文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説者:井家上 隆幸 / 作家)
八三年夏から八九年秋にかけて発表した五つの短編をまとめ、一九八五年度日本冒険小説大賞短編賞を受賞した『
なるほど、ここには『新宿鮫』シリーズにあるような〝現在性〟というか、新宿という喧騒猥雑な〝国際都市〟の〝
だが、そういう疑問も、大沢在昌の小説を〝源流〟に向かって
一九七九年、「感傷の街角」で第一回小説推理新人賞を受賞し、二十三歳でデビューした大沢在昌は、八三年に
レイモンド・チャンドラーによれば、ハードボイルドの主人公は「卑しい街をひとり
しかも、しばしば「大人の経験」というやつをつきつけられ、背伸びしてその世界に入っていかなければならない「新宿」とちがって、「六本木」は「大人の経験」を拒否することができる街だ。「人生経験」ということでいえば、真っ白な若者同様、真っ白な街だ。だから、大沢小説をお読みになればわかることだが、舞台は「新宿」ではなく「六本木」でなければならなかったのだ。
しかし、人はいつかは「大人」になる。人生の経験をつみ、自分の真っ白な部分を何色かに塗っていく。いかざるをえない。大沢在昌も、実人生の経験をつみ、作家として〝成熟〟していくにつれて、もはや透明な「街」では生きていけないという〝事実〟に直面する。当然、小説の主人公たちも、闘いの動機を問われて「退屈だったから」とだけいってはいられなくなる。
本書『深夜曲馬団』に所収の五つの短編は、そうした〝事実〟に直面した作家が、いってみれば、猥雑な「街」と「人」のなかに入っていくために、透明な「街」と「人」に
自分が殺した人間と似た顔を見るのが怖くなり殺し屋失格寸前の男と、心臓に死の病をもつ女。人間の存在に興味を失いはじめた写真家。かつて女を愛した写真家は男を被写体にしようとし、いま女を愛している男は写真家を抹殺しようとする。死に至る病の床にある女との別れは、男にとってはみずからの手で死をわけあたえること、写真家にとっては一枚の写真を撮ること。男はライフルで女を
かつて政府の裏組織「研修所」に所属し、本名も戸籍も抹殺された存在しない人間で、いまは六本木でバーのオーナーになっている私は、かつての愛人で、個人的
仕事、遊び、あらゆるしがらみから自分を解き放ち、二十年ぶりに帰ってきた田舎の廃屋。逃げたのではない。己れの肉体を試すために、だ。腕立て伏せ、腹筋、ヒンズースクワット、縄跳び、そして、ひたすら走ること。苦しい。虚しい。退屈だ。が、「B面のない人生はない。Bは犠牲にされるべきだ」と信じて生きてきたが、いま、AとBが交代する、その間にいるのだ。どちらがAでどちらがBかを決めるために、走る、そして──「インターバル」
六本木のジャズクラブのマスター、混血のマービン。裏の稼業は殺し屋。店で歌っている混血のキャサリンが、人売り組織の男とつきあっていると聞くが、キャサリンは組織に誘拐され海外に売られた親友と、その行方を追って殺された恋人の仇を討つためだという。その恋人を殺したのはマービン。キャサリンが近づいた男の属する組織は、マービンの「会」と同じ組織。マービンは男を尾行し、「会」のつなぎ役と争い、キャサリンを連れ出したポルシェを追って──「アイアン・シティ」
恋人の親友で、カンパニーに狙われている元右翼のボス楓紀望の妻静香に「主人を守ってくれ」と頼まれたプロサーファー赤座雄。
「会」から追われたところを救われたカンパニーに、楓を殺すよう強制され拒否したマービン。カンパニーの現場は「白」と「黒」に分裂している。マービンは「黒」に頼まれて、「白」の殺し屋を倒したのち、彼らが楓を襲撃する現場、山中湖に向かう。楓の別荘。深夜、雄と襲撃者の銃撃戦の中に割って入った「黒」。残された死体は四つ。「その男はどこだ?」と楓。雄が
と、こんなぐあいに、だ。
五つの短編(といっても、いずれもかなり長い)のうち、「インターバル」をのぞいて後は「殺し屋」が主人公である。彼らはいずれも、得体の知れない、というか国家の裏組織といっても
「男」たちがそうなのは、みながみな、もはや「ゲーム」に
こうした「若さ」への断念、「もはや透明では生きられぬ」という断念が、『夏からの長い旅』(85)から『氷の森』(89)をへて『新宿鮫』(92)にいたる作家大沢在昌の充実となってあらわれているのだと、わたしは思っている。
その意味では本書『深夜曲馬団』は、「六本木」から「新宿」へという、大沢在昌における「街」と「人」への関心の変わりようをうかがうには、
しかし、それにしてもである。普通ならばこれら五つの短編は、いずれもわたしに「長編」の材料になるだけのものだが、それを惜しげもなく「骨格」だけをえがいてみせた大沢在昌の勇気というか自信には、ただ脱帽するのみである。わたしは、こんど再読して、日本のハードボイルド小説の嫡子といわれる大沢在昌の世界をたっぷりとたのしんだ。読者もまた、心ゆくまでたのしまれたことだろう。
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