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恒川光太郎の異界に迷い込む傑作ブラックファンタジー6編! 人を癒し、時には喰らう神とは……『無貌の神』


文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:ひがし まさ / アンソロジスト)

 本書『無貌の神』は、著者が怪談専門誌「幽」(メディアファクトリー→KADOKAWA)の第十九号(二〇一三年八月)から第二十五号(二〇一六年六月)まで(第二十三号のみ休載)連載した作品六篇をまとめた短篇集である。単行本は二〇一七年一月にKADOKAWAから刊行されている。

「幽」での連載には、本書に先立ち〈沖縄怪談〉と銘打たれた連作短篇集『私はフーイー』(二〇一二年/角川ホラー文庫版のタイトルは『月夜の島渡り』)があったが、こちらは特に連作的な縛りを設けることなく、持ち前の奔放なる奇想があふれ出るがまま書かれていて、あたかもファンタジーからホラーまでゆうずうに千変万化する恒川ワールドの万華鏡のごとき様相を呈している。

 実際、当時「幽」編集長を務めていた私は、担当編集者の次に新たな連載原稿をいち早く読めるという嬉しい特権を行使していたわけだが、本当に毎号、次はどんなテーマ、どんな趣向で来るのか、たのしみでならなかった。

 そういえば、新連載のへきとうを飾った「無貌の神」というタイトルを見て、『クトゥルー神話大事典』の著者である私は、おお、とうとう恒川光太郎がクトゥルー神話小説に進出するのか! イア! イア! と、歓喜のたけびを挙げて編集部の人たちから奇異の目で見られたものだが(〈無貌の神〉はクトゥルー神話の人気邪神ナイアルラトホテップの異称のひとつ……って、マニアックでどうもすいません)これは当方の早合点であった。

 とはいうものの、いずことも知れぬ時空を超えた集落に鎮座し、時に人を治癒し時に人を喰らう顔のない神という卓抜な着想といい、そこに隠された意想外にして残酷極まる真相といい、神話固有のアイテムこそ登場しないが、これはクトゥルー神話の開祖ラヴクラフトが提唱した〈宇宙的恐怖コズミツク・ホラー〉の精神と、大いに相通ずる作品であると舌を巻いた次第。

 続く「青天狗の乱」は一転して、なんと伊豆の流人島を舞台とした堂々たる時代小説である。

 交易船の船乗りのかたわら、江戸に残された流刑者の縁者から頼まれた差し入れを届ける副業にいそしむ語り手。あるとき、〈天狗に似ているが、天狗ともいいきれない〉化け物の面を託される。ただの天狗ではなく、の面という故意にあいまいにした表現が実に効果的で、後半の展開にうまく活かされている。

 三番目の「死神と旅する女」においても、冒頭の〈どうどうと、生温かい風が吹く日だった〉〈十二歳の少女フジは両はた躑躅つつじの咲く道を歩いていた〉と続くくだりからして、驚くべき用意周到さだ。

 何故なら、〈どうどう〉は宮沢賢治『風の又三郎』(後述の「廃墟団地の風人」にも言及がある)における、あの名高い〈どっどど どどうど どどうど どどう〉を経由して、やなぎくに『遠野物語』の〈サムトの婆〉のエピソード(神隠しに遭った娘が風の強い日に戻ってくる)を召喚し、〈躑躅の咲く道〉もまた、神隠しを描いて鮮烈な泉鏡花の小傑作「龍潭譚」を否応なく連想させるからだ。

 恒川作品の文体が、まったくといってよいほど奇をてらわず、常に平明かつめいせきでありながら、読む者にたいそうなまなましく、異界の感触と消息を伝えて余りある秘密の一端は、おそらくは、こうしたさりげなくこまやかな措辞のうちにひそめられているに違いない。

 さるにても、本篇の唐突すぎてがくぜんとする幕開けから、余情てん綿めんたる幕切れまで、一貫してみなぎる心地よい疾走感は、何とも素晴らしくて一読陶然とさせられる。これぞ、デビュー直後の大傑作「風の古道」(『夜市』所収)や、近年の「風天孔参り」(『異神千夜』所収)などと並ぶ神隠し小説の新機軸であり、異界小説の名手の真骨頂だろう(いずれもキイワードが〈風〉であることに留意)。

 一方、「十二月の悪魔」に描かれる異界は、カフカの流れをむかのような、不条理でへいそく的で、アイデンティティ・クライシスのかんせいに満ちた、一瞬たりとも油断のならない世界である。令和日本の現状を踏まえて読むと、よりいっそう身につまされるような……。

 恒川氏には、一風変わった幽霊譚の佳品も少なくないが、「廃墟団地のかぜびと」もまた(これまた風!)、ひねりの利いた心霊スポット小説でありジエントル・ゴースト物語・ストーリーであって、孤独な少年たちの幽冥さかいを隔てた交感と友情の物語として、忘れがたい余韻を残すことだろう。

 さて、かくして本書のとうを飾る屈指の名作「カイムルとラートリー」がやってくる。

 発表順では三番目に書かれた作品だが、あえて巻末に据えられたことからみても著者自身、並々ならぬ自負があるのではないかと察せられる。

〈ラートリー〉とは、古代インドにおける夜の女神の名であり、本篇の舞台も明示こそされていないものの古代インドを前提に考えてよかろう。

 人語を解する神秘的な〈こんろんどら〉の愛らしさやけなさ。下半身の不自由な姫君との運命的出逢い──この作品には、現代日本においてなる物語の語り部というべき恒川氏の美質が十全に発揮され、まさしく神話的な高みへと達しているように、思えてならない。とりわけ恒川文学の真髄たる無量のの感覚を喚起せずにおかない幕切れの素晴らしさよ……(またもや風!)。

 掲載号の校了時、編集者として、傑作を世に出すよろこびにふるえたことを懐かしく想い出す。

 かくして本書に収められた粒りの六作品は、ひとつとして同じ傾向の作品がなく、変幻自在な恒川作品が有するさまざまな特質をたたえて比類がない。

 恒川光太郎という唯一無二の作家の多面的な魅力を一巻に集約した作品集として、ファンはもとよりビギナーにも最適な書であると信ずる。

 ちなみに私は「幽」の前に「幻想文学」という雑誌の編集長だったわけだが、二〇〇五年、第十二回の日本ホラー小説大賞授賞式の挨拶で、恒川氏がみずからに影響を与えた雑誌として、同誌の名を挙げたときの望外の感激は、今に忘れがたい(もっとも私は所用で遅刻をして、肝心の瞬間には立ち合えなかったのだが。ああ痛恨)。

 あれから十五年余が経ち、あのときの若者が、こうして現代幻想文学の新たな可能性を追求する活躍を続けていることに、心からなる称讃とエールをおくりたいと思う。

  二〇二〇年三月

恒川光太郎『無貌の神』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322001000223/


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