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レビュー

「火の鳥」のもう一つの顔が明らかに!? 漫画の神様が大胆な構成変更をほどこした『火の鳥9』

 

未来が舞台の中編2作をカップリング


 角川文庫版『火の鳥』3巻と同じく、この9巻も、それまでに虫プロ商事や朝日ソノラマ(現・朝日新聞出版)から出た単行本や講談社版『手塚治虫漫画全集』とは大きく異なった構成になっている。
 従来の単行本では、「ヤマト編」と「宇宙編」がひとつに、「異形編」と「生命編」がひとつに、それぞれカップリングされていたが、角川文庫版では3巻に過去の世界を描く「ヤマト編」「異形編」を、9巻に未来の世界を描く「宇宙編」「生命編」を収録している。これによって、巻ごとに過去と未来が交互に登場するという構成につくり替えられたわけである。
 6巻の解題にも書いたとおり、文庫版の底本になった角川書店のハードカバー版はこれまでに『火の鳥』を読んだことがない大人の読者を意識してつくられていた。そのため、初めて『火の鳥』を読む人にもわかりやすい構成にする、という意図で入れ替えが行われたのだ。
 さらに、このあとに続く「太陽編」の上巻が、663年10月の「白村江の戦い」から始まることも影響している。
「太陽編」は7世紀の日本と近未来の日本が結びついた構成になっているが、10巻では「白村江の戦い」から672年の「天智天皇崩御」までの過去の世界を描いているので、ここでも未来から過去へとスムーズに繋がる仕掛けになっているのである。

ミステリタッチと斬新なコマ割り


「宇宙編」は虫プロ商事の月刊誌『COM』の1969年3月号から7月号に連載された中編である。
「COM名作コミックス」として刊行された総集編単行本3巻のあとがきで手塚は「第四部はミステリー仕立ての短編です。第三、第四部とも、一部、二部にくらべると比較的短い構成ですが、『火の鳥』の中には、いろいろなスケールのものがあってよいと思い、ときには四コマものなどもいれるつもりです」と書いている。
 舞台になるのは西暦2577年。未来編の3404年からは827年遡った時代になる。また、復活編のレオナとチヒロの物語の冒頭は2482年。ロビタの集団自殺事件が3030年で、最後のロビタが猿田さるた博士に拾われるのが3344年。時系列で考えると、レオナの事故の95年後、ロビタ集団自殺の453年前という位置づけになる。
 ストーリーの前半は手塚も言うとおり、地球に帰還する途中の宇宙船で起きた密室殺人事件として語られていく。
 乗組員は5人。そのうちひとりが交代で1年間操縦室に座り、残りのクルーはコールドスリープを続けて地球への旅を続ける予定だった。しかし、突然のショックで全員が目覚めてしまう。船が小惑星にぶつかったのだ。操縦席には干からびてミイラのようになった当番の牧村まきむら隊員が座り、隊長は肘掛に「ぼくはころされる」という文字を見つける。
 密室、ダイイングメッセージ……ミステリファンがわくわくするような展開だ。
 隊員たちは壊れた宇宙船を見捨てて、半年分の食糧と1年半分の燃料を積んだ個人用の救命ボートに乗って船を離れ救助を待つことになる。
 ボートは4台のはずだったが、なぜかもう1台のボートがあとをついて来る。乗っているのは牧村の幽霊? ここからは怪奇要素も加わる。
 通信によってしか繋がりを持つことのできない隊員たちを描いたコマ割りは、連載当時は斬新な表現としてかなり話題になった。『COM』という雑誌は中学・高校生の熱心なマンガファンを意識していたので、こういう冒険もできたのである。
 彼らは死んだ牧村の思い出を語るが、その一つ一つが相矛盾していて、牧村の実像は話をすればするほど見えなくなる。
 掲載順を入れ替えたことで、読者の牧村像はさらに混沌とする。牧村は、「望郷編」でロミやコムとともに地球への旅を続ける地球連絡員の牧村なのだ。読者は牧村のもうひとつの姿を知っているから、ますますその実像は曖昧なものになる。
 さらに、「望郷編」で宇宙には多様な生命が存在することが語られた結果、後半の流刑星に生息する不思議な生命のことも受け入れやすくなる。
 角川版での収録作の変更が、単なる入れ替えでなかったことはこれでもわかるはずだ。

未知のクローン技術を作品に


「生命編」は、朝日ソノラマの月刊誌『マンガ少年』の1980年8月号から12月号に連載された。
 この年の3月には手塚が原案・構成・総監督をつとめた劇場用長編アニメ『火の鳥2772』が公開され、7月にはアメリカ・サンディエゴのコミックコンベンションに参加。8月にはトロント国際アニメーションフェスティバルのためカナダへ旅行。11月にはアニメ作家交流のため中国にも出かけている。さらに、10月からは手塚プロダクション製作の新作『鉄腕アトム』の放送がスタート。第1話、第2話、第9話では脚本も担当するなど超多忙なスケジュールが続いていた。
 そのせいもあって連載中から描き足りないものを感じていた手塚は、単行本化に際して大幅な修正を加えている。最も大きな変化はラストだ。オリジナルでは青居あおいはハンターに殺される設定だったが、単行本ではクローン工場を破壊して死んでいくというものに描きかえられたのだ。
 舞台になっているのは2155年。作品の時系列で言うと、「宇宙編」からは422年遡った、近未来ということになる。
 連載当時は、クローン技術は話題になり始めていたが、まだ魚や両生類で実験されている状態。有名なクローン羊・ドリーが誕生するのは1996年。手塚は、当時まだ夢物語とされていた未知の技術に早くも目をつけて、『火の鳥』に取り入れていたわけだ。
 また、類似を指摘されることの多いリチャード・バックマン(スティーブン・キング)原作の映画『バトルランナー』の公開は87年。原作の出版は82年である。

「宇宙編」と「生命編」の共通点


 さて、「宇宙編」と「生命編」には共通点がある。
 ひとつは「他人の生命をないがしろにした者が報いを受ける」というテーマだ。
「宇宙編」では、牧村が行った惨殺に対する報いと、赤ん坊を殺した猿田とその血を引くものに与えられた永遠の報い。「生命編」では、視聴率競争のためにクローンを使った殺人ゲームを企画した青居に与えられた報いだ。
 もうひとつは、これらの報いを、火の鳥がフレミル人や鳥女の姿で現れて直接実行しているという点だ。
 作品に登場する火の鳥は、狂言回し役として全編に関わっているが、あくまでも地上の生き物たちの営みを見守る存在。火の鳥には善も悪もなく、それらを超越した宇宙生命が火の鳥だと思われていた。
 しかし、「宇宙編」「生命編」では、宇宙人の女、あるいは宇宙からインカにやってきた鳥女という実体をもって登場し、牧村や猿田、青居たちの犯した悪行に対して厳しい罰を与えることになる。
 手塚自身は火の鳥について固定したイメージを読者に与えるのは良くないと考えていたのだろう。
「鳳凰編」や「乱世編」のように、火の鳥が生きている登場人物と直接関わりを持たない作品もあれば、実体をもって登場人物に関わる作品もある。アニメの『火の鳥2772』には獰猛な火の鳥も登場する。
「関わる者の心の持ち方でさまざまな姿に見えるのが火の鳥」ということを示そうとしたのがこの2作ではなかったか、と思われる。
 発表媒体も発表年も異なっているが、同じテーマを持った同質の作品をカップリングしたことで、手塚が伝えたかったものがはっきりと見えてきた、というのもこの角川文庫版の特徴といえるだろう。


>>手塚 治虫『火の鳥9 宇宙・生命編』


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