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レビュー

日常の言葉や所作は呪いにつながっている?奥深いオマジナイの世界へご招待!『お咒い日和 その解説と実際』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:いちやなぎ ひろたか / 横浜国立大学教授)

「おまじな日和びより」。なんともインパクトのある、不穏なタイトルだ。「オマジナイ」でも「お呪い」でもなく「お咒い」。しかもこの後には「日和」とくる。「日和」といえば「小春日和」とか「行楽日和」とか、のどかな晴れ渡った良い天気を連想しないだろうか。それを、よりによって「お咒い日和」。いったい、どんな日なのだろう。豪雨で雷が落ちて突風が吹いても、まだ足りない気がする。

 私たちに染みついている「じゆ」=「呪」のイメージは、不吉なもの、人間の負の要素を凝縮したようなもの、悪しきものだ。しかし加門さんによれば、オマジナイもマジナイもノロイも、超常的な力に依存して結果を得ようとする行為という点で、大差はないらしい。あるのはただ、術者の心持ちの違いだけなのだが、しかしその心持ちも、何が善で何が悪なのか、そう簡単には決められないと、加門さんは言う。

 ならばおはらいも呪詛も、手のひらの表と裏に過ぎない。光と影は、いつだって表裏一体だ。しかも私たちは、まぶしい光を浴びてばかりだと疲れてしまう。闇の怖さを知ってはいても、どうしようもなく闇に惹かれる自分もいる。そして私たちは、そのことをよく知っている。「小春日和」に心躍るのも「お咒い日和」にほくそ笑むのも、同じ自分だ。だからこそ、両方のバランスを上手に保ちながら、日々を過ごそうと心掛けている。加門さんが説くのは、このバランスが崩れた時に生じる世界のゆがみの、修正の仕方である。オマジナイとは、こうした手立てのひとつなのだ。

 とはいえオマジナイは、単なる技法の問題にとどまらない。それらの技法を駆使する「心」の問題とセットになっている。だから、本書は具体的なオマジナイの技法を説明しようとはしない。本書にはたまに「煩雑になるから、理屈は割愛」みたいな箇所がある。これは、加門さんが怠慢だから、という訳ではない。具体的な技術や理屈をわかりやすく解説したところで、オマジナイの本質は見えてこないからだ。そして、オマジナイの本質を理解していなければ、具体的な技術をマスターしても意味がない。

 さて、「咒」が超常的な力に依存する行為である以上、超常的な力の源である「あちら」の存在を無視することはできない。しかし、こちらと「あちら」の関わりについて語ることは、きわめて難しい。

 私たちは、時に「あちら」的なるモノと出くわすことがある。その体験に、私たちは震え上がる。間違っても、癒されたりはしない。なぜかといえば、私たちがあまりにも「あちら」について無知だからだ。わからないものは、恐怖の対象にしかならない。だからこそ私たちは、長い年月をかけて「あちら」を知る手立てを探り、「あちら」を味方にする手立て、遠ざける手立てを編み出し、言葉そのものや遊びや職業的な慣習といった、さまざまな場のなかに、それらの知識を蓄えてきた。

 しかし時は流れ、私たちは「あちら」を必要としなくなった。私たちはこちらのことわりだけで世界をコントロールできると判断した。この忘れられつつある「あちら」に関する情報が、本書では「咒」を通して束ねられている。しかも、加門さんという格好のナビゲーターの導きによって、私たちはひととき「あちら」に思いを馳せることができる。

「咒」の世界は、下手に首を突っ込むと命に関わるらしい。「あちら」とのアクセスは加減が難しいし、なによりこちらの理が通じない。こちらの善悪の基準が「あちら」に通じるとは限らない。「咒」というマージナルな場について、その意味するところを適切にこちらの言葉に翻案し、意味づけを試みる加門さんの手つきは、たくみのワザそのものだ。

 本書が単なるオマジナイの指南書ではないことは、すでに明白だろう。本書は、オマジナイを実行するためには、いかに「世界」に対する深い認識が必要なのか、その気づきを与えるための入門書なのだ。ならば、晴れ渡った良き日にこそ、本書を読んで「咒」について思いをめぐらしてみよう。そのとき私たちは、言葉と出来事がつむぐはるかな歴史の地平に隠された、奥深い「咒」の世界に心震えることだろう。



加門七海『お咒い日和 その解説と実際』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321911000246/

関連記事≫【対談 加門七海×辛酸なめ子】知識としての「オマジナイ」とその考え方


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