文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説:
文庫の解説の執筆依頼は何度もお引き受けしたことがあるが、今回ほどうれしかったことはない。
山本幸久さんの小説は、デビュー作の『笑う招き猫』からほぼすべて読んでいる。今、自家製の読書リストを調べたら、合計で三十作。はっきり言って、大ファンなのだ。
私は、BS11で二〇一二年四月から二〇一六年四月まで放送された本の情報番組『
BSの番組なので、見ていた人はあまり多くないかもしれないが、私は「好きな作家は山本幸久と森見登美彦」と公言していたのだ。
番組終了から四年。ようやく山本幸久さんの本の解説を依頼されて、感無量である。「待ってました!」である。「やっと来たか!」である(偉そうでゴメンナサイ!)。
しかも、その本が『ふたりみち』だなんて、うれしさ倍増。何しろ今まで読んできた山本作品の中で、私はこの『ふたりみち』が一番好きなのだ。
よりにもよって、『ふたりみち』で依頼されるなんて! これを幸運と言わずに何と言う! 喜んでお引き受けしたというわけだ。
まずはあらすじ。ただし、ほんの少しだけ。
野原ゆかりは六十七歳、未婚、独り暮らし。
北海道・
子供の頃からシャンソンの名曲『愛の讃歌』をフランス語で歌うことができたため、バスガイドになってからも、毎回車内で歌っていたところ、スカウトされた。
シャンソン歌手になれるかと思ったら、レコード会社が用意したのはムード歌謡。十年間の活動で、ヒットしたのは『無愛想ブルース』の一曲だけ。しかし、今でも根強いファンがいる。と固く信じている。
三月、とある事情で二〇〇万の金が必要になったゆかりは、全国各地で復活コンサートを行って稼ごうと目論む。早速、昔の知り合いに片っ端から電話をかけまくるが、主催を引き受けてくれたのはわずか五人。
それでもめげずにその五カ所をツアーして回ることにして、函館からフェリーに乗ると、いきなりスリに遭遇! 盗まれた財布を取り返してくれたのは、十二歳の少女・森川
フェリーを降りたゆかりは、一カ所目の青森県内の町に向かう。ところが、そこで待っていたのは、あの縁だった。ゆかりの歌が聞きたくて、先回りしたと言う。縁はピアノのレッスンを強制する母親に反発して、家出してきたのだ……。
六十七歳の元ムード歌謡歌手と、十二歳の家出少女のロードムービー。
歳は五十五歳も離れているが、どちらも名前は「ゆかり」。おまけに、音楽の才能に秀でているのも共通していて、ゆかりが歌うフランス語の『愛の讃歌』は世界レベル。一方、縁は三歳からピアノを始めて、平日は五時間、休日は十時間もレッスンしている。プロのピアニストを目指していて、一回聞けば大抵の曲は弾けるほどの腕前。
この組み合わせが絶妙で、二人の会話はまるで漫才のよう。もちろん、ゆかりがボケで、縁がツッコミだ。縁は頭の回転が速くて、弁が立つ。しかし、ゆかりの歌手としての実力を高く評価し、
二人は青森、宮城、石川、鳥取、東京と旅していくが、行く先々で事件が起きて、コンサートは中止になる。途中からは、今度はどんな事件で中止になるのか、楽しみになってくる。その期待にしっかり
ゆかりと縁の間には、まるで本当の親子、あるいはおばあちゃんと孫のような、
ゆかりには、十九歳の時に産んで、養子に出してしまった娘がいた。旅をしながら、ゆかりは何度も娘のことを思い出す。母親であることよりも歌手であることを選んでしまったゆかり。しかし、かつて一度だけ、その娘が会いに来てくれたことがあった……。
ゆかりと縁の道中記で爆笑し、ゆかりの娘の回想記で号泣する。まさに極上のロードムービー。それがこの『ふたりみち』だ。
山本幸久さんは一九六六年、東京都
その後も、笑って泣ける、エンターテインメント性の強い小説を次々と発表してきたが、残念ながら直木賞などの文学賞は受賞していない。これが私には非常に不思議で、これほど質の高い作品を連発している人がなぜ受賞しないのか、審査する側に対して憤りさえ感じる。
巧みなプロット、上質のユーモア、魅力的な登場人物、リアルなドラマ、抑制の利いたセンチメンタリズム。どれを取っても一級品で、コンスタントに新作が発表できるのは、それを知っているファンが一定数いるということだろう。それなのに、審査側は気付いていない。このままでは山本さんは「無冠の帝王」になってしまう。
声を大にして言いたい。山本幸久を評価せよ。知らないヤツはとりあえず、『ふたりみち』を読め。そして、大いに笑い、大いに泣け。
山本さんご本人にも、声を大にして言いたい。私はあなたの味方です。これからも素敵な作品を期待しています。頑張って!
▼山本幸久『ふたりみち』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322004000160/