明治維新と新政府の発足について学ぶ際、「あれ?」と思う方もいるでしょう。
 何しろ最初に学ぶのが、「王政復古の大号令」なのですから。
 維新とは、「あらゆることが新しく作り直される」という意味です。そうして作られたのが、「新」政府です。なのに、その始まりが「王政復古」となっている。復古とは、「昔のあり方に戻ろう」という意味です。
 新しくしたいのか、古い頃に戻りたいのか、よくわからない。そう疑問に思われるかもしれません。実はこれが、明治維新を理解するための大きなポイントなのです。
 明治時代の前は、江戸時代です。徳川家による江戸幕府が支配する社会でした。
 徳川家という、たった一つの家系から、将軍になる人が選ばれます。将軍は江戸にいて、日本各地にいる大勢の大名たちにいろいろな命令をすることができました。
 この頃、日本という国はまだありません。藩と呼ばれる沢山の小さな国があちこちにあって、お互い同じ国の人間だとは思っていなかったのです。藩ごとにまったく違う法律や習慣を持っていましたから、江戸で育った「江戸人」も、九州地方の「薩摩人」も、東北地方の「会津人」も、みな違う国の人だと思われていました。
 藩ごとに関所が設けられ、移動するには手続きが必要でした。東京都から埼玉県に移動したいのに、パスポートがなければ移動できない、という状態だったのです。
 許可なく移動することは「脱藩」などと呼ばれ、れっきとした犯罪でした。坂本龍馬のように勝手に藩を飛び出すのは、今の日本でいえばパスポートも持たずに外国に行くのと同じです。最悪の場合、捕まって牢に入れられてしまう危険な行為でした。
 こうした将軍による統治は、もう古い。江戸、薩摩、会津……ばらばらの藩を全て「日本」に統一し、誰でも自由に移動できるようにしよう。そうすれば優秀な人々を日本中から集めて新政府を作ることができる。それが、明治維新の考え方でした。
 では、なぜ急に大勢の日本人がそう思うようになったのでしょうか? 将軍は正確には征夷大将軍といいます。もとは「えびす(外敵)から武力で国を守る仕事」という意味でした。現代の軍隊と考え方は変わりません。つまり将軍は軍隊のトップにすぎないのです。軍隊の基地は「幕府」と呼ばれました。江戸幕府とは、江戸軍事基地という意味です。
 現代では、普通、軍隊は政治を行いません。政府が、将軍に命令を下すのです。
 では当時、将軍に命令を下していたのは誰でしょうか?
 本来、それは天皇でした。天皇が、誰を将軍にするかを決める。そういう建前でしたが、徳川家のほうが圧倒的にお金も兵隊も持っており、天皇も逆らえなかったのです。
 その徳川将軍ですら逆らえなかったのが、次々に日本に使者を送った諸外国でした。彼らの軍事力に徳川将軍もどの藩も圧倒されてしまいます。
 そのため、大勢がこう考えました。外敵から国を守れない将軍なんて将軍ではない。将軍の命令なんて聞いていたら、諸外国に自分たちの土地を占領されてしまう。
 徳川も、自分たちだけでは諸外国に勝てないと悟りました。徳川も大名の一つに戻り、他の大名たちと一緒に諸外国と対抗しなければならない。そのためには将軍という仕事を、天皇に返上する必要がある。これが、「大政奉還」です。
 徳川幕府が藩を支配する「幕藩体制」をやめ、天皇を国の中心に戻す。これは何百年ぶりかのことでした。だから「王政復古」と呼ばれたのです。「王」は天皇のことです。
 そうして天皇を中心とした新政府が樹立しましたが、まったく新しい国造りを行うことになりましたので「明治維新」と呼ばれました。
 法律も習慣もばらばらだった「藩」が廃止され、みなが一つのルールに従う「県」に置き換えられました。これが「廃藩置県」です。関所は撤廃され、誰もが自由に日本全国を移動できるようにしました。また、それまでは半ば「外国」扱いだった沖縄と北海道も、日本の一部だということにし、なるべく大きな日本を作ろうとしました。
 しかし、そうして何もかも新しくしたことで、反発する者たちも現れます。
 将軍が支配する「幕藩体制」を守ろう。そう思う人々がいたのもやむを得ないことでした。「明日あしたから、あなたの国はなくなります。代々守ってきたお城も土地も、新政府のものになります」と言われ、大切なものを奪われたくない一心で反発したのです。
 こうして起こったのが戊辰戦争でした。日本を真っ二つにするような、日本人同士の激しい戦いが起こったのです。結局、反発した者たちが敗れ、新政府が勝利しました。
 これでやっと平和になったかと思えば、今度は新政府の内部でも争いが起こります。
 実は、諸外国が現れる前から、徳川将軍や多くの藩は、大きな問題を抱えていました。
 多額の借金です。政治にはお金がかかります。さらに諸外国に対抗するため、外国に人を送って学ばせたり、最新の武器を手に入れるためにも、莫大なお金が必要でした。
 当然、新政府はとても貧乏でした。一方で、藩を廃止したため、それまで大名から給料をもらっていた人々が一斉に無職になり、生活できなくなってしまったのです。
 これが、士族の反乱へとつながりました。諸外国に対抗するどころか、自分たちはまともに生活することもできない。そういう不満が爆発して西南戦争が起こったのです。
 このときも新政府が勝利しました。そしてそのあと、なんとかお金を作り、みなが豊かな社会を作ろうとします。これが「殖産興業」です。みんなが安心して生活できるよう、近代的な産業を興そうとする時代が始まります。
 ここで大切なことは、これ以後、日本人同士で戦争することは一切やめねばならない、と誰もが心に決めた、ということです。それまでは、いってみれば日本国内の小さな県同士で戦争をしていました。そうではなく、諸外国と戦争ができるようになろう。そういう時代が訪れたことで、日本国内での戦争はなくなり、平和が訪れました。
 そしてその結果、日本人はやがて日本国外での戦争へとひた走ることになるのです。


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