私は小説家なので、文字の力で臨場感を出そうとする。だが、それにも限界がある。周囲の光景や風俗まで詳細に描写していると、ストーリーの展開が滞り、読者が苛立つからだ。
それゆえストーリーの阻害要因になるような光景や風俗の描写は控えめにするのだが、そうなると脳内でうまく場面が思い描けない人もいるはずだ。ところが映像やマンガというのは便利なもので、細かく説明せずとも一瞬にして当時の光景や風俗が再生できる。
こうしたマンガによって当時の光景や風俗だけでなく、大筋の歴史の流れを把握しておけば、より以上、小説や歴史研究本も楽しめるというわけだ。
しかも本書は、人物たちの感情描写が緻密なので感情移入する読み方もできる。まさに歴史を学ぶなら、こうしたマンガシリーズに勝るものはないだろう。
さて、「戦国大名の登場 室町時代中期~戦国時代」という副題の付いた本書の構成だが、四章構成になっている。
第1章は「弱まる室町幕府と応仁の乱」である。室町時代は凶作による飢饉や疫病と隣り合わせであり、生きていくことが極めて過酷な時代だった。為政者である室町幕府は、たびたびの「徳政令」によって農民を救済したが、その効果も次第に限定的になっていく。
「徳政令」とは、鎌倉時代から室町時代にかけて、幕府が土倉や酒屋などの金融業者に対して債権放棄を命じた法令のことだ。ところが室町時代に入ると、「惣」と呼ばれる自治組織が発達を遂げ、「徳政令」を求める大規模な一揆がしばしば起こった。本書の冒頭にもある通り、一揆は暴徒と化して略奪行為を働くまでとなる。とくに正長と嘉吉の土一揆は大規模で、暴動は畿内一円に広がっていった。
だが、こうした一揆を鎮圧する力が幕府や将軍にもはやなく、その権威は衰退の一途をたどっていく。そうした中、四兄弟のくじ引きで選ばれた六代将軍義教は、将軍の権威を取り戻すことに力を入れ、それまで幕政を牛耳っていた管領や守護大名たちとの間に軋轢を生じさせていく。
義教の強権政治は、独立傾向を強めていた鎌倉公方の持氏を討つことで成功するかに見えた。しかし逆に、義教の権力強化を恐れた赤松満祐によって暗殺されるという思いもしなかった事態が起こる(嘉吉の乱)。満祐は即座に討伐されるが、将軍権力の形骸化は以前にも増して進んだ。
そこで登場したのが八代将軍義政だった。義政は室町幕府が全盛を迎えた三代将軍義満の時代をよみがえらせるべく、「経世済民」を心掛けた善政を行おうとする。しかし管領の細川氏や全国六十六カ国のうち十一カ国(当時は九カ国)の守護を務める山名氏らに幕府を牛耳られ、思うような政治ができないでいた。結局、義政は政治に対する熱意を次第に失い、文化芸術へ傾倒していく。その精華が東山文化を代表する慈照寺銀閣になる。
かくして、細川・山名両氏に幕政を壟断された室町幕府は、「経世済民」という理想から遠ざかっていく。こうした権力争いに家督争いも加わり、幕府を取り巻く状況はさらに混沌としていった。
そうした中、義政の正室である日野富子は、商品経済の発展を背景にして蓄財に励み、室町幕府の財政面を支えようとした。
しかし義政の弟の義視と、義政と富子の間に生まれた義尚の間で将軍の座をめぐる争いがおこり、それが守護大名家にも飛び火することで、応仁の乱が勃発する。
その内容については、本書や関係書籍を読んでほしいが、これにより室町幕府の権威は地に落ちる。
第2章「立ち上がる民衆と東山文化」では、いったん歴史の流れを止め、政治・軍事面以外で、室町時代に勃興した宗教と文化芸術についてページを割いている。ここでは一向宗の流行と、義政が中心となった東山文化が主に描かれるが、同時に在地勢力の勃興、いわゆる下剋上という新たな時代の萌芽も描かれている。
第3章「戦国時代の武将たち」では、北条早雲(伊勢新九郎)・島津貴久・毛利元就の勃興と勢力伸長を描いていく。室町幕府の支配力が弱まるにしたがい、各地には様々な勢力が生まれた。守護大名に代わる戦国大名である。島津氏は守護大名出身、毛利氏は国人なのでまだ分かるが、北条氏は幕府の官僚を出自とする異色の戦国大名だった。このように実力さえあれば、誰でも一国一城の主になれる下剋上の時代が到来したのだ。
そして第4章「武田信玄と上杉謙信」では、二人の代表的戦国大名が正面からぶつかり合った川中島の戦いを描きつつ、最後に少年時代の豊臣秀吉を予告編的に登場させて締めくくる。
こうして駆け足ながら、この混沌とした時代を概観することで、再認識させられることがある。歴史というのは人間が作ってきたということだ。本書を読むと、世の中を少しでもよくしたいという大義であれ、私利私欲であれ、一人ひとりが懸命に時代を生きていたと痛感する。だが考えてみれば、本書の中に出てくる人々は皆、すでに鬼籍に入っているのだ。その時は何かを守るため、また何かを目指すため、懸命に生きていた人々も、とうの昔に死んでいる。それを思うと、人の命とは実に儚いものだ。
そうした人間が折り重なるようにして作ってきたのが歴史であり、そこには成功譚よりも失敗譚の方が多くある。それは、われわれが生きる上においても大いに役立つものばかりだ。そうした教訓を手っ取り早く伝えるのに、マンガほど最適なものはないだろう。
本書を読み、関心のある題材があったら、その人物や事件に関する研究本や小説を読んでほしい。きっと新たな歴史の面白さが発見できるだろう。
>>山本博文『漫画版 日本の歴史 7 戦国大名の登場 室町時代中期~戦国時代』
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