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レビュー

【解説:有栖川有栖】麻耶雄嵩からの挑戦状『友達以上探偵未満』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:ありがわ あり / 作家)

 たかは『翼ある闇』(一九九一年)でデビューして以来、本格ミステリの可能性を探求するがごときとがった作品を発表し続けてきた。あくまでもロジカルという姿勢を貫きつつ、本格ミステリという様式が「ああ、それは想定しておりませんでした」と動揺し、ギリギリときしむような独特の作風を確立させ、その果敢な挑戦はなおも継続している。

 よくあんなことを考えつくものだ。

 よくあんなふうに書けるものだ。

 と、私は二重に驚かされてきた。前者については、そんな頭脳を持っているからだ、と言うしかないとして、後者もただごとではない。謎とは、探偵とは、捜査とは、推理とは、伏線とは、手掛かりとは、解決とは等々、麻耶ミステリは隅々にまで本格ミステリへの批評精神が及んでおり、常に一筋縄ではいかない。

 その分だけ読み解く面白さがあるわけだが、読者をよほど信じなくてはできない筆法だ。「読者は理解してくれるでしょう。謎を追うのに夢中で読み飛ばしたとしても、何か感じてもらえるはず」ということなのか。破格の作家ならではの創作姿勢だ。

 そういう尖り方、前衛性をもって一部のこう的なマニアに歓迎されるだけではなく、キャラクターの造形や魅力的なゆがみを持った舞台・世界観の力もあって、非マニアを引き付ける点もまた破格の存在と言うしかない。


書影

友達以上探偵未満


 さて、本書『友達以上探偵未満』はというと──主人公は女子高生コンビで、筆致はいつもよりもライト。ボリューム的にもコンパクトだし、麻耶雄嵩への入門書としてふさわしいかもしれない。舞台となっている忍者としようの里・うえ市(現・市)は、作者の郷里でもある。伸びやかで楽しい印象(殺人事件が次々に起きるけれど)を受けるのは、そのせいもあるのかもしれない。

 筆致がライトといっても本格ミステリとしての中身はマニアもうならせるほどこってり濃厚で、最後まで読めば名探偵とその相棒のいわゆるワトソン役についての存在論が浮上するあたり、麻耶ミステリらしさがおういつである。

 いつもと少しばかり手触りが違うのは、本作の成り立ちが関係しているのだろう。

 冒頭の「伊賀の里殺人事件」は、二〇一四年九月にNHK BSプレミアムで放送された推理番組『謎解きLIVE』第二弾のために書いた犯人当てドラマの原案「忍びの里殺人事件」を小説化したものだ。あやつじゆきらスタジオのゲスト解答者がドラマの問題編を観ながら真相を推理し、視聴者もウェブサイトなどから参加できるという趣向の番組で、女子高生コンビの起用はプロデューサーの発案だったという。

 はっきり言って、そんな番組のために犯人当てドラマの原案を提供するというのは、最高にハードルが高い。一斉に謎に挑んでくる恐ろしい数の視聴者を出し抜いた上、解決編で「ああ、そう考えたら解けるのか!」と感嘆させなくてはならないのだから、これはもう至難の上にも至難のミッションだ。スタジオには解答者として京都大学推理小説研究会の大先輩がいたわけだし、相当なプレッシャーがあったはずなのに──出来映えの見事さは、お読みになったとおり。

 ちなみに、麻耶雄嵩×綾辻行人の勝負は出題者に軍配が上がったものの、解答者も善戦した──のだが、後日、綾辻さんは「やられた。あれはトラウマ作品だ」と筆者に語っていた。いなしの真剣勝負だったのですね。

 そんな「忍びの里殺人事件」を小説化するにあたり、互いに補完し合う探偵・ももとうえあおの桃青コンビを創り、さらに「夢うつつ殺人事件」と「夏の合宿殺人事件」を加えてできたのが『友達以上探偵未満』。最高にハードルが高い仕事をこなした後、同じ高さのハードルを二つ、自分で用意して跳んだわけだ。

 互いに補完し合う探偵コンビのユニークさについて論じる紙幅がないので、以下は犯人当てというテーマに絞って書こう。

「この小説は犯人当てになっています。次へ進む前に、しばし立ち止まり誰が犯人かを考えてみてはいかがでしょうか? 一句詠むだけでも構いません」と作者は三回も私たちを誘ってくれている。本書は麻耶雄嵩からの挑戦状なのだから、お誘いに乗ってゲームに興じない手はない。

 大多数の挑戦者をいっぺんに相手にした「伊賀の里殺人事件」に特に顕著なのだが、これは単に色々な要素が入っているから頭が混乱して解きにくい、という問題ではなく、突然の雨というハプニングや見立て殺人らしき状況に作者が持たせようとした意味を見抜かなくては解けない。「証言に噓が混じっていたから」「犯人しか知らない事実を知っていたから」という理由で尻尾しつぽつかめるようなものではなく、犯人当てのセンスが試される秀逸な問題である。この難問をテレビ番組の収録で解いてみろと言われたら、私などパニックに陥りそうだ。

 秀逸な問題であるのは「夢うつつ殺人事件」もしかり。加えて、この作品は真相が明らかになった時に脳内で再現される情景が忘れがたい。まるで遠い昔に見た夢と今朝の夢のつじつまがカチリと合ったような不思議な感触を覚えた。

 桃青コンビ誕生の瞬間にさかのぼった「夏の合宿殺人事件」の推理も切れ味が鋭く、読者の意表を突く。何が謎であるかを正しく見極めさえすれば解けるシンプルな問題なのに、私たちはそれを見落としてしまう。「こう書けば見落とす」ということを作者は知っている。かなわない。

 三本勝負のうち一つでも取れた方は、名探偵の素養がある。いかがでしたか?

 私は……正直に言うと、早く真相が読みたくて、あまり考えないままページをめくってしまったので、反省しながらちょっとネオ芭蕉風に一句だけ詠みます。

「夜なべして論理しみいる麻耶雄嵩」(夜なべ=秋の季語)

麻耶雄嵩『友達以上探偵未満』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000493/


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