最近観て面白かった映画に、フルーツ・チャン監督の香港映画『メイド・イン・ホンコン(香港製造)』がある。香港返還の一九九七年に公開されたもので、公開二十年を記念して4Kレストア・デジタル・リマスター版(←なんだか難しいけど、要は一コマずつデジタル技術で褪色やキズなどを修復・補完することを指すらしい)が三年の修復を経て上映された。フルーツ・チャンのインタビューを読んで興味深く思ったのは、そもそも元の映画が期限切れのストックフィルムで撮影したものなので、最初からキズがあったり、絵の不鮮明なところが多かったが、それらが映画の雰囲気を作っていたので、デジタル化であまり解像度が上がってつるんとなりすぎるのは困る、と注文をしたという話である。実際、そこのところはうまく修復してあり、ザラザラした映像の雰囲気が当時の気分を保存していて、気になることはなかったそうだ。
もうひとつ、同じく二〇一七年公開の日本での大ヒットも記憶に新しいアメリカ映画、デイミアン・チャゼル監督『ラ・ラ・ランド』。監督は、一九八五年生まれでまだ三十代前半という若さ。なのに、往年のハリウッドミュージカルに完璧なオマージュを捧げた本作品で、オールド・ファンにも若い客層にも広く受け入れられる、大ヒットミュージカル映画を創り上げた。
ええと、これ、柚月裕子の『検事の死命』の解説だよね?
本編より先にこの解説ページを開いた読者、または本編を読み終わってこのページを開いた読者は疑問に思ったかもしれないが、なんでいきなりこのふたつの映画を挙げたかというと、柚月裕子の小説を読んでいて、このふたつの映画が浮かんだからである。私の頭の中では、このふたつと柚月裕子の小説は無縁ではないのだ。
説明しよう。
流行は繰り返す、という言葉を聞いたことがあると思う。私も子供の頃、大人が「流行は繰り返すってホントね」と言っていたのを聞いてはいたが、自分が大人になり、半世紀を超える歳になって、改めて彼らの言葉を実感するようになった。学生時代に流行ったファッションがまた街に溢れたり、当時もリバイバル上映されて流行った映画が再びまた若い人たちのあいだで評判になったり。これだけ嗜好が細分化され、ひとつの流行を共有することが難しくなっている時代でも、やはり流行というものはあるのだと納得させられることしきりである。
ミステリーの世界も、それは同じであった。
昭和から平成にかけて、これまでにさまざまな流行があった。欧米のミステリーの流行の影響もあったし、新本格みたいな日本独自のものもあった。
面白いと思うのは、小説の長さの流行りである。いっとき、連作短編がもてはやされ、大長編が見向きもされない頃があったし、逆に小説は長ければ長いほどよい、みたいな時期もあって、それこそ弁当箱みたいな単行本が書店の棚を埋めていたこともあった。それらは、やはり長短のスパンの違いはあれど、その後も定期的に繰り返されている。
ジャンル的には、ざっと私の記憶にあるだけでも、社会派、ハードボイルド、ユーモア、実録ノワール系、リーガル・サスペンス、医療もの、サイコパスもの、ホラー系、恋愛サスペンス、警察小説などがあった。今は「イヤミス」と呼ばれるものは、かつては恋愛サスペンスとか心理サスペンス、という名前で呼ばれていたと思う。あと、ニッチではあるが、棋士ものというのも根強いジャンルで、忘れた頃に繰り返し現れる。
そう、柚月裕子のファンならばピンと来たかもしれないが、彼女はそれらをジャンル的にも広くカバーしているのだ。私が思うに、彼女は「ひとり昭和ミステリ4Kレストア・デジタル・リマスター作家」なのである。
私が初めて彼女の作品を読んだ時(今年映画化された『孤狼の血』である。これまた東映映画『仁義なき戦い』へのオマージュものであった)、「なんだろう、この懐かしさ、この安心感、安定感は」と思ったことを覚えている。決してスタイリッシュでもお洒落でもないけれど、健全なたくましさと大衆性があり、きっぷのいい語りっぷりにも感心した。
しかも、決して古臭いとか二番煎じの感じは全くなく、それこそ『メイド・イン・ホンコン』のごとく、かつての懐かしい昭和のテイストを残しつつも、やはり現代に書かれたもの、というフレッシュな手触りに仕上がっていたのだ。
それはこの佐方貞人シリーズでも同じだった。シリーズ第一作『最後の証人』のケレン味溢れるどんでん返しにも懐かしい手付きを感じたし、第二作『検事の本懐』、この第三作『検事の死命』と、正統派リーガル・サスペンスであり、保守的な安定感を保ちつつも、ちゃんと今日的な素材が盛り込まれ、進化し続けている。
作者はちゃんと「分かって」やっている。そう感じさせてくれることこそが、『ラ・ラ・ランド』と同じく、オールド・ファンをも惹きつける柚月裕子の魅力であり信頼感だと思う。
それゆえに、この本を手に取った読者の貴方。
貴方の読書の履歴や趣味は分からないけれど、筋金入りのミステリーファンであれ、最近ミステリーを読み始めた、という人であれ、貴方は間違っていません。
日本の正統派ミステリーを幸せに換骨奪胎させ、さまざまな要素を詰め込んだ小説を楽しめるのだから。今後とも、迷わず柚月裕子に付いていくことをお薦めしたい。
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