多くの歴史小説は、特定の人物を主役においた一代記の形を取り、長い期間を扱う。一方、僕の歴史小説は、合戦を主体として扱い、その関係者をそれなりの数描く群像劇のような形を取り、取り扱う時間も短い。例えば、『のぼうの城』は天正てんしょう10年(1582年)が始まりではあるが、小説のほとんどを占めているのは、天正18年(1590年)の秀吉の小田原攻めにかかわる事柄で、期間は4カ月ぐらいである。
『忍びの国』は、天正4年(1576年)が始まりではあるが、主体となるのは天正7年(1579年)の第一次伊賀攻めにかかわる事柄。途中1年間ほど時間が飛ぶが、小説の大部分をこの合戦の前後、数日間を描くことに費やしている。
『村上海賊の娘』も同様で、最後のエピローグを除けば、ずばり天正4年の4月から第一次木津川きづがわ合戦の勃発した7月までの3カ月間の出来事が全部である。
 短い期間を取り扱いながらも僕の小説が長編小説なのは、出来事をシーンとしてとらえ、極力具体的に描くことを心掛けているからだ。
 この『漫画版 日本の歴史 8』を読んで思い出したのは、こうした「シーンとして歴史をとらえ直す」という考え方である。ページ数に限りがあるので、漫画のに概要説明が載るというコマが多いのは仕方がないが、なるべく具体的にシーンとして歴史を描き、セリフによって歴史をみせようという姿勢に大変好感を持った。
 一方、本書を読みながら、僕が前記の小説を書いていた際、「これはちょっと困らされたなあ」と思い起こされたこともある。それが、「天正4年の安土城問題」である。
 本書でも天正4年に信長が安土に城を築き始めたことが記されており、3年後の天正7年に完成したことにも触れられている。この記述のうち省かれているのは、天正4年の2月23日の段階で、信長は岐阜城からさっさと安土に引っ越しているということである。
 信長はその後の武将とは異なり、天守閣に居住したと知られている。従って天正4年に引っ越したとなると天守閣に引っ越したのかと思いたくなるが、天守閣が完成し、そこに信長が住み始めるのは天正7年のことで、本書でも天守閣の完成をもって城の完成としているのである。
 だが、天守閣ができるまでの間、信長が安土のどこに住んでいたかというとこれが良く分からない。安土山のどこかに御殿でも建て、そこに住んでいたのだろうと想像はされるが、決定打はないのである。
 先にも書いた通り、僕の小説には、「天正4年」という年がよく登場する。
『忍びの国』では冒頭、北畠きたばたけ具教とものりが家臣に暗殺されるのが天正4年11月。このくだりの中で、史実にはないことだが、信長が暗殺現場に登場する。設定上はこの信長は京都からの帰りに伊勢国に寄ったということなのだが、自宅は「安土ではあるが天守閣ではないどこか」ということになる。
 この小説ではこの後、天正7年の9月に起こった第一次伊賀攻めが描かれる。信長の次男織田信雄のぶかつは伊賀忍者によって敗走を余儀なくされ、戦の後、主人公の無門むもんはある目的をもって安土の信長のもとに現れる。
 このときの信長は、安土城の天守閣にもう住んでいる。信長の家臣が記録した『信長しんちょう公記』に天正7年の5月11日に信長が安土城の天守閣に引き移ったと記されていることではっきりする。こうして、無門が信長と会う場所は、例の煙突状に建設したとされる安土城の天守閣の中ということになった。
『村上海賊の娘』は、のっけから天正4年の小説だ。この小説にも、信長はちょっとだけ登場する。天正4年の5月、現在の大阪にあった信長の砦、天王寺砦が大坂本願寺方の軍勢によって包囲され危なくなった際、信長自身が救援にやってくる。このとき信長はたまたま京都に滞在しており、急報に触れて加勢にやってくるのだが、自宅は「安土ではあるが天守閣ではないどこか」である。
 天正4年時点の安土城を、小説の中でシーンとして描いたことはない。が、天正4年の段階の信長を書く際には、「信長は安土に住んでおり、そこには建設中の城があり、おそらく信長は安土山の中腹かふもとの御殿に住んでいた」とイメージしながら書くようにしている。具体的なシーンで歴史をとらえなおすことには、こんなことも含まれるのである。
 最後に『小太郎こたろうの左腕』に関連して、本書を読んで思い出したことをもうひとつ。
 本書では、鉄砲を複製した種子島の刀鍛冶が描かれ、「これはネジというものだな」というセリフを言わせているが、この刀鍛冶には八板やいた金兵衛きんべえという名前がある。
 金兵衛は、種子島たねがしま時尭ときたかから命ぜられた鉄砲の複製についてどうしても分からないことがあった。鉄の筒である銃身のおしりの部分(尾栓)が、ネジの技術がなかった当時、単に鉄の栓を押し込んだだけの金兵衛のやり方では鉄砲を撃発した際、吹き飛んでしまうのである。
 考えあぐねた金兵衛は妹の若狭をポルトガル人に嫁にやる約束をして、ネジの技術を教えてもらい、無事鉄砲の複製は成功したという次第。
 僕はこの話を海音寺かいおんじ潮五郎ちょうごろうのエッセイで知った。一説には若狭は妹ではなく、娘だというのもあり、伝説のようでもあるが、種子島にはこの金兵衛の銅像が建てられていて、この伝説も紹介されている。『小太郎の左腕』を書く際、この伝説を紹介したかったが、根拠となる史料が不明だったため書かなかった。あるいは海音寺潮五郎が種子島を取材する際に現地の人から聞いた話なのかも知れない。ともかくも、漫画の一コマにさりげなくこんな人物を潜り込ませるあたり、本書はなかなか侮れない。


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