文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
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(解説者:
筆者が脚本家、太田愛に注目したのは、『ウルトラマンダイナ』の「少年宇宙人」からだ。
10歳の男の子さとるが、ある日、突然、自分たち親子はラセスタ星人なのだと告げられる。危機に
「少年宇宙人」は、スーパーマンことクラーク・ケントの出自、および、その元になったユダヤ人のディアスポラをヒントにしたと思われるが、自分にとって、さとるは他人に思えなかった。日本人の母と韓国人の父の間に生まれた自分にも、物心ついた時、はっきりと自分が他の子とは違うのだと自覚させられる瞬間があった。その時の、胸に突き刺さるような疎外感、孤独感が
しかし、「少年宇宙人」で涙があふれたのは、その後の展開だ。
さとるは決別を覚悟して二人の親友に、自分がラセスタ星人だと告白する。ところが親友たちは
ウルトラマン・シリーズは怪獣や宇宙人を、ただ撃退するだけの物語ではなかった。多くの場合、怪獣たちは人間の被害者だった。太田愛は書き始めた頃から、それに自覚的だった。
たとえば『ウルトラマンティガ』「ゼルダポイントの攻防」では、ゼルダガスという次世代エネルギーの事故による爆発でペットのインコが怪獣化する。ゼルダガス爆発地点が立ち入り禁止の危険領域に指定されている描写は、福島の原発事故を予言したかのようだ。
時にウルトラマン・シリーズの怪獣は人間だ。オリジナルの『ウルトラマン』では、ロケットで水のない惑星に不時着し、救助されずに見捨てられた宇宙飛行士ジャミラが怪獣となって
『怪奇大作戦』のファンだったという太田愛も、怪獣ものから犯罪ドラマに仕事の場を移した。『相棒』への参加である。そこでも、怪獣を「声なき者たち」として描き続けた太田愛の眼差しは一貫しながら、さらに具体的な日本の現実とリンクさせるようになった。
『相棒─劇場版Ⅳ─首都クライシス 人質は50万人! 特命係 最後の決断』(2017年)で、主人公の特命係刑事
『相棒15』の「声なき者」二部作は、幼女を
『天上の葦』は、『犯罪者』『幻夏』に続く、
その老人が第二次大戦中、大本営で報道を検閲していた事実が判明してから、物語はいっきに加速し、戦時中のようなメディアに対する政府の圧力が増している現実と絡み合っていく。
太田愛は本書を書いた動機をインタビューで以下のように語っている。
「このところ急に世の中の空気が変わってきましたよね。特にメディアの世界では、政権政党から公平中立報道の要望書が出されたり、選挙前の政党に関する街頭インタビューがなくなったり。総務大臣がテレビ局に対して、電波停止を命じる可能性があると言及したこともありました。こういう状況は戦後ずっとなかったことで、確実に何か異変が起きている。これは今書かないと手遅れになるかもしれないと思いました」(ダ・ヴィンチ2017年3/6号)
これは具体的には、2014年11月、自民党幹部が在京テレビキー局の報道局長あてに「選挙報道に公平中立、公正の確保」を求める文書を送ったこと、2015年4月に、自民党の情報通信戦略調査会が、NHKとテレビ朝日の幹部を呼びつけたこと、そして2016年2月8日に衆院予算委員会で、
事態は、本書が
しかし、報道は政府に殺されるのではなく、自ら
戦前、軍を批判した新聞は右翼に脅迫され、不買運動を起こされた。大新聞は屈服し、軍を支持し、協力した。軍は新聞に情報を流したので、購読者が飛躍的に伸びた。利益のため、検閲と戦う記者はいなくなった。やがて軍と政府は一体化し、報道を規制する法を作り、「気がついた時には、新聞は報道機関としての息の根を止められて、国の宣伝機関になっていた」。
これは最近、メディア先進国であるはずのアメリカでも起きた。2003年、ブッシュ政権はイラクが「大量破壊兵器」を所有しているという理由で戦争を仕掛けた。戦争を支持したFOXニュース・チャンネルは政府から特権的に優遇された戦争報道で視聴率を伸ばして業界一位だったCNNを抜き去った。しかし実際は大量破壊兵器など、どこにもなかったのだ。
戦争という大火になる前に、あちこちで燃え始めた火がまだ小さいうちに消していかなければ。そんな切実な思いが作者に『天上の葦』を書かせたのだ。
文中に登場する、渋谷のケーブルカーの話は筆者も母親から聞いたことがある。運行されたのは1951年から53年までのわずかな期間で、乗れたのは子どもだけだったそうだ。
『天上の葦』という書名はエピグラフとして巻頭に引用された、英国の詩人ウィリアム・ブレイクの『無垢の歌』の序文による。こんな内容だ。
──私が笛を吹きながら野原を歩いていると、雲の上に一人の子どもが見えた。ブレイク自身の挿画を見ると、雲の上に浮かぶ子どもは天使のように描かれている。
その子は笑って私に言った。
「羊の歌を吹いてよ」
私が楽しく吹くと、その子は喜びに涙を浮かべながら聴いた。
「笛吹きさん、座ってその歌を本に書いて。みんなが読めるように」
そう言うと子どもは消えてしまった。
私は中空の
その葦のペンで書かれた詩画集が『無垢の歌』ということになっている。
『無垢の歌』が書かれた18世紀英国には子どもの人権という概念がなく、
太田愛も、葦のペンを心に持っているに違いない。
▼太田愛『天上の葦』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321903000364/(上巻)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000728/(上下 合本版 ※電子書籍)