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レビュー

自らを神と名乗る先導者は、やがて次の神に倒される――手塚治虫が遺した最後の「火の鳥」『火の鳥12』


【解題】 手塚治虫の死と『火の鳥』


癌に侵されていた神様


『野性時代』で「太陽編」の連載が終わったのは1988年2月号。この年の手塚は、年初から多忙が続いていた。1月10日にはTBSテレビ系の人気番組『テレビ探偵団』にゲスト出演。1月29日には「戦後漫画とアニメ界における創造的な業績」により朝日新聞社から「朝日賞」が贈られ、同日、毎日映画コンクールでも実験アニメ『森の伝説』に対して第26回大藤信郎賞が贈られた。手塚にとっては嬉しいW受賞だった。
 2月13日には有楽町マリオンの朝日ホールで「朝日賞」の受賞記念講演を行い、同時に実験アニメ『森の伝説』の上映を行って喝采を浴びた。
 埼玉県新座市で進めていた新スタジオの工事も順調で、春にはアニメ部門の移転が決まり、その準備にも追われていた。
 しかし、この頃から手塚は体調不良を覚えるようになっていた。とくに腹部の痛みがひどく3月15日には半蔵門病院に緊急入院。難治性胃潰瘍と診断されて、3月17日に第1回目の手術が行われた。退院は5月12日。この間にあるじがいないままに手塚プロのアニメ部門は新座スタジオに引っ越している。
 退院後の手塚はげっそりと痩せて、周囲を心配させたが、本人は精力的にマンガとアニメの仕事に戻った。それだけではなく、6月24日には『週刊ポスト』の取材で来日中のジョージ・ルーカスと対談。6月26日には渋谷西武のシードホールでカナダのアニメ作家で、『木を植えた男』などの作品で評価されているフレデリック・バックとトークショーを行った。8月9日には『SPA!』の取材で『ロジャー・ラビット』などのロバート・ゼメキスと対談。9月にはスペインのエピサテレビ局が新座スタジオで手塚へのインタビューを行うなど、文化交流の仕事も続けていた。
 アニメ『森の伝説』が、日本だけでなく世界からも高い評価を受けたことも手塚を元気づけていた。第8回サグレブ国際アニメーションフェスティバルで青少年映画賞を受賞するなどしたのだ。
 体力さえ回復すれば、以前にもまして精力的にマンガとアニメに取り組むことができるようになる、と手塚自身が信じていた。だが、3月の手術ですでに手塚の体には胃癌が見つかっていたのだ。

最後の仕事


 このときの手塚の連載は、『週刊朝日ジャーナル』の『ネオ・ファウスト』、『ビッグコミック』の『グリンゴ』、『コミックトム』の『ルードウィヒ・B』の3本。ほかに、武田薬品の保健薬「パンビタン」の広告マンガ「健康家族シリーズ」を不定期に描いている。アニメはNHKで89年春から放送予定の『青いブリンク』(原案・総監督)や89年秋スタート予定の『ジャングル大帝』(キャラクターデザイン)、日伊共同で製作中の『聖書物語』(原案・構成・キャラクターデザイン)などが進行中で、『森の伝説』パート2の準備も進んでいた。
 ほかに、手塚は講演などの仕事も続けていた。11月1日には母校である大阪教育大学附属池田小学校(手塚が通っていた頃は大阪府池田師範学校附属小学校)の創立80周年記念式典で講演。前日には小学校の同級生・大森俊祐の依頼で、彼が校長を務める大阪の豊中市立第三中学校で生徒たちを前にした講演も行った。
 このとき手塚はいったん大阪から東京に戻って芝の東京プリンスホテルで缶詰になって『グリンゴ』の原稿を仕上げ、再び大阪に向かうという強行スケジュールをとっている。
 11月3日には開館したばかりの川崎市市民ミュージアムで開催中の特別展「手塚治虫の世界」を見学。
 さらに、11月8日には第1回上海国際アニメーションフェスティバルに国際審査員として参加するために空路中国の上海まで向かった。手塚は中国のアニメ作家たちと、アニメフェスティバルの実現に向けて、長年協力してきており、審査員としての参加は仲間との約束を果たすという意味があった。フェスティバルの後、15日に北京に向かい、18日に帰国。だが、この時すでに癌は肝臓に転移していた。
 帰国してまもなく、無理がたたって体調を崩した手塚は再入院。それでもなお病室で仕事は続けた。
 手塚プロ社長で、長年マネージャーとして手塚を支えた松谷孝征は手塚をなんとか休ませようとしたが、手塚は「頼むから仕事をさせてくれ」となんども口にした。『聖書物語』は病室に映写機を運ばせて完成部分のチェックを行ったという。
 12月5日に再手術が行われたが、1989年2月9日、手塚は帰らぬ人になった。
 3月2日に東京都青山葬儀所で営まれた本葬には、マンガ家、編集者、アニメ関係者、ファンなど6000人が参列してマンガの神様との別れを惜しんだ。

幻になった「大地編」


 連載中だった『ネオ・ファウスト』『グリンゴ』『ルードウィヒ・B』の3作品は未完となり、テレビアニメは手塚プロダクション・アニメ部の手で完成された。『森の伝説』はスタッフと長男のヴィジュアリスト・手塚眞の手で今も製作が継続されている。
 そして、『火の鳥』である。「虫ヴォイス」に収録した手塚治虫最後のメッセージにもあるように、『火の鳥』の続編としては日中戦争時代の上海から楼蘭ロウランを舞台にした「大地編」の構想がすでに進められていた。手塚がどのようなストーリーを考えていたのか、いまとなっては知るよしもないのだが、ヒントになりそうなものとして、1989年2月8日から東京・渋谷の全労済ホール/スペース・ゼロで公演されたミュージカル『火の鳥』のために手塚が書いたシノプシスがある。舞台はやはり日中戦争下の上海で、日本人の青年将校として未来編のロックの先祖なども登場する内容になっている。
 この原稿は14巻に収録予定なので期待していただきたい。
 長年、手塚は「『火の鳥』は過去と未来から交互に描いて最後は現在で終わる。現在とは、作者が死ぬとき」と語ってきた。その現在がやってくるのは、ちょっと早すぎたのかもしれない。


書誌情報はこちら>>手塚治虫『火の鳥12 太陽編(下)』

<<【解題】古代国家「日本」の誕生と白村江の戦いと壬申の乱(『火の鳥11 太陽編(中)』)


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