文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説者:
「ちょっとの間だけでも、あなたの脳をトランクルームとしてお借りしたく思いましてね。うちの大事なお客さまが、ステキな記憶が沢山ありすぎて、もうすぐ
「えっ、そんなことができるのですか」
「技術は日々進歩していますよ。とりわけこのお客さまの好奇心が並外れていましてね。受け入れてもらえると、預かっていただいている期間中、楽しいことをたくさん発見できます」
「それは魅力的ですね。では、どなたのものなのか、教えていただけないでしょうか」
「著名な作家さんというくらいにしておきましょう」
「なるほど。じゃ、どうして、私を指名してくださったのでしょう。もしかすると私を後継者にしたいとか。そう思われていたりすると、
「いいえ、そういうわけではまったくなく、あなたの脳にたっぷり空きスペースがあるとわかったからですよ」
*
もちろん、フィクションである。本当にあった。ということにしておいても私は困らないが、断じて世間は認めてくれないだろう。
ところで私は今、ゾクゾクしている。
さて、星新一と言えば、ショートショートを1001編以上書き上げた、日本が世界に誇るSF作家だ。本名が星
「星さんの作品は新しいという一語につきる。星さんの人柄は親しいの一語につきる」
作品を何度読み返しても新しい発見があるということは、納得してもらえるのではないか。本書の冒頭に「小説を読むということは、ひとつの出会いではなかろうか。どんな時代に、どう接したかである」と書かれているが、まさに名言だ。年を経て読み直せば、新しい発見があり、また楽しめる。
けれど、親しいという感覚はなかなかわかってもらえない。生身の作家に接する機会は多くないから当然だ。つまり、それを補っているのがこのエッセイということになる。ショートショートが「透明なユーモア」ならエッセイは「色のついたユーモア」だ。惜しげもなくアイデアが飛び出して来て、親しげに距離が縮まり、気持ちよく読者の脳が彩色される。
さて、本書は四つのエリアで構成されている。
最初の「あれこれの記」を読んでいくと、ズバリと言い当てる発見の楽しさ、「なぜ?」を見つけそれを解いていく楽しさが伝わってくる。
二番目の「好奇心ルーム」では、好奇心から問題解決、提案アイデアを披露するケースが多くみられる。特許など権利を取得されていたらと残念だ。ちなみに、この連載開始時の雑誌「ショートショートランド」にはこう書かれてあった。
星新一さんの「好奇心ルーム」がはじまりました。これまで気が付かなかった妙なこと、疑問に思ったことなど、おうせいな好奇心のおもむくままに書きつづっていただきます。
まさに依頼趣旨に沿ったできになっているので驚かされる。
そして三番目エリアでは、それが高みに達し、ついにショートショートが登場してくる。未完成作品を
私は、このエリアわけは『ショートショートの作り方を教えておられるステップになっている』と読み解いた。そしてまた、『発明を産む思考回路をオープンにしてみせた』ともとれ、輝く未来を持つ読者に大いに参考になると考えている。
そして最後のエリアは緊張緩和が必要と、旅行の話を持ってこられている。ただ、問題発見アンテナが相変わらず鋭敏な働きをしているのはお感じになった通りだ。普通の紀行文ではない。
本書はショートショートを1001編到達という快挙後に書かれたものだ。この偉業は相当なストレスを受けて達成されたので、おかげで本書は解放感に満ち溢れている。だから、他のどのエッセイ集よりも群を抜いて面白い。
ホシさんは東洋の思想家だ。だから神秘的な存在なのだが、本書ではイメージが随分と異なってみえる。星組の園児にもどったように無邪気で天衣無縫な生身の姿を
隠すつもりもないが、かくいう私は星新一ショートショートコンテスト出身者の一人だ。だから採点をされた側の人間である。が、実はこれまで、逆にホシさんのショートショートの選評をしてみたくてしょうがなかった。そうだ。ここで試みてみよう。やりたい放題だなぁ。いや、これも恩返しではないか、単なる仕返しととられては困るが。などと私はおそるおそる始めてみることにする。
本書の三つ目のエリア「虚々実々ガーデン」に、ショートショートの完成作品と未完の作品が掲載されている。本人が完成品といっているわけではないが、そう言っていい「終戦秘話」もある。その中から星三つをつけた五本を選んでみた。
「終戦秘話」。実名が出てくるので驚かされた。確かにこう解釈すると何故、終戦に至ったか、以降の戦後史も読み解けて納得もできる。
「どちらか」。
「最後の電話」。これは相当怖いオチだ。今にも実現されそうだから笑ってもおられない。
「地下の問題」。こんなことを考えてみたことはなかった。でも必ず起こっているだろう、知らないうちにでも起こっていそうだ。これはありえた歴史だと思う。
「しかけ」。作家の霊がとりつくアイデアだが、ホシさんの
ほかにも落語やコント、ジョークでたっぷり楽しませてもらえて、至福のひとときだった。まさに虚々実々。本書のハイライトというべきエリアだ。他の追随を許さぬ磨かれた感性の独壇場だ。やはり、ホシさんのお話はどれもこれもよくできている。
話は変わるが、今、ショートショートの創作講座がたくさん開かれている。いけば面白いアイデアがどうして生まれるかがわかると期待も高いからだろう。ある講座の先生は、「アイデアは情報の組み合わせから生まれるので、ランダムに言葉をつなげて、これは不思議な組み合わせだ、これまでにない斬新な気がするというものを見つけたら、そこから物語を作り出しましょう」と教えている。生徒も、ああこれは目から
私がこのやり方を思いついたのは、ホシさんと食事をしていたときのことだ。ホシさんがそのとき話された内容が本書の中にこんな文章となって出てきている。
歌詞のようなものは、用語の統計とコンピューターでの組合せで可能のようだが、とてもそうはいかないらしい。
作家をやっていると、そうだろうなあと思う。しかし、一般の人は、ふしぎがらないものだろうか。ひらめいた言葉が、メモする価値のあることを、どうやって気づくのかである。
つまり、そこが長い体験の上でということになるのだろう。あるところまでは教えられるが、それ以上となると感性の問題。(「しかけ」)
これなら面白い話が書けそうだというアイデアの種みたいなものが見つかってもそれがそうだとわかるのは、長い体験の上でということになる。しかしこの話を聞きながら、私は、『コンピューターの組み合わせで面白くなりそうな種を自分で見つけ出せたら、自分は書けると思ってくれるのではないか。成功体験を得たら、ショートショートを創作し続けてくれるだろう』と
ホシさんも、その試みを面白がってくださった。けれど公式イベントで実際にやったのは、それから随分経ってのことだ。星新一賞主催の創作ワークショップでとなったが、それも巡り合わせというものを感じてしまう。
前出のホシさんの言葉は名言で、感性を磨くのが最優先だということは自明の理だ。ホシさんの作品を(たまには江坂の作品も)読んで、ぜひ感性を磨いていただきたい。それしか教えられないなと思う今日この頃だ。
というわけで、本書は、他の追随を許さぬ磨き抜かれた感性のショーケースだと断言していい。この先、面白く生きていきたければ、この本を何度も読み返し、ピッカピカに感性を磨いていただきたいと願っている。むろん「好奇心トランクルーム」からの依頼を受け入れれば、感性が磨かれることは間違いない。
令和二年
▼星新一『あれこれ好奇心』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321902000597/