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レビュー

銃撃事件に愛人契約!?ミステリー作品の花嫁は、なかなか幸せになれないんです。『売り出された花嫁』

 大学生の塚川亜由美(つかがわあゆみ)とその友達の神田聡子(かんださとこ)、亜由美の両親である塚川貞夫(さだお)清美(きよみ)、清美とはメル友だという殿永(とのなが)部長刑事、亜由美の恋人の谷山(たにやま)准教授、そしてダックスフントのドン・ファンがメイン・キャラクターとなっての〈花嫁〉シリーズも、ずいぶん作品を重ねました。赤川作品ではじつに多くのシリーズ・キャラクターが活躍していますが、そのなかで〈花嫁〉シリーズの冊数はトップ3に入ります。
 事件簿の第一作『忙しい花嫁』は、亜由美が先輩の結婚披露宴に招かれていて、花婿の謎めいた言葉がミステリーとしての興味をそそっていました。華やかな会場にインパクトがあったからでしょうか、どうしてもこのシリーズでは結婚式が気になってしまいます。
 もちろん、結婚式でいつも事件が起こればいいなんてけっして(!)思ってはいませんが、新郎と一緒に式場に入ってきた花嫁が犬だった『毛並みのいい花嫁』、「僕を見張っててもらわないと、花嫁を殺してしまうかもしれない」とホテルのラウンジで亜由美が声をかけられている『許されざる花嫁』、大富豪の娘の結婚式で誘拐騒ぎが起こる『綱わたりの花嫁』といった事件は、とりわけサスペンスフルで……。
 ただ、やはり結婚式はできるだけ滞りなく進行したほうがいいのです。全体的に見れば、まもなく花嫁になりそうな女性が、そして花嫁に憧れている女性がトラブルに巻き込まれてしまった事件のほうが多いのではないでしょうか。
 たとえば、二〇一一年十二月にジョイ・ノベルス(実業之日本社)の一冊として刊行された本書に収録されている、「泣きぬれた花嫁」と「売り出された花嫁」です。この二作に結婚式で花嫁が祝福されている場面はありません。当然のことながら結婚式で事件も起こっていません。結婚への道筋を意識する女性が事件の中心にいるのです。
 タイトルに「花嫁」と(うた)われていながら、なかなか幸せな花嫁を目にすることができないのは、ミステリーの宿命でしょうか。コーネル・ウールリッチ『黒衣の花嫁』や泡坂妻夫(あわさかつまお)『花嫁のさけび』など、ミステリーと「花嫁」の相性は抜群なのです。
 しかし今、「花嫁」が危機を迎えています。婚活ということばがすっかり定着したように、さまざまな統計資料が晩婚の傾向の進んでいることを示しています。さらには非婚、すなわち結婚しない人もどんどん多くなっているのです。とくに二十一世紀に入ってから顕著です。花嫁が消えていく?
 そんなことはないでしょうが、婚姻率のような厚生労働省での統計資料は、婚姻届の届け出件数をもとにしていますが、結婚にはさまざまな形態があります。婚姻届や結婚式にこだわらない形の結婚はかえって増えているのかもしれません。と同時に、さまざまなスタイルでパートナーを見つけてくれる結婚相談所や合コンなど、出会いの場を求めている人も多いのも間違いありません。
「泣きぬれた花嫁」の久保寺結(くぼでらゆい)は二十一歳の女子大生です。合コンで一目惚れしたサラリーマンの原口(はらぐち)を、地下鉄の出入り口で待っていました。初デートなのです。ところが、約束の時間が過ぎても彼は現れません。ケータイもつながりません。本当に、彼は来てくれるのかしら?
 不安に駆られるその結に、四、五十人のデモの一団が近づいてきます。びっくりしたのは警官がそのデモ隊の倍以上もいることです。そして突然、地下鉄の駅から何人かの男たちが駆け上がってきて、機動隊へ殴りかかるのでした。ところが機動隊は、デモをしている学生たちに警棒で殴りかかるではありませんか。そして警棒は結にも……。
 じつは結は亜由美の高校時代の知り合いでした。「助けて……」という連絡を受け、亜由美は拘束されていた警察へ駆けつけます。殿永部長刑事の助けもあって結は釈放されましたが、病院に直行です。なんとか怪我は治ったのに、今度は亜由美の家に向かう途中でまた襲われてしまうのでした。政治や学生運動とは全く無縁の学生生活を送っていた女子大生が、強大な権力を手にしたある組織の奸計(かんけい)に翻弄されていきます。何も悪いことはしていないはずなのに、学校は退学となってしまいました。そして結は、なぜかびくびくしている両親に反発して、家を飛び出すのです。
 ただ、家出をして転がり込んだのが塚川家だったのは幸いでした。自分の娘にたいしてとはうって変わって、結を手厚くもてなす清美です。原口と喫茶店でデートするまで結は元気になりました。ドン・ファンと一緒にそこでボディガードをしていた亜由美が、結の事件の裏に潜んでいた企みに気づきはじめます。
 二十一世紀に入ってから赤川作品には、平和や正義への思いを託したもの、あるいは日本社会の危うい傾向に目を向けたものが目立ってきました。
 短編集の『悪夢の果て』と『教室の正義』、国家への忠誠を拒んで海外を放浪する作家が登場する『さすらい』、佐々本三姉妹がヒトラーの時代にタイムスリップする『三姉妹、ふしぎな旅日記 三姉妹探偵団20』、気鋭の女性ジャーナリストに殺人容疑がかけられる『落葉同盟』、一億円が平凡な女性会社員の運命を大きく変えてしまう『三毛猫ホームズの闇将軍』、ユニークな母娘が国際的な事件の真相に迫っている『セーラー服と機関銃3 疾走』などがあり、『イマジネーション』ほかのエッセイではより直接的な発言がありました。また、〈花嫁〉シリーズでも政治家の暗殺未遂事件が発端の『花嫁をガードせよ!』などがあります。
「泣きぬれた花嫁」では権力の乱用に立ち向かう亜由美たちですが、頼もしいのは殿永部長刑事です。「もともと、警視総監になりたいとは思っていませんでしたからね」などと亜由美に言う場面は、とくにシビれてしまいます。そしてラストにはじつに切ない結の言葉があるのです。そこにこの作品のテーマが凝縮されています。
 表題作の「売り出された花嫁」は、亜由美があるパーラーで「月にいくらなら承知する?」という言葉を耳にしたことが発端です。そしてすぐ銃撃事件が! 撃たれた大学生は一命を取り留めますが、本当に狙われたのは二十四、五の女性と愛人契約の交渉をしていた男でした。
 その女性、双葉(ふたば)あゆみの愛人契約にさまざまな人生が絡み合っていきます。大学生の母親が営む会社でアルバイトをする亜由美と神田聡子は、その人生の行く末を見守らずにはいられません。またここでも殿永部長刑事の絶妙なサポートが光っています。
 赤川作品の刑事といえば、個性的すぎる今野真弓(こんのまゆみ)大貫(おおぬき)警部、女性恐怖症の片山義太郎(かたやまよしたろう)、マザコンの大谷努(おおたにつとむ)永井夕子(ながいゆうこ)のワトソン役である宇野(うの)警部らがいますが、〈三姉妹探偵団シリーズ〉の国友(くにとも)刑事やこの殿永はまさに名脇役と言えるでしょうか。メイン・キャラクターを支える姿に惚れ惚れとしてしまいます。なれるものならこんな男性に……いや、もう遅いですね。
 月々の手当を示しての愛人契約が、いわば売り出された花嫁ということになります。きょうだいを思うあゆみの心情もまた、じつに切ないものがあります。
 婚姻率の低下ということで一九八〇年代に早くも問題となったのは、農村部での嫁不足です。そこで結婚支援事業に乗り出した自治体のなかには、国際結婚を進めたところもありました。経済的な事情も多分にあったでしょうが、アジア圏から花嫁が来日したのでした。結婚斡旋業者も加わって成婚率が高まり、農村の外国人花嫁が話題を集めます。
 しかし、なかには悪質なブローカーがいて、高額の斡旋料を要求したりしました。まさにそれは「売りに出された花嫁」だったのです。嫁ぎ先から姿を消してしまう外国人花嫁もいたので、その試みは下火になりましたが、インターネット社会の今、また国際結婚の機会が増えているようです。そして世界的に見れば、習慣や金銭的な問題から、人権をないがしろにされた「売りに出される花嫁」がたくさんいることを忘れてはなりません。
 ブライダル業界にはかなり詳しくなったはずの塚川亜由美ですが、谷山とのデートもままなりません。花嫁よりも事件、です。もともとは狩猟犬だったダックスフントならではの機敏な動きで、ここでも亜由美を随所で助けているドン・ファンもまだ独身ですが、どうやら彼は人間の美女がお好きなようなので、こちらも結婚は当分無理でしょう。
 そうそう、すっかり忘れていました。塚川夫妻です。少女アニメにぞっこんで涙もろい貞夫と、言動のどこまでが本気なのか分からない清美の微笑ましいやりとりは、痛ましい事件のことを一瞬、忘れさせてくれます。はたしてどちらからプロポーズした? 清美はどんな花嫁姿だった? これは〈花嫁〉シリーズの最大にして永遠の謎かもしれません。


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