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レビュー

古今東西の名作映画をモチーフに、“夫と妻に捧げる犯罪”が描かれる! 傑作ミステリ集『明日なき十代』

 昨年の夏に『血とバラ』からスタートした角川文庫の〈懐しの名画ミステリー〉シリーズのリニューアルも、『悪魔のような女』『埋もれた青春』を経て、この『明日なき十代』で四巻すべてが出揃ったことになる。
 シリーズ四作は、すでに電子書籍化がなされており、今回の再びの文庫化はややもすると時流と逆行しているようにも映るだろう。しかし、映画の鑑賞方法として映画館の大きなスクリーンで観る醍醐味に勝るものはないのと同様に、紙の本でこそ味わえる読書のたのしみがある。今回リバイバルした四冊の文庫を手にした読者が、そのことを再認識していただければ嬉しい限りだ。
 この第四巻で作者が俎上そじょうにあげた映画は、アメリカの社会派やニューシネマからヨーロッパの古典までとりまぜて四本。では、さっそく紹介していこう。

 表題作でもある『明日なき十代』は、アメリカの監督ジョン・フランケンハイマーの作品(1961年)がモチーフである。以前『暴力教室』の時にも紹介したエヴァン・ハンター(87分署シリーズの作者エド・マクベインの別名義)の原作で、『若い野獣たち』というタイトルで〈ハヤカワ・ミステリ〉の一冊として翻訳もある。
「フレンチ・コネクション2」、「ブラック・サンデー」、「イヤー・オブ・ザ・ガン」など、骨太のサスペンス作品が真骨頂のフランケンハイマーだが、バート・ランカスターと組んだ社会派の犯罪映画である本作が出世作となった。非行少年の母を、二度のアカデミー賞に輝くシェリー・ウィンタースが演じている。では、映画のあらすじを紹介しよう。

 ニューヨークのハーレムで、白昼、イタリア系移民のチンピラたちが、プエルトリコ系の少年を滅多刺しにするという殺人事件が起きる。背景には、不良少年グループ同士の抗争があり、逮捕された三人は正当防衛を主張した。事件を担当することになった地方検事補のベル(バート・ランカスター)は、自分もイタリア系の出身で、容疑者の一人はかつての恋人(シェリー・ウィンタース)の息子だった。一方上司の検事(エドワード・アンドリュース)は知事選挙に名乗りをあげ、青少年犯罪の撲滅を公約に掲げていたが、公正であろうとする主人公は、公判の直前、少年たちに襲われ、負傷してしまう。

 映画は、第二集の『暴力教室』や第三集の『理由なき反抗』などの非行少年映画の流れを組むシリアスな犯罪ものだが、小説の方は容疑者と刑事のそれぞれの家庭の事情をのぞかせるドメスティックな展開の中に、作者は悪戯心ともいうべきユーモアを添える。
 ラブホの常連客が殺されるのが発端で、一緒にいた私立のお嬢さま高校の優等生が罪を認めるが、凶器が見つからないことから、事件はあらぬ方向にころがり始める。二組のカップルに訪れる結末の悲喜こもごもが、しっとりと心に残る好作品である。

 次の『泳ぐひと』も、バート・ランカスター主演の映画(1968年)からの本歌取りだ。メガホンをとったのはエヴァン・ハンターの名作青春小説『去年の夏』も映画化しているフランク・ペリーだが、シドニー・ポラックが共同監督として関わったと言われる(ただしクレジットはない)。
 アメリカン・ニューシネマを代表するこの映画には原作があって、作者は〈ザ・ニューヨーカー〉の常連寄稿者で短編の名手ジョン・チーヴァー。先ごろ村上春樹の訳で『泳ぐ人』として文芸誌〈MONKEY vol.15〉にも紹介された。不条理映画という評もあるが、よくできたミステリ映画であり、プールを泳ぐという行為を通して走馬灯のように自分の人生をふりかえる物語には、スリルと驚きがある。

 林を駆け抜けた水着姿の主人公ネッド(バート・ランカスター)は、ある家の敷地に入り、いきなり庭のプールに飛び込む。プールサイドでは、前夜のパーティで呑み過ぎた旧友たちが寛いでいた。人々との旧交を温めつつ、ネッドは自宅まで友人宅のプールを泳ぎ継いで帰ると宣言し、次の友人宅をめざして走り出す。しかし、快調だった足取りも、障害レースのコースで足をくじいたあたりから、雲行きが怪しくなっていく。先々で彼を歓迎していた人々も、やがて彼に戸惑いの表情を浮かべ、それが嫌悪と敵意に変わっていく。

 プールという舞台、謎めいた主人公、一向に結末が読めない展開と、映画とのシンクロ度も高い。スイミングスクールでインストラクターとして働く二十代後半のヒロインが、ある晩遅くに忽然こつぜんと現れた四十歳以上も歳の差がある男に、なぜか心惹かれていく。
 さらに中盤の展開を牽引するのは、老人をめぐっての謎だ。年齢不相応な力強く滑らかな泳ぎと尽きないスタミナ。いったい何者なの? という彼女の疑問は、やがて恋心に変わり、恋のライバルまで出現する。謎と意外性に満ちた恋愛小説といっていいだろう。

 主演者の一人アドルフ・ウォールブリュック(後にアントン・ウォルブルックと改名)は、第三集で取り上げられたデュヴィヴィエ監督の「うずもれた青春」にも出ていた名優だが、『たそがれの維納ウィーン』は、その彼の母国オーストリアの同題映画(1934年)に倣っている。監督は、シューベルトの伝記映画「未完成交響楽」でデビューした、やはり同国出身のヴィリ・フォルストである。
 ヴェネツィア国際映画祭で脚本賞に輝いた映画は、三組の男女をめぐる大人のラブコメで、恋のさや当てとプレイボーイの改心をテンポよく描いてみせる。戦後イギリスの市民権を獲得したウォルブルックは、「赤い靴」でバレエ団の団長役を演じ、映画史に残る名声を博した。

 ウィーンの春、舞踏会のくじ引きでアニタはチンチラのマフを手に入れた。彼女は流行画家で遊び人のハイデネック(アドルフ・ウォールブリュック)が忘れられず、あてつけに指揮者と婚約をした。しかし画家は指揮者の兄で医学博士の若い妻ゲルダに気を取られている。ゲルダは戯れに画家のモデルとなるが、手違いで裸体画が雑誌に載ってしまう。絵には彼女が身につけていたアニタのマフも描かれていたことから、指揮者は画家にモデルの素性を問うが、答に窮した画家は、でまかせの名前を口にする。ところが、同名の女性(パウラ・ヴェセリー)が実在したことから、事態はさらに厄介なことに。

 百年前の維納ウィーンを舞台にした映画に対して、小説は静かな喫茶店で幕を開け、やがて現代のウィーンへと飛ぶ。映画でいう現地ロケの趣きもあって、歴史ある古都ウィーンの町を実際に巡り歩いているような楽しさを作者は味わわせてくれる。
 思いがけない出会いは、恋とともに人間関係のもつれをもたらすが、一枚のヌードが波紋を呼んでいく展開が、映画と同様に効果的に使われる。草食系だった主人公のサラリーマンがいきなりモテキに突入し、女性たちに翻弄されていくシチュエーション・コメディの乗りも楽しめる作品だ。

 最後の『愛情の瞬間』は、ジャン・ギャバンの主演映画(1952年)が元になっている。このフランス映画界きっての大スターは、ジョルジュ・シムノンの警察官探偵メグレも演じており、「殺人鬼にわなをかけろ」と「サン・フィアクル殺人事件」は、本作のジャン・ドラノワ監督が手がけている。
 一方、共演のミシェル・モルガンは、ギャバンとの共演作(「霧の波止場」「き舟」)を足がかりに売れっ子女優の仲間入りをした。グレアム・グリーンの短編小説をキャロル・リードが映画化した「落ちた偶像」をはじめ、ジェイムズ・ハドリー・チェイスやフレデリック・ダールらが原作者のミステリ映画にも出演している。

 医師のピエール(ジャン・ギャバン)と舞台女優のマドレーヌ(ミシェル・モルガン)は、結婚十年目のその日、離婚の危機を迎えていた。自殺未遂の若い画家(ダニエル・ジェラン)のもとに往診した夫が、部屋に飾られた妻の写真を目にとめたからだ。問いただすと、妻は青年との関係を語り始める。戦時中にひょんなことから知り合った二人は、離れては偶然の再会を繰り返し、その度に彼の求愛は熱心さを増していった。憎からず思う気持ちは彼女も一緒だったが、女性関係を疑いつつも、医師としては誠実な夫と、離婚に踏み切れなかったのだ。やがて夜が明け、一通の手紙が妻に届く。

 映画の原題 La minute de verite は、「真実の瞬間」の意。赤川次郎には同題の長編小説があって、その題はフランチェスコ・ロージ監督の映画からの拝借だったが、二本の映画と本作の関係は、まさに意味のある偶然の一致現象シンクロニシテイかもしれない。
 主人公はベテランの刑事で、妻の写真を発見するのは殺人現場と、職業やシチュエーションこそ違うが、発端は映画と重なり合う。同じマンションの別々の部屋で死んだ男女の謎には、作者らしいケレン味がまぶされており、エピローグの余韻からは、本作品集収録の四作に共通する“夫と妻に捧げる犯罪”という主題もたち上ってくる。

 最後に、書誌的なことを記しておくと、本書収録作は廣済堂出版の雑誌〈クロスワードハウス・スペシャル〉一九九九年二月号から二〇〇〇年二月号にかけて連載され、二〇〇〇年三月に〈KOSAIDO BLUE BOOKS〉の一冊として刊行された。今回は、平成十七年一月以来の二度目の角川文庫入りとなる。
 蛇足の話になるかもしれないが、この新装版のひとつの売りは、表紙を飾る丹地陽子画伯の装画で、本の内容ときちんと向き合った作品の数々は、道尾秀介や初野晴などのミステリ小説でご存知の方も多いだろう。解説を書きながら、毎回の表紙が楽しみで仕方なかった。洒落たデザインの素敵なイラストとともに、この赤川次郎の普遍のシリーズが、新たな読者を獲得することを願ってやまない。

>>赤川次郎『明日なき十代 懐しの名画ミステリー(4)』


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