本文庫は、「グアムの探偵」シリーズ第二弾である。
これまで松岡圭祐による「千里眼」「万能鑑定士Q」「探偵の探偵」などの人気シリーズ作品を愉しんできた読者であれば、この新シリーズ「グアムの探偵」の登場に驚いたことだろう。探偵小説なのは当然だとしても、なぜにグアム? 日本ではなく、海外、それも南国の島を舞台に選んだのだろうか。
もちろんグアムは日本人観光客が多く訪れる有名な海外リゾート地である。日本から片道四時間しかかからず、しかも安いパックツアーで行ける手軽さなども人気の秘密なのだろう。そして、第一作の冒頭に掲げられた「前書きにかえて」によると、「愛人を連れた中年男は、みなグアムに行きたがる」らしい。グアムなら探偵の追跡を撒けるからだ、という。なぜなら海外だと日本の探偵に法的効力がない。対象者をつけ回したり、隠し撮りしたりすることが出来ず、逆に犯罪者扱いされてしまう。そこで登場するのが、現地で仕事をこなす「グアムの探偵」なのである。
すでに『グアムの探偵』を読んでいれば話は早いが、未読、もしくは細かいことを忘れてしまった読者にあらためて説明すると、グアムにおける探偵とは、準州政府公認の私立調査官であり、まっとうな法の執行者なのである。なにより日本の探偵との大きな違いは拳銃の携帯許可を持っていることかもしれない。
本シリーズで活躍するのは、イーストマウンテン・リサーチ社の面々であり、特に若き調査官レイ・ヒガシヤマとその父および祖父の三人がクローズアップされている。親子そろって探偵役というのはすでに珍しくもないだろうが、三世代というのは斬新な設定だ。レイは二十五歳の日系人でハンサム、しかも探偵としての高い能力をそなえている。レイの父、四十九歳になるデニスはハーフながら黒髪に黒い瞳をもつ男。ロサンゼルス市警に勤めていた過去がある。妻のケイコは日本人だ。さらにレイの祖父であり、デニスの父である、七十七歳のゲンゾー・ヒガシヤマは純血の日本人である。アメリカ市民権を得た元警官で、フランス系アメリカ人の妻エヴァと結婚した。ゲンゾーとエヴァの間に生まれたのがデニスで、その孫がレイというわけである。
これまで松岡圭祐による探偵シリーズでは、「万能鑑定士Q」の凜田莉子、「探偵の探偵」の紗崎玲奈、もしくは「水鏡推理」の水鏡瑞希など、若きヒロインが活躍する物語が目立っていた。だがここでは、まったく正反対のキャラクター、それも三世代にわたる男たちが探偵となっており、作者にとっても新たな挑戦作であるにちがいない。
当然、海に囲まれた典型的な海外リゾート地が舞台となっているのも、一連の松岡作品とは大きく異なるところだ。多くの旅行者がグアムへと向かうのは、バカンスのためである。日々の労働、煩わしい世間、細かい悩みごとなどからしばし解放されようと遊びにいく。美しい海とビーチ、豪華なホテル、ショッピング街にレストラン。日常から離れた夢の世界がそこにある。だからこそ、中年男は愛人をグアムへ連れて行こうとし、その流れで現地の探偵に仕事が依頼されるという構図も生まれるのだろう。
また、ハワイとも沖縄ともちがう、グアムという土地が抱くさまざまな面が、本シリーズで描かれるいくつもの事件に関係していることにも注目したい。有名なビーチや観光名所を舞台にしながらも、それだけで終わっていないのだ。そして日本の旅行者だけではなく、現地の人たちをはじめ、近隣の国から働きにやって来た人々、軍関係者など、さまざまな人物が作品ごとに登場する。さらに、日本以上に韓国からの観光客が増えていることや、一時期、北朝鮮による核の脅威が迫っていたことなど、グアムに関する近年の状況などもしっかりと話に盛り込まれている。おそらく、これまでの人生でいちどもグアムへ行ったことのない読者でさえ、本シリーズを読めば、ちょっとしたガイドブックよりもはるかにグアムの知識を身につけることだろう。
もちろん探偵小説ゆえに、物語のなかで不可解な事件が次々に起こる。非日常性にあふれていることでバカンスの愉しさが成立するのならば、犯罪もまた大半の人にとっては非日常的なものだ。日本に住み、家と会社もしくは学校への往復を繰り返すばかりの毎日では普通お目にかからないことである。すなわち、リゾートの犯罪とは、非日常性を掛け合わせた出来事にほかならない。グアムで事件が起これば、もうそれだけで読む人を興奮させる何かを持ち合わせていると言えよう。さらに松岡圭祐ならではの巧みなマジックが作中のあちこちに仕掛けられている。いっけん凡庸に思えた事件が、物語の展開につれて大イリュージョンへと変貌していくのだ。とんでもない面白さのミステリに仕上がっている。
さて、第一作同様、今回も五つの事件が並んでいる。第一話「スキューバダイビングの幻想」は、千葉駅前のミクニ綜合調査社からやってきた梅澤祐樹という探偵がイーストマウンテン・リサーチ社を訪ねる場面からはじまる。梅澤は、ある男の追跡調査でグアムまでやってきた。その男の妻が夫の浮気を疑い、依頼してきた一件だった。まさに「愛人を連れた中年男は、みなグアムに行きたがる」という言葉どおりの展開である。四十代半ばの会社役員男性が出張と偽り、十九歳の女子大生を連れてグアムへ遊びにやってきたのだ。だが、そこで思わぬ事態が巻き起こる。ひねりの効いた話運びの巧さに加え、予想外の真相に驚くばかりだ。
つづく「ガンビーチ・ロードをたどれば」は、雨季にはいった七月のグアムが描かれている。ひとりで旅をしていた若い女性、館川結衣が、ガンビーチで財布とパスポートを盗まれたという。さらに別の観光客からも財布を盗まれたという被害が報告された。ところがその盗まれた財布とパスポートが意外な場所で発見されたのだ。一般人はけっして足を踏み入れることのできない場所。やがてひとりの男に疑いがかけられた……。いわば不可能犯罪を扱った作品だが、大胆不敵な犯罪のトリックだけではなく、被害者女性に絡んだエピソードが心に響いた。
そして「天国へ向かう船」は、個人的に本作品集のなかで、もっとも気に入った一作である。あるときレイ・ヒガシヤマが目覚めたところ、なんとそこは船のなかだった。ほかにも四人の男女が船室にいたばかりか、さらに驚いたのは、GPSで現在地を調べたところ、そこはおよそありえない場所だったのだ。いったいだれがなんのために五人を誘拐し、こんなところに連れてきたのか。まさにイリュージョン・マジックとでもいうべき大がかりな事件が展開していく。スケールの大きさ、圧巻のトリック、緊迫感あふれるストーリーと三拍子そろった傑作である。
次の「シェラトン・ラグーナ・グアム・リゾート」では、殺人事件が扱われている。ご存じ松岡圭祐による人気シリーズのひとつ「万能鑑定士Q」は〈人の死なないミステリ〉として知られていたが、本作「グアムの探偵」でも、これまで失踪、誘拐、強盗などの犯罪はあっても、人が殺される事件が描かれることはなかった。それだけに本作の冒頭はショックに思ったものだ。もっともミステリとしての読ませどころは、いわゆるアリバイ崩しにある。いかにして犯人は事件発生時のアリバイをごまかせたのか、探偵はトリックを見破ったのか。顧問弁護士の働きをはじめ、証拠となったビデオ撮影など、単純な殺人を意外性に満ちた探偵小説にしてみせる作者の手腕はお見事というほかない。ちなみにシェラトン・ラグーナ・グアム・リゾートは実在する超高級ホテルである。
そしてラストの第五話、「センターコート@マイクロネシアモール」は、グアムで最大規模をほこるショッピングセンターを舞台にしたものだ。建物内のセンターコートでアメリカ西海岸のバンド「ストレイシズ」がライブをおこなう予定だったが、主催者あてに「ストレイシズのライブを中止しろ。開演すれば会場を爆破する」という脅迫状が届いた。すでに千人分のチケットは完売している。警備をまかされたのは、イーストマウンテン・リサーチ社で、やがて不審物が持ち込まれたとの連絡がきた。はたして最悪の事態をふせぐことはできるのか……。これもまた実在する商業施設を舞台にした大規模な犯罪の表裏をたどっていく物語ながら、幾重にも企みがほどこされているため、まったく先が読めず、ただページをめくっていくばかりだ。
ざっと収録された五作それぞれの読みどころをネタをばらさぬよう紹介したつもりだが、まだまだ書き切れていない部分も多い。単に観光名所や有名な場所で起きた事件を並べただけではなく、グアムの光と影がしっかりとその背景にあるほか、キャラクターの魅力やちょっとしたエピソードなど、細部まで物語の面白さがつまっているのだ。堪能した読者は、きっと次作が書かれることを期待するだろう。
なぜにグアムの探偵なのか。次々と不可解な事件が生まれ、それを見事に解き明かす三人の男がいるからだ。
>>松岡 圭祐『グアムの探偵 2』
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