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レビュー

板垣退助の凄さが再確認できる! 細かな時代考証に裏打ちされた『漫画版 日本の歴史13』

 二〇一七年の秋、ある雑誌の取材で、作家の宮尾登美子さんの生涯をたどる企画のため、宮尾さんの出身地の高知県を訪れた。
 高知と言えば、何といっても坂本龍馬のイメージが強い。宮尾さんの足跡をたどって、県内の様々な場所を訪れると、「龍馬ゆかりの~」という宣伝文句を見つけたり、龍馬の銅像や肖像に出くわしたりした。
 私が高知を訪問した当時、高知県立坂本龍馬記念館は改装に伴う閉館中だったが、リニューアルオープン後の報道によれば盛況のようだ。そもそも空港は「高知龍馬空港」、高知県の観光施設で割引などが受けられる冊子の名前は「龍馬パスポート」。まさに龍馬はいまだに高知のイメージリーダー、観光の顔、いや県の顔と言ってもいいだろう。
 龍馬人気を支えるのは、司馬遼太郎の小説でベストセラーとなった「竜馬がゆく」の影響が大きいだろう。一九九六年の司馬没後も、いまだに根強い人気を持つ司馬作品において、高知県を代表すると思えるもう一人の偉人についての評価は、龍馬のそれに比べてあまりにも低い。その人物とは板垣退助である。
 板垣について、司馬はこう書いている。

一個の侠雄ともいうべき退助には政治家の才能はない。結局野にくだり、竜馬の思想系譜をひいて自由民権運動の総帥になるが、それも例の『板垣死すとも自由は死せず』という名文句を後世に記憶させた程度で、さほどの仕事もせずにおわった。

「竜馬がゆく」より

 こういった「司馬史観」の影響を受けてかどうかはわからないが、私が訪問したところでは、板垣退助に関するものはほとんど見かけなかった。
 そこで、板垣に関する展示があると思われる高知市立自由民権記念館に足を運んだ。記念館の売店には板垣退助グッズが売られていたが、クリアファイルと、土佐の自由民権指導者の中の一人として描かれたコップ程度で、龍馬に関する土産物があふれかえる土地柄にしては、あまりに対照的。これが板垣人気の現実かもしれない。
 記念館には自由民権運動の誕生から、その衰退までが展示されていた。高知県詞にもなっている植木枝盛の文章「自由は土佐の山間より」を実感させる世界が広がっている。板垣の功績に関する展示はもちろん、立志社に関する展示や書斎で執筆する植木枝盛の精巧な人形、そして自由を求める民衆の像……。民衆の高揚感、土佐の熱気、自由民権の息吹が伝わってきた。
 本書は、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允の「維新三傑」が亡くなり、大久保の後継者としての地位を確立しつつあった伊藤博文が内務卿となり、伊藤がハルビンで暗殺される明治後期までの、憲法と議会を持った「近代国家への道」を歩む日本の姿が描かれている。冒頭、板垣や、植木がリードした自由民権運動が取り上げられているが、その空気感が、私が自由民権記念館で感じた空気に近いものがあった。いわば「高揚する明治」。時代の空気感を表したまんがとポイントを押さえた記述が本書の魅力だ。
 例えば、高校の教科書などに出てくる植木の私擬憲法案「日本国国憲あん」のポイントが端的にまとめられている。また植木のことを書いた新聞を若者たちが「新聞縦覧所」で読んでいる。「新聞縦覧所」とは現在ほど大衆に普及していなかった新聞を安価に読める場所であり、明治時代は自由民権思想の啓蒙に大きな役割を果たした場所であった。そういった歴史的背景をさらりと描いているのも、本書の特色である。
 さらに、日清戦争後の下関条約の記述で、清から日本への賠償金「二億テール」とあるが、この額がいったいどの程度の額なのかがピンとこない。本書には「当時の日本円で約三億一千万円。日本の国家予算の約四倍もの大金だった。」との説明があり、学習まんがならではの親切さとわかりやすさがある。
 本書は権力者を主軸にした政治の動きだけでなく、民衆からの視点を盛り込むことで、明治時代に生まれた国家のひずみや矛盾を浮き彫りにしている。
 一八九〇年の第一回衆議院議員選挙で「女性には選挙権がない」と投票所から追い返されるシーン、そして急速な工業化の中で大阪の紡績工場で過酷な条件で働かされる女性たちを描いたシーンなどがそれにあたるだろう。また、現代にもなお暗い影を落とす、日本の朝鮮支配への流れもわかりやすく整理されており、日本と朝鮮の関係を考える際の参考になるはずだ。
 本書の後半では、明治後期の文化について描かれている。ここで登場するのは、地方で小学校教師をする青年と東京美術学校で絵を学ぼうとする青年。二人とも青雲の志を抱いた、絵にかいたような明治の青年像である。二人を当時の文化人や「大逆たいぎゃく事件」と絡めて当時の言論空間の空気を醸し出すことによって、その思想的特色や歴史的意義を伝えてくれる。
 冒頭に書いた司馬の板垣退助に対する見方をどうとらえるべきか、本書を読み終えた方々には様々な意見があるだろう。
 あえて言うと小説はあくまで小説であり、歴史的事実ではない。ただ、小説が歴史的人物のイメージを作り、それが個々の歴史観を形成することは多々あるが、小説はあくまで楽しむものである。
 その点本書は、歴史的事実や研究成果に裏打ちされている。まんがだからこそ細かな時代考証がなされており、単行本刊行の際は「子供向け」という売りであったが、大人でも十分すぎるほど楽しめる作品だ。全巻揃えて、家族全員で読むのにもふさわしい。
 本書が扱う明治後期は、現在の日本につながる点も多い。本書を通じて、日本の今後の国の在り方について考えるのも面白いと思う。


書誌情報はこちら≫『漫画版 日本の歴史 13 近代国家への道 明治時代後期』

<<【12巻・解説】『明治維新と新政府 明治時代前期』――小説家・冲方丁


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