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レビュー

恒川光太郎が描く濃密な死のファンタジー。この壊れやすい世界に新たな伝説が生まれる『異神千夜』

 ご本人が嫌がるかもしれない、ということを覚悟で申し上げると、恒川光太郎(つねかわこうたろう)(かお)は宮沢賢治に似ていると思う。直接お会いしたことはなく、授賞式の壇上で挨拶される姿や写真でしか見たことはないのだが、かなり前から「似ているなあ」と思っていた。
 それは多分にデビュー作である『夜市』(角川ホラー文庫)や『草祭』(新潮文庫)などを読んだ後に感じた〝現実と繋がる非現実な空間〟を描いた物語の肌合いが、幼いころに経験した賢治の『風の又三郎』や『銀河鉄道の夜』を髣髴(ほうふつ)とさせたせいなのかもしれない。
 多くの恒川光太郎ファンが魅了されるのは〝あの世とこの世の(あわい)〟の物語。インターネットが世界を駆け巡り、ロボットがホテルの受付をして、携帯電話で瞬時に相手と連絡が取れる21世紀の現代においても、子どもはやはり闇が怖い。夜中の鏡、街灯の暗がり、天井の物音、トイレの中。何かがいる、何かを感じる。日本人の記憶に刻まれている独特の異世界を、恒川光太郎の小説は呼び覚ましてくれるのだ。
 この『異神千夜』もまた、その恒川ワールドを如何(いかん)なく味わわせてくれる短編集である。
 表題作である「異神千夜」は、鎌倉時代の元冦に巻き込まれた男の半生を描く。恒川の小説には珍しい、史実を下敷きにした作品だ。天下の大乱に乗じて大陸から日本にやってきた窮奇(きゅうき)という妖怪とその使い魔である(いたち)のような生物のリリウは、時とともに闇に消えていく。
 続く「風天孔参り」は一転して現代と思しき時代が舞台だ。
 道路の向こうは樹海という人里離れた山小屋に都会を逃れてやってきた若い女性が、五十代の主人を魅了する。彼女の過去と、時折やってくる風天孔参りの奇妙な客たちによって、彼の運命は一変する。これもまた、この世とあの世をつなぐ物語だ。
 三作目の「森の神、夢に還る」は(あや)かしの者である私自身の告白記となる。
 何かに憑依することができる(かすみ)がごとき存在である私に選ばれたのがナツコという美しい女だった。戦後の高度成長期に上京し、仕事を持ち親友もできた普通の女性の生活を私は楽しんだ。だがあることから、私の昔の憑依先の記憶が(よみがえ)る。きっかけになるのは鼬行者という占い師との出会いだ。彼は何者だったのか。
 最後の「金色の獣、彼方(かなた)に向かう」の舞台は現代とはそう遠くない少しだけ昔の物語。少年と少女が飼うことにしたルークと名付けた金色をした鼬のような生物。鼬行者に飼われていたルークは彼らに不思議な光景を見せてくれる。
 この鼬のような生物は日本の昔話に出てくる管狐(くだぎつね)を想定したと「文蔵」(PHP研究所2012/1月号)で語っている。体の長い狐とは、すなわち鼬のことなのではないか、と。
 民俗学者の谷川健一(たにがわけんいち)は著作『神・人間・動物』(講談社学術文庫)のなかで、管狐をこう定義している。

 クダ狐というのは竹のクダに入れてもちあるくことのできるくらいに小さな狐であるといわれている。しかし、私はクダというのはマキなどの語のように、一族をあらわす語から来ていると考えている。つまりクダ狐は一族の象徴なのである。  このクダ狐のことを三河ではイヅナ持ちと呼んでいる。(中略)  イヅナの法にはインドの荼枳尼天の信仰がからみあっている。荼枳尼天というのは自在な通力をもち、六か月まえに人の死を知り、その心臓をとって食う恐ろしい女神とされている

 確かに本書のどの物語も女性が鍵となり男を狂わしている。荼枳尼天(だきにてん)は天女の姿をした夜叉(やしゃ)。昔からいわれる「狐憑(きつねつ)き」になるのも女性がほとんどだ。恒川光太郎という作家は女性に対し、畏敬と畏怖を同時に持ち、それを物語に昇華させているのではないか。
 だが恒川は鼬を使った意外な理由も明かしている。ルークという魅力的な獣について尋ねられると、

これを書いていた頃はイタチが好きだったんです。ペットが飼えない家だったので、ペットに対する憧れがすごくありますね。ネットでペットの動画をずっと見ていたりします。フェレットや犬がすごく可愛い

WEB本の雑誌「作家の読書道」

 ともあれ、バラバラに見える4つの短編を通して読み終わると、この鼬のような生物に(いざな)われた人々の姿が浮かび上がってくる。大陸から渡ってきた妖獣が、時代を超え姿を変えて人間に憑き、幸も不幸もともに経験してきたのだと読者は感じるのだ。
 身近に死を感じるのも、本書の特徴だろう。死の向こう側にあるものを感じることや、死を目の前で見ることは普段の生活にそうあるものではない。
 だが毎年のようにおこる自然の大災害、特に東日本大震災の阿鼻叫喚を映像で見た日本人の多くは、死生観を大きく変えた。
 単行本上梓時に受けた著者インタビュー(双葉社)ではこう語っている。

今回、「異神千夜」では伝説が生まれる瞬間を書こうという目論見がありました。そして生まれた伝説は、時代を超えて新たな物語に繋がり、「金色の獣、彼方に向かう」で、まだどこかに消えていく。「風天孔参り」には金色の獣は出てきませんが、死の気配が濃厚に漂っているという点では他の三篇と共通しています。全体がこういうトーンになったのには、震災の影響もあるかもしれない

 本書は、恒川作品の中で、第12回日本ホラー小説大賞受賞作である『夜市』のような日本土着の怪談に近い系譜に入る。自分の親や祖父母、あるいは友だちに降りかかった都市伝説のような物語。
 だが恒川ワールドにはもうひとつの舞台がある。それは異世界を描く壮大な物語だ。
 江戸時代を背景に使いながら、金属でできた謎の生命体「金色様」の活躍を描く『金色機械』(文春文庫)は、抜きんでた構成力と描写力、そして発想のユニークさが認められ第67回日本推理作家協会賞を受賞した。
 さらに異世界ファンタジーの超大作、『スタープレイヤー』と続編の『ヘブンメイカー』も忘れてはならない。
 この二作には正直驚かされた。最近流行の異次元世界に転生した人物が特殊なアイテムを駆使して旅する物語だからだ。だがそこは恒川光太郎、ファンタジーの力量が違う。普通に生きていた人間が、知らない土地に送り込まれたとき、どのように社会を構築していくかという、現実的な問題を突きつける。東日本大震災で流され、跡形もなくなった土地や人間関係をまた一から作り上げている人たちにとって、身近に感じる物語かもしれない。
 そして2018年5月に『滅びの園』(KADOKAWA)が上梓される。デビューから10年。この小説は恒川光太郎の今まで描いてきた小説世界の集大成となるだろう。
 地球自体に寄生したある物体により、異星物に侵略され、人類は滅亡が危ぶまれていた。だがひょんなことから、その寄生物のなかに一人の普通の男が取り込まれてしまう。中の世界で生きて行かなくてはならなくなる男と、侵略を受ける地球を守るために組織される決死隊の対比は鮮やかで、ディストピア小説の決定版と断言してもいい。
 私は文字通り、寝るのも忘れて読み(ふけ)った。恒川ワールドのファンならば大喜びするような、土着的で民俗学的なホラーと、異世界ファンタジーが融和したスケールの大きな小説となっている。
 それにしてもこの想像力はどこから湧き出てくるのだろう。小さい頃は佐藤さとるのファンタジー童話集と子供向けのSFシリーズが好きだったと聞けば、納得はできるものの、やはり小説家になるべくしてなった人なのだと思う。
 恒川光太郎がどんな小説を書いていくのか、とても楽しみだ。『指輪物語』より『ナルニア国物語』より、そして『ハリー・ポッター』よりも壮大な物語を編んでほしい。一ファンの願いである。


 
>>角川文庫創刊70周年 特設サイト


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