶器に変える知識と、卓越した身体能力を身につけていた。
 結衣の戦いはその後も続いていった。敵は、女性をモノのように扱う暴力団、熱帯林の奥地につくられた奇妙な学校村落チュオニアン、韓国系の半グレ集団パグェ、ベトナム系マフィア、さらには結衣の異母兄、が率いる海外資金調達網シビックなど、巻を追うごとに大きくなっていった。『』では結衣の戦いに一つの決着がつき、結衣は高校を卒業する。「高校事変」は終わりを告げたかに思えた。
 しかし『13』からアラビア数字に巻数表記を改め、新章が始まった。結衣は大学へ進学し、要所要所で妹たちをフォローするものの物語の後方に退き、結衣の異母妹たちが物語の中心になる。につ高校に通う優莉りんゆずり、その一学年下のだ。この三姉妹が降りかかる危機を乗り越え、どのように成長していくかを読者は見守ることになる。
 物語の背景も新章では大きく変化した。政権を担っていた矢幡首相が行方不明になり、うめざわ政権に移行した。ELエル累次体という復古主義の秘密結社がじわじわと政官財を侵食し、テロが相次ぐ。日本経済は急速に失速し、この『23』では日本円が信用をなくし、関西独自の地域通貨が流通するほどだ。国際社会からもテロを容認する無力な国家とのらくいんを押されつつある。政治経済ともに日本は危機を迎えていた。
 これは『13』が刊行された令和五(二〇二三)年から現在まで続く、日本の政治経済の状況と決して無縁ではない。似通った土壌の上に建てられた、もう一つの日本を見ているかのようだ。
 こうした危機的状況に優莉匡太の血を引く四姉妹が立ち向かうことになるのだが、『13』以降で際だった存在感を示すのが杠葉瑠那だ。
 瑠那は、結衣の母でもある臨床心理士・脳外科医のゆうによって、胎児の時にステロイドの投与とレーザーメスを使った特殊な手術を施されていた。その結果、人並み外れた頭脳と身体能力を持ち、そのうえ、イエメンで武装ゲリラに育てられ、兵士として破壊活動に従事するという経験を積み重ねてきた。
 その後、日本に帰国し、九歳の時にそう神社の神職夫妻の養女となった。そのため姓が杠葉なのである。優莉匡太の血を引くことは公表されていなかったが、凜香との再会から高校事変に巻き込まれていくことになる。暴力とさつりくに特異な才能を発揮する自身へのかつとうを抱えながら。
 瑠那には宿命のライバルといえる存在がいた。おんという少女だ。日登美もまた母の胎内にいる時に瑠那と同じ手術を受けており、頭脳、身体ともに瑠那と能力がきつこうしている。日登美は優莉匡太を父のように慕っており、実子である結衣を「推す」一方で、同じ境遇の瑠那を激しく憎んでいた。二人の対立は巻を超えて一本の太い線になっており、この『23』で大きな山場を迎える。
 この「線」の周囲に配されているのが、現実に起きていることを換骨奪胎した出来事だ。この『23』には、刊行時に開催中の「EXPO 2025 大阪・関西万博」の会場であるゆめしまが重要な舞台になっている。作中では万博はすでに閉幕しており、その跡地に、フォルトゥーナ学園という高校・大学を兼ねた学校が人知れず開校していた。外資系カジノホテルがスポンサーになり、カジノの運営について教える一方で、プロのギャンブラーの養成も行っている。凜香が思わず「じゃここは私立ひやつおう学園か? 『ケグルイ』の……」と口にするほどフィクショナルな学校だが、立地が夢洲となれば絵空事と割り切れない。実際に二〇三〇年頃のオープンをめざして、カジノを含む日本初の統合型リゾート(IR)施設の建設が現実に始まっているからだ。
 こうした現実との接点の一方で、松岡圭祐のほかの作品、つまり虚構とも繫がっているところが「高校事変」シリーズのもう一つの特徴である。冒頭で述べた「若干の事前情報」とはこのことで、『23』はほかの作品との繫がりがはっきりと見えてくる巻でもある。
 まず「千里眼」シリーズ。主人公のみさきは自衛隊で女性として初めて戦闘機F‐15Jのパイロットとなり、退官後に臨床心理士となった文武両道のスーパーヒロインだ。そもそも結衣の母である友里佐知子は、美由紀にとって師であり、敵でもあるという複雑な関係だ。「高校事変」のスタートから「千里眼」シリーズとの関係は深いのである。また『23』には、美由紀がその野望を打ち砕いてきたメフィスト・コンサルティングが登場し、高校事変に介入してくる気配を見せている。
「高校事変」シリーズ後に始まった「JK」シリーズも同じ世界線にある。昨年刊行された最新刊『JK Ⅳ』に、高校事変の初期に重要な役割を果たす、バドミントン選手のしろゆうの話題がさりげなく登場している。
「JK」シリーズとは、JK(ジョアキム・カランブー)の教えを胸に戦う女子高生(JK)ありさかが主人公。彼女は制服姿で踊るK‐POPダンスのユーチューバーEEことざきという名で注目を集めている存在でもある。ジョアキム、江崎瑛里華。どちらも『23』に登場する名前であり、両シリーズの合流地点となっている。
 さらに今年四月にシリーズ第一作が刊行されたばかりの『令和中野学校』も同じ世界線にある。令和中野学校とは公安調査庁の管轄下にある非公表の組織で、法を超えて社会悪に切り込むちようこういんを育成する学校だ。
 このほかに「探偵の探偵」シリーズのさきが優莉凜香に命を狙われるというエピソードが『高校事変Ⅺ』に書かれている。なぜそんなことになったのかといえば、凜香の母、いちむらりんと玲奈との因縁から始まっていて、「高校事変」シリーズが松岡圭祐ワールドにとっていかに重要かがわかる。
『24』以降の「高校事変」シリーズがどう進展していくかますます目が離せなくなっている。
 ここで小説とは別の方面での期待もしておきたい。
 映像化である。
「読んでから見るか、見てから読むか」というキャッチフレーズが新聞雑誌に躍ったのは昭和五十二(一九七七)年。もりむらせいいちの長編ミステリ『人間の証明』が映画化され、角川文庫の原作とセットで大規模な宣伝活動が行われた。それまで出版社が映像化を主体的に手がけることはなく、積極的に原作小説を売っていこうという姿勢もまれだった。あれから半世紀近く経ち、いまではメディアミックスはあたりまえのことになった。
 当然、私たちが小説を読む意識も変わってきている。
 松岡圭祐は異色の小説指南書『小説家になって億を稼ごう』の中で現代小説の文章についてこう書いている。
「現代小説は読者が視覚メディアを通じ、すでに獲得したイメージを利用しつつ、読者の脳内に物語を醸成していきます。(中略)目に浮かんでくるような情景は、ほとんどが映像メディアの影響下にあります」。
 同感だ。「高校事変」シリーズを読んでいて、ふと気づくとアクション映画、ドラマを思い浮かべている時がある。とくにいま絶好調の韓国の映像作品が多い。
 すごうでの女殺し屋がたった一人でマフィアの拠点に乗り込んでえたアクションを見せる『悪女/AKUJO』(二〇一七)、特殊な能力を持つ少女が殺戮の才能を開花させる『The Witch/魔女』(二〇一八)、女性格闘家がマフィアにさらわれた妹を必死で追う『聖女/Mad Sister』(二〇一八)などは、「高校事変」シリーズを読みながら何度も思い出した。
 一方、その逆に、女子大学生が叔父の死によって、殺しのプロたちに家を襲撃される『殺し屋たちの店』(二〇二四)は、「高校事変」シリーズをほう彿ふつとさせる。主人公が叔父の教えを思い出し、日用品を武器に変える場面が重なるのである。こうして私たちは、小説と映像を行き来しながら楽しめる、かつてないほど豊かな時代に生きている。
 となれば、やはり本家の『高校事変』を映像で見たくなる。すでに物語のごく一部とはいえコミックス化されているからアニメ化も大歓迎だが、個人的には実写を希望したい。それも韓国の映像作品のように世界をめざす作品を。『高校事変』には韓国、ベトナム、中国、中東などの勢力との対決や関わりも描かれているため、国際的な注目を集める作品になると思う。優莉四姉妹が大舞台で戦う姿を見たいと思うのだが、いかがだろうか。

作品紹介



書 名: 高校事変 23
著 者:松岡圭祐
発売日:2025年09月22日

ベストセラーシリーズ第2部、遂に完結目前!衝撃のセミファイナル。
総理官邸の破壊後、治安の乱れに拍車がかかり、日本の混乱状態は広がるばかりだった。無政府状態と化した国家は東西分裂の危機に瀕する。外国人犯罪も多発する中、優莉四姉妹は父の行方を追い、各地を彷徨い続ける。瑠那と凜香は関西方面へ発ち、万博跡地に建てられた謎の施設に足を踏み入れる。結衣は衝撃の運命と向き合う――。現代社会の問題を鏡のごとく映す驚異のシリーズ、戦う女子高生の物語。ついにセミファイナル。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322408000663/
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