核戦争、地殻変動、パンデミック、宇宙人襲来……。これまで、小説や映画の中で、さまざまな〝世界の終わり〟が描かれてきたが、こんな終末は初めてだろう。恒川光太郎の新作長編『滅びの園』は、すばらしくユニークで型破りな終末もの。したがって、より純粋なサプライズを楽しみたいなら、以下の紹介は(本の帯やネット上の宣伝文も)見ずに、いきなり中身を読むことをお勧めするが、ここでは、懐疑的な読者のために、ひとまず小説の冒頭部分をかいつまんで説明する。
前段で〝終末もの〟と書いたけれど、そもそも『滅びの園』は、そんなふうには始まらない。第一章の主人公・鈴上誠一は、東京都稲城市在住の会社員。ブラック企業体質の職場で毎日のように怒鳴られている彼は、ある日、外回りの途中、見知らぬ駅でふと電車を降りる。重要な書類の入った鞄を車内に置き忘れたことに気づくが、なにもかも面倒になり、そのまま駅を出て歩き出す……。
疲れたサラリーマンの〝蒸発〟劇のようだが、読み進むうち、どうも(小説の)様子がおかしくなってくる。誠一が見知らぬ駅で降りたのは一月だったのに、次に目を開くと、そこは桜の花びらが舞う広場のベンチ。道行く人に訊ねても、だれも東京を知らない。やがて、親切な洋菓子店主に空き家を紹介してもらった誠一は、かつて魔女が住んでいたというその家で暮らしはじめる。必要なものは人々がプレゼントしてくれるし、山で拾った金塊を鉱物商に持っていくと高額で買いとってくれる。何の不自由もない、気楽でのどかな生活。波乱と言えば、ときおりグロテスクな魔物が現れることだが、それは街の人々が団結して素早く退治してしまう。
まるでおとぎ話のような日々だが、元の世界との接触が完全に絶たれたわけではなく、ときおり郵便物が届く。最初は妻から、「会えなくて寂しい」という私信。次は内閣総理大臣から、「国は総力をあげて、あなたの救出に挑む所存であります」とのメッセージ。そして三通目の差出人は、「防衛省・異空間事象対策本部」。手紙の事情説明によれば、二〇XX年一月十九日の早朝、〈未知なるもの〉が地球に飛来。その後、プーニーと呼ばれる白い不定形の生きもの(別名、宇宙粘菌)が各地に発生し、あらゆるものを侵食している。プーニーと遭遇した人間の多くが無気力と自殺願望に取り憑かれ、人類文明は崩壊の危機にある。〈未知なるもの〉は、地球にへばりつく巨大なクラゲ状の生命体で、みずからが大気圏上につくりだした〈想念の異界〉の中にいる。〈未知なるもの〉には核があり、そのすぐそばに、ひとりの人間が取り込まれていることが判明した。その人間こそ鈴上誠一であり、人類を救う最後の希望なのである。
――と、驚愕の事実が明かされるところまででだいたい五十ページ。ここを境に小説はファンタジーからSFに転調し、第二章からは、プーニーが大量発生する日本で暮らす人々の話が入ってくる。新たな主人公のひとりは、中学一年のときに1・19の火球を目撃した相川聖子。全国民を対象とするプーニー耐性調査の結果、抵抗値がきわめて高いことがわかり、中学生ながら、災害対策チームにスカウトされる。つまり、滅びゆく世界にあって、絶望的な状況下でベストを尽くし、なんとか踏みとどまろうとする人々のドラマが、誠一の穏やかな日常(およびそこに忍び寄る不吉な影)と対比されるかたちで描かれることになる。対照的な二つの世界は、いったいどこでどう交わるのか?
最初はほとんどギャグにしか見えないプーニーが、鮮やかな描写と緻密なディテールによってどんどん存在感を増し、リアルなサバイバル・サスペンスへと変化してゆくのが読ませどころ。現実と虚構を往還しつつ、物語は救済と破滅に向かって突き進んでゆく。
現実世界で起きた二つの大きな災厄(9・11と3・11)を参照しつつも、小説はカタストロフを超えて、思いがけない美しい場面にたどりつく。深く胸を打つ、かつてない〝終末〟の物語だ。
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