文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説:香山二三郎 / コラムニスト)
一九七〇年代前半、大手出版社が相次いで文庫を創刊し、文庫本のブームが起きた。翻訳ミステリーが活気づいたのも、七〇年代後半に各文庫でオリジナル訳の作品が刊行され始めたのがきっかけだった。ルシアン・ネイハム『シャドー81』やジェフリー・アーチャー『百万ドルをとり返せ!』を始め、それらの作品はエンタテインメント性の高い冒険・ハードボイルド系やサスペンス系が中心だったが、それに呼応するように、七〇年代から八〇年代にかけて、日本の冒険・ハードボイルド系の大型新人も続々とデビューした。
本書の著者、
下村のデビュー作は二〇一四年に第六〇回
本書『サハラの薔薇』はそうした思いを確実なものにしてくれた迫真の冒険ミステリーなのである。
物語はエジプトのミイラの発掘現場から始まる。背水の陣を敷いていた発掘隊のリーダー
峰は機内で救助に当たるが、
サハラ砂漠を主要舞台にしたミステリーは少なくない。そのほとんどが過酷な状況下でどう生き延びるかを主眼にした対自然サバイバル系の冒険小説である。ジュール・ヴェルヌ『サハラ砂漠の秘密』からクライブ・カッスラー『死のサハラを脱出せよ』まで、国内作品でいえば、船戸与一の『猛き箱舟』や『黄色い蜃気楼』、
著者自身、刊行に際してのインタビューで冒険小説は好きで読んでいたので、今回はその影響が色濃く出ています。海外だとクライブ・カッスラー、国内だと船戸与一さんらの書かれていた冒険小説が好きでしたね
(聞き手:朝宮運河/「本の旅人」二〇一八年一月号)と冒険小説愛を隠していない。
いや、それにしても序盤から、読者を物語に引き込む演出が素晴らしい。それは砂漠の踏破に移ってからも同様だ。日本列島の二十数倍の面積を持つサハラ砂漠はただだだっ広いだけでなく、乾燥し切っており、昼と夜の寒暖差も激しい。おまけにそうした厳しい環境下を生き抜いているサソリや毒蛇等、襲われれば命の危険にさらされる動物たちも
そう、その意味ではデビュー作以来、大事にしている謎解きの要素を織り込むことも忘れてはいないのである。冒頭のミイラを取り巻く謎はもとより、野々村は峰から何を奪おうとしていたのか、旅客機は何故方向の違うサハラ砂漠で墜落したのか、そして砂漠脱出組の面々はそれぞれどんな秘密を抱えているのか。謎また謎の畳み掛け。本書と既存の名作冒険小説との違いは、本格ミステリー志向が貫かれていることにあるといっても過言ではあるまい。
むろんそうした謎も徐々に明かされ、一行が
そして終盤ついに明かされる〝砂漠の薔薇〟の真相。謎解きとサバイバルからの追跡劇までは、既存の名作冒険小説へのオマージュともいうべき展開であったが、まさかその舞台裏に今日的な環境問題やエネルギー問題、そして国際的な謀略が潜んでいたとは。サハラ砂漠という舞台設定から、日本とは関係のないところでドラマが繰り広げられる話だと思われる向きもあろうが、関係ないどころか、三・一一以後の日本の社会状況を直撃するテーマが隠されているのである。
してみると、やっぱりこの作家は社会派だったんだと結論付ける声が多いかもしれないが、その点について著者いわく、
特に訴えたいことがあるわけではないんです。作者の思想が出過ぎてしまうと、エンターテインメントではなく、プロパガンダになってしまいます。ぼくが意識しているのは、どんな問題でも必ず両方のサイドから眺めてみて、バランスを取った描き方をすること。どちらか一方の意見だけでは、読者もどこか違和感を抱いてしまうと思うんですよ。そうなると逆に、扱っている問題なりテーマなりについて関心を持ってもらえなくなる。エンターテインメントの素材としてバランスよく扱うことで、自分ならどうするだろう、と考えを深めてもらえるきっかけになれば一番ですね。
(「本の旅人」二〇一八年一月号)
著者は本書ののちもヒネりの効いた犯罪小説から警察小説まで幅広いミステリージャンルで活躍されているが、冒険小説の申し子として(!?)、五作に一作は冒険小説を出していっていただきたいものだ。
▼下村敦史『サハラの薔薇』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321908000102/
▼俳優・池内万作さんによる朗読をお楽しみいただけます!
【『サハラの薔薇』カドブンレビュー④】池内万作「まさにジェットコースター・ノベル」