私はいま、都内を中心に18園の保育園を運営するNPO法人フローレンスの代表をしているのだが、本書が、保育園に頻発する問題を真正面から描いていることに驚かされた。
フローレンスにも主人公と同じく、一度は別の職業に就いてから、保育士になったキャリアを持つ男性保育士が複数いる。本来、男性保育士がいるのは自然なことのはずだが、保育業界では97%が女性。保育士が女性だけというのは、子育てや子どもに関わることは「女性のみがやるべきもの」という社会にとって悪いイメージを生むだけでなく、多様性という観点でも子どもたちにとってよくないと感じている。本書の中でも男性の保育士がいいキャラクターでうまく保護者との関係を築いているシーンがある。私自身が子育てしてみてより思ったのは、父親だからできないことはないということ。子どもは自分に一番関わっている人に懐く。それゆえに、保育に男女の違いはないし、経営者としても保育士に求めるものは男性も女性も違いなく「よい保育をしてほしい」ということなのである。
そもそも、保育士に男性が少なかった理由として、給与の問題は看過できない。保育園は「男性の寿退社」が言われるような職場。保育士はきちんとした専門職であることの一方で、男性保育士の問題は保育士をめぐる構造的な問題に直結している。
フローレンスでは、園運営を効率化することで管理費を抑えて、浮いた部分はすべて処遇改善に使っている。小規模保育所が2015年に子ども・子育て支援新制度による認可保育施設になったことも大きく、少しずつ給与を上げることができた。都内の水準では比較的良い方だが、全産業平均で見ればまだまだ低い。せめて公務員として同じ仕事をしている公立保育園の保育士との格差は変えたいと感じている。本書の主人公も公立保育園の保育士を目指しており、保育士の給与問題の根深さを窺わせる。子ども一人に対する収入は決まっているので、国の補助額が上がらなければ、保育士の給料を上げるのは非常に難しいのが現状だ。
本書の舞台となる「みつばち園」では、0歳から2歳までの受け入れが条件の家庭保育室と、3歳から5歳までの認可外の園児を混合保育している。そして物語中で、これは市の規定に反すると批判する議員が出てくる。これは現在の保育システムの問題を象徴しているポイントで、いまの日本では、待機児童を減らすための創意工夫を邪魔する制度はまだまだ多い。
本書ではまた、シングルマザーなど、いわゆる「社会的弱者」と言われる人たちがたくさん出てくる。度々トラブルを起こす彼(女)らをモンスターペアレントと言ってしまえばそれまでだが、それぞれ抱えるものがある以上、単純に「良い親」「悪い親」という「親の威厳論」では語りきれない。
フローレンスの保育園でも、ネグレクトや家庭内暴力が疑われるケースがあり、児童相談所につないだこともあった。保育園は子どもの成長を手助けする一方で、各家庭をサポートするソーシャルワーク的な役割も担うようになってきているのである。しかし、人手不足などで、そこまで手が回らないところも多い。保育園がセーフティーネットとして子育て世帯を支えなければならない状況にあることを、もっと多くの人に理解してほしいと感じている。本書には、保育園が担う多面的な役割が非常にリアルに描かれている。
保育士という職業は彼らの「子どもが好き」という気持ちや、「やりがい」に寄りかかっており、それだけで成り立っているのが現状である。本書が多くの人に読まれて、保育園が最後のセーフティーネットであることや、保育園の役割を知ってもらいたい。それによって、保育士の処遇改善の気運が高まったり、保育士を目指す男性が増えてくれたら、というのが本書を読んでの私の切なる願いである。
(本解説は、平成二十八年八~九月にwebサイト「スゴいい保育」に掲載された、駒崎弘樹氏、新野剛志氏、岩崎将吾氏による鼎談を編集部により再編集したものです)
書誌情報はこちら≫新野 剛志『戦うハニー』
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