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レビュー

ネットの世界は狭くて煩雑で面倒で――だけど素晴らしい。人と人とがつながる物語『おなじ世界のどこかで』

おなじ世界のどこかで』を読んでいると、インターネットによって私達が変わった部分と、変わらなかった部分に思いを()せたくなります。

 作中で描かれているとおり、今日、インターネットの使い方は多種多様です。クラスメートとSNSで会話する人もいれば、世界じゅうの情報に目を通す人もいます。写真や動画の公開に夢中になっている人、親子でオンラインゲームを楽しむ人もいます。
 多種多様に用いられるのが現代のインターネットですから、その望ましい使い方は人の数だけあるのでしょう。しかし大半の人は、自分の使い方こそがインターネットの常識だと思い込み、自分とは異なった使い方をしている人のことを忘れがちです。たとえば「SNSは、友達同士で楽しく」が常識になっている人にとって、SNSに社会問題を書き込む人は、想定外の、異質な他者とうつるでしょう。第一話の結衣(ゆい)(かえで)、第六話のゆきと母親の間には、まさにそうした違いが横たわっていました。
 現実の人間は異質な者同士で衝突しあい、わかりあえないまま平行線をたどることもありますし、インターネットには嘘やデマも流されています。作者の藤野恵美(ふじのめぐみ)さんも、そのことは重々ご承知でしょう。しかし本作所収の八つの短編は、インターネットを媒介物として人と人とが繋がりあっていくプロセスを、あくまでポジティブに描いています。『ハルさん』などの過去作にも言えることですが、藤野さんの温かくてしっとりとした筆致は、ポジティブな物語に素晴らしい読後感を与えてくれますね。本作の筆致や人物描写に魅力を感じた方は、是非、藤野さんの青春三部作(『わたしの恋人』『ぼくの嘘』『ふたりの文化祭』)も手に取ってみてください。喜びが待っているはずです。

 さて、インターネットが普及したことによって、私達のコミュニケーションは大きく変わりました。

 かつては仲間同士で寄り集まった時に交わされていた会話の多くは、SNSやLINEによってオンライン化され、自宅に帰った後もできるようになりました。本来、直接会った時だけコミュニケーションしていた私達が、いつでもどこでもインターネットで繋がるようになったがために、少し前はmixi疲れが、最近はLINE疲れが問題となりました。常時接続された毛づくろいコミュニケーションは、ときに、狭さと頻繁さが煩わしくなるものです。
 と同時に、オープンなインターネットに公開したメッセージはどこにでも届き、想像していなかった相手に、想像していなかった影響を与えるようにもなりました。第八話は、そういったオープンなインターネットの可能性を大きなスケールで描いたものでした。引きこもりの優哉(ゆうや)は、インターネットをとおして色々な人から影響を受けて、少しずつ変わっていきました。優哉としては、自分が拡散させたシリアの動画が二人の女子中学生の関係を変え、それがオオカミの動画となって手許(てもと)に返ってくるとは思わなかったことでしょう。そのような意想外な繋がりの連鎖によって優哉は海外へと(いざな)われ、ついにインターネットのルーツへと辿り着いたのでした。

 それでも作品全体から察せられるように、誰もがインターネットで繋がりあう時代になっても、そこにいる人間は太古の昔とさして変わらないままです。他者とわかりあえば嬉しくなり、抱擁をあたたかいと感じる――そんな人間同士が出会い、繋がりあって、影響を与えあうからこそ、インターネットは人の心を動かし、そこにドラマが生まれます。本書の八つの物語を、「ちょっとできすぎている」と感じた方もいらっしゃるかもしれません。が、二十年来インターネットに溺れながら生きてきた私としては、「現実のインターネットでもこういう繋がりってあるよね」と答えたくなります。なぜなら私自身、そうした出会いや繋がりを幾度となく経験して、たくさん心を動かされて、たくさんのドラマを目の当たりにしたからです。
 本書は「There is always light behind the clouds.」という言葉で締めくくられています。あれこれ想像を膨らませたくなる言葉ですが、私の第一印象は「(インターネットの)垂れ込めたクラウドの向こう側に、私達にとって本当に大切なものがある」でした。インターネットは素晴らしいツールですが、本当に肝心なのはツールではなく、ツールの向こう側にいる人間ではないでしょうか。インターネットをとおして起こる、「ちょっとできすぎている」物語とて、必ず人と人の間で起こっているものなのです。そのことを忘れずに向き合う限りにおいて、インターネットは基本的に良いものであり、人に希望を与えるものだということを、この本は思い起こさせてくれます。どうか皆さんも、良いインターネットと、良い人生を。

 
 
>>角川文庫創刊70周年 特設サイト


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