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レビュー

【解説】本格ミステリーの定番中の定番、密室もの。であると同時に、異色の名探偵ものでもある――『密室・殺人』小林泰三【文庫巻末解説:香山二三郎】

小林泰三『密室・殺人』(角川ホラー文庫)の刊行を記念して、巻末に収録された「解説」を特別公開!



小林泰三『密室・殺人』文庫巻末解説

解説
やまろう



 最近、他のジャンル小説に果敢に挑戦するミステリー作家が増えてきた──というと、いかにも新しい動向のように聞こえるけど、考えてみれば日本ミステリーのパイオニアであるがわらんからして、本格ミステリーはもとよりSF、ホラー、幻想小説、時代小説等、多彩な作風を誇る書き手なのであった。その後多くの作家がジャンルに縛られずに活躍してきたのも、あるいは乱歩先生の影響なのかもしれないが、そうした特徴は決してミステリー系だけとは限らない。SF作家がミステリーを書いたり、時代小説作家がホラーに挑んだり、ジャンルの境界を軽々と越えてみせる例は今や珍しくも何ともない。それどころか各ジャンルのプロパー作家も顔負けの傑作をものにしてしまうだれさえいるのだ。
 ばやしやすもまたそのひとりといっていい。
 一九九五年、「玩具修理者」で第二回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞してデビューを飾った小林は当然ながら“ホラー作家”というレッテルをられるわけだが、第一作品集『玩具修理者』(角川ホラー文庫)に表題作とともに収められた中長編「酔歩する男」はH・P・ラヴクラフトのテイストもまじえたハードな時間旅行SFだった。その後小林の“SF者”ぶりは広く認知されていくことになるが、実はそれ以外にもまだ隠し技があったのである。一九九八年一一月刊の第三作品集『肉食屋敷』(同)の初刊本あとがきで、自著についていわく、「結果的に、怪獣小説、西部劇ウエスタン、サイコスリラー、ミステリーというバラエティーに富んだ構成になった。小林泰三の作品世界を大雑把につかんでいただくにはちょうどよかったのではないかと思う」。
 むろん収録された四編は作風がバラエティに富んでいるだけでなく、内容的にも独自の面白さに満ちあふれていた。してみると、今後もホラーとSFが活躍の軸にはなろうが、もはや単なるジャンル小説作家として扱うのには無理があるかも。かくて小林はジャンルを超越したエンターテイナー、次代を担う大型新人のひとりとして、ブレイクを期待されるようになるのだが、寡作のせいもあってか、それは新世紀に持ち越されることに……。



 話が先走ってしまった。本書はその『肉食屋敷』からさかのぼること四カ月、一九九八年七月、角川書店より書き下ろし刊行された著者の記念すべき第一長編である。それも表題からおわかりのように、本格ミステリーの定番中の定番、密室もの。であると同時に、異色の名探偵ものでもある。それまで著者のことをホラー/SF系作家だとばかり思っていた筆者にとって、認識を新たにさせられたいわくつきの作品といってもいい。
 そう、『肉食屋敷』の前にまず衝撃的なこの一作があったのだ。
 物語は私立探偵かわじんが助手のれい相手に消去法の是非を講じているとき、新たな依頼人が現れる。ふたりの知人たにまる警部の紹介だというその女はしなじゆんと名乗り、息子たつひこの容疑を晴らしてほしいという。彼の妻山にある別荘で達彦とその女友達や弁護士と過ごしているときに変死したらしく、警察も死因が特定出来ないようだった。直ちに現場へ向かった四ッ谷は、途中の列車で出会った老人たちから亜細山にまつわる不気味なおんりよう伝説を聞かされるが……。
 このこうがいではうまく伝えられないが、この四里川探偵というのが、客の相手から現地の調査からすべて助手まかせという誠に横着なヤツなんである。谷丸にいわせれば「今回の事件が起きるまでは、自分の中の奇妙ランクのベストワンだった」と。探偵が探偵なら助手も助手、元警官だった四ッ谷も妙な能力を持っているのだが、それは後述するとして、ここでは大阪弁を操る四ッ谷のキャラクターと著者の面白怖いドラマ演出ぶりにご注目いただきたい。何を隠そう、筆者はこのふたつから人気TV/映画「ケイゾク」のなかたにつつみゆきひこのコンビを思い浮かべたのである。むろん本書が書かれた当時「ケイゾク」は作られていなかったが、九五年放映のTVドラマ「金田一少年の事件簿」シリーズから、堤の凝った映像と面白怖いタッチはすでに光っていた。してみると著者は、冒頭のエピソードで論理的趣向を、よこみぞせいの岡山ものをほうふつさせる列車内の出来事で怪奇趣向を呈示しつつ、さらに堤幸彦ふうのタッチで“雪の山荘もの”を物語るという新旧多彩な手法を駆使してみせたことになる。密室仕掛けもさることながら、実はそうした独自の語りの妙こそが本書の読みどころというべきなのではないだろうか。



▼さてここから先はいよいよ本書のキモに触れていく。当然ながら種明かしもあるので、まだ中身を読まずにこの解説文を読まれている人は必ず読了後にお目通しあれ。▲

    *

 そう、ホントのところ、密室ものとしての本書はさほど衝撃的なわけではない。むしろ古今東西の本格ミステリーのパロディ趣向で楽しませる作品だと思う。密室仕掛けについては、中盤、四里川が本件が“密室殺人”ではなく“密室・殺人”なのかを説いてみせるが、彼の説きかたは、たとえばジョン・ディクスン・カーの名作『三つの棺』(ハヤカワ文庫)で名探偵フェル博士が披露する“密室講義”や、それをさらに改良した江戸川乱歩の「類別トリック集成」(『続・幻影城』所収)等を思い起こさせずにはおかないだろう。また、一見横溝正史ふうかと思わせられた亜細山の怨霊伝説も実はラヴクラフトのクトゥルー神話をいただいていることは明らかである。
 実際、事件の真相は誠にオーソドックスで、その意味では実にウエルメイドな仕掛けというべきなのだが、それが衝撃的かというと首をかしげざるを得ない。かといって、「玩具修理者」からすでにあらわにされていたクトゥルー趣向も小林ファンにはおみといってよく、これもまた衝撃的というわけにはいくまい。
 恐らく著者もその辺は確信犯だったと思われる。
 何せ本書の最大のショックは探偵の造型にあったのだから。ふたりの「日本一変わった探偵」否「世界一異常な探偵」ぶりこそが密室以上の大仕掛けだったのだから。
 前述したように、本書の読みどころは語りの妙にあるが、それはこの仕掛けの伏線が実に巧みに張りめぐらされていることからも明らかだ。その点本書は二度楽しめること請け合い。ただ著者が罪作りなのは、事件の真相は明かしてもその真相を明示しなかったことで、ちまたでは諸説紛糾したとも聞く。著者によれば、探偵の正体については五通りの解釈が出来るというのだが、筆者には三通りしか浮かばず、しかもそのうちひとつは著者の解釈外だったというオマケ付き。筆者の三通りとは、①本当に四里川という青年探偵が存在していた。②彼は幽霊だった。③彼は四ッ谷のもうひとつの人格だった、というものだが、著者に倣って、どれが真相なのかはここではあえて追究しないし、残りの三つの解釈についても伏せておきたい。冒頭の『鏡の国のアリス』の引用文をじっくり検討されたい。
 筆者はこのヒロイン像やドラマ設定から、つつやすたかななシリーズや『ロートレック荘事件』(新潮文庫)へのオマージュを感じたのだが、果してそちらの真相はいかに。



 四里川陣&四ッ谷礼子コンビによる四・四シリーズ、当然ながら第二作を望む読者も多いことだろう。だが著者の新世紀最初の長編はもちろんハードSF。二〇〇一年HAL、否、初夏、本書と時を同じくして刊行されるそのタイトルは『AΩ』(角川書店刊)。SF者の血が騒ぐであろうこの年、著者の関心がミステリーから少し離れるのも、まあ致しかたあるまい。シリーズ第二作が書かれるとしても、まだ少し先になるかもしれない。

作品紹介



書 名:密室・殺人
著 者:小林泰三
発売日:2025年05月23日

「世界一異常な探偵」VS. 異形の神と「密室」&「殺人」!
雪深い山奥の屋敷で、若い女が殺された――
私立探偵・四里川陣と若き助手・四谷礼子 の許に厄介極まる依頼が届く。
亜細山中腹、久都流布川跡の脇に立つ山荘に一人派遣された礼子を待ち受けていたのは、
密室から消失した変死体の謎だった。不気味な現地民、囁かれる怨霊神の噂。
悍ましい山荘で、礼子は真相を探るが……。

張り巡らされた伏線と驚天動地の大仕掛けにあなたもきっと騙される!
『人獣細工』『アリス殺し』の鬼才が放つ驚愕のミステリ。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322404000870/
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