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レビュー

うかうか「盗み」もしちゃいられねえ! 恋の指南もお任せあれ!?『鼠、恋路の闇を照らす』解説

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:ペリーおぎ / コラムニスト)

 の夜を走り、するりするりと事件のただなかに入り込む、鼠こときちの活躍を描くこのシリーズ。本作で興味深いのは、令和の今にも通じる当時のブームがたくみに織り込まれていることだ。


書影

赤川次郎『鼠、恋路の闇を照らす』
定価: 726円(本体660円+税)
※画像タップでAmazonページに移動します。


 たとえば「鼠、ご来光を拝む」の章で描かれるのは、ご来光を求めての山登り。次郎吉の妹で小太刀の達人のそでが、長屋の連中とともに山登りに参加すると言い出す。小袖は江戸の「山ガール」といったところか。次郎吉は、当然のごとく無関心。なにしろ、次郎吉は真夜中に忙しいのである。だが、彼女を憎からず思っている武家の若者、よねはらひろしんといっしょの登山だと聞くと、妹が心配な兄は不承不承ついていくことになる。

 小袖が「心が洗われる」と言った山登りは、信仰と行楽を兼ねた気楽な旅で、江戸時代にもとても盛んだった。江戸から人気のコースは、現在の神奈川県はら市のおおやまに参拝する「大山まいり」で、帰りはしまかまくらにも立ち寄る物見遊山ツアー。このあたりの散策は今も大人気だが、江戸庶民もこぞって押し寄せ、江戸の人口が百万人の頃に年間約二十万人が大山をめざしたというから、まさに猫もしやくもという感じだったらしい。

 また、ご来光といえばさん。古代から崇高な山として信仰された富士山に登りたいという庶民は多かったが、江戸からふもとかみよしまではかなりの健脚でも三日はかかり、費用も高額で、お気楽旅とはいかない。そこでみんなでお金を出し合って、代表者に祈願を託して登山してもらう「富士講」という仕組みができた。2013年、世界遺産に登録された富士山に世界中から登山者が訪れていることはご承知の通り。鼠や小袖が向かった山は、富士山ほど遠方ではないようだが、清らかさを求めた小旅行で、ささいなことから旅人たちを「あやしい」とにらむ二人の観察力は、さすが。同行している足をひねったおかねさんを気遣いながらの探索はなかなか大変だが、兄と妹の連係は見事だ。

 続く江戸のブームは、恋文。

 世界的にみても識字率が高かったとされる江戸では、恋文は重要な恋愛ツール。気になる相手に熱烈な恋文を送って猛アタックする若者たちも多かった。江戸時代後期には『おんなようぶんしのぶぐさ』という恋文マニュアルも出版され、場面別の文例や心得、相性占いまで徹底指南。「恋文をもらった女性がすぐ返事するのは軽はずみと思われるのでお勧めしない」などの実践的アドバイスは、現在のSNS、メッセージカードや手紙にも通じている。また、よしわらなどの遊女は、営業活動の一環としてお客に恋文を書く。遊女向けの恋文マニュアル『ゆうじよあんもん』もあり、「二度の客へ送る文」「なじみの客に送る文」「しばらく来ない客に送る文」などが掲載されている。現在のビジネス文書指南書に近い。

「鼠、恋文を代筆する」には、女子に大人気で毎日恋文を何通も渡されるアイドルのようなイケメンむろこうろうが登場する。やがて、彼への恋文がもとで若い娘が川に身を投げるという悲劇が。そんなモテ男だが、小袖の室井評価は、

「品の良さがない。だからいくら見た目が美しくても、美しいって感じられなくなっちゃうのね」

と超辛口だ。

 すると、およそ恋文には縁のなさそうな次郎吉が、自ら書いてみようかと言い出して、さすがの小袖も驚く。だが、恋文を怪しんだ次郎吉にはあるもくみが……。

 恋文の代筆は公式な職業ではなかったが、無筆の人もいたので、実際には代筆を頼むことはあったらしい。はら西さいかくの「好色一代男」の恋多き主人公・すけは、なんと八歳のときに手習いの師匠に恋文を代筆してもらう場面が出てくる。西鶴の故郷である大坂や京では正月にに水干を身に着け、顔を隠した物売りの「懸想文売り」が、梅の枝に恋文をつけて売り歩いた。この恋文は良縁を招く縁起物で、現在も京都の神社の節分祭では懸想文売りがお札を売る。平安時代に身分の低い貴族が顔を隠して恋文を代筆したことが起源と言われるが、顔を見せない鼠とどこか通じる気もする。

「鼠、心中双子山の噂話」は、まさに江戸のブームがいっぱいの章である。

 心中事件で亡くなった女を見捨てた男と間違われて、女の妹からかたきと狙われた広之進。しかし、その事件には裏のまた裏があった。

 タイトルの心中も一種のブームになった時期がある。そのきっかけと言われるのが歌舞伎や文楽でおなじみの「曾根崎心中」だ。鼠小僧が活動する百年以上前に実際にあった遊女と商家の手代との心中事件を題材にちかまつもんもんが脚本を書いた人形じようで、この作品は大ヒット。以後、歌舞伎などでも人気を博し、影響を受けた心中事件が相次ぎ、ついにきようほう八年(1723)、幕府は心中物の上演や脚本の執筆も禁止するお触れを出した。それでも心中を図って、ひとりが生き残れば、殺人の罪、ふたり生き残った場合はさらし者にされた上、身分をはく奪されるという厳罰が下された。

 また、怪談ばなしも江戸のブームのひとつ。ぶんせい末期は、江戸には125軒ものがあったといわれるほどの落語隆盛期で、初代はやししようぞうは高座に化け物の人形や仕掛けを持ち込んで盛り上げる怪談噺で大人気になった。ひとりお化け屋敷かテーマパークか。その様子はうたがわくによしの浮世絵にも残されている。お化けが大好きな江戸っ子にとって、「双子山心中」のようにお上が禁じた心中を図った男女の愛憎から起こる怪談噺は、さぞかしウケたに違いない。落語や怪談、ホラーは多くの現代人を魅了する。

「心中双子山~」では正蔵師匠と鼠が会話する。なかなかいきな場面だ。ふすま越しに突然、声をかけてきた相手が鼠と知って驚くが、そこはさすがに世慣れた師匠。返す言葉が、

「うちにゃ千両箱なぞありゃしないが。何のご用だね?」

 落ち着いたものである。そしてやまの薬売りから聞いた話をもとに怪談噺をこさえたと鼠に伝えると、

「いや、本物の〈鼠〉と話せるなんざ、夢のようだ。噺に使ってもいいかね?」

 ここで出てきた「富山の薬売り」は、今も続く「置き薬」の行商で、彼らが旅先で見聞きしたさまざまなウワサや逸話、薬のおまけだった役者絵や名所絵は貴重な情報として重宝された。

 鼠や小袖が調べるほど、不可解な心中事件。幽霊より怖い生きた人間による怪談噺ともいえる章である。

 次々とブームに接する次郎吉たちは、文化の最前線にいたと言える。だとすると、次郎吉の周囲の女性たちは、江戸のイマドキ女子。彼女たちは流行ともうまくつきあいながら、わが道を行く強さを持っている。

「鼠、恋路の闇を照らす」では小袖が小太刀で悪浪人を撃退し、「鼠、隣の客の子守唄」では、悪党二人組を見つけて、次郎吉が一人の腕をねじ上げ、もう一人の男のしりを小袖が斬りつける。仕上げは女医・せんぐさのところで働くおくにが、こぶしを固めて男の顔を一撃。泣き出した男たちは、悪事の一部始終を白状するのだ。

 お国は「鼠、空っ風に吹かれる」でも大活躍する。しようの手術をした千草のことをインチキだと言ったり、女は飯を炊いたり針仕事をしてりゃいいと陰口をたたいたり、しきたりにこだわってぐたぐだ言う村人に女は引っ込んでろと言われると、猛反発。

「女から生まれて、母ちゃんのおっぱい飲んで、母ちゃんにおムツ替えてもらって大きくなったんじゃないか! 大きな口叩(たた)くんじゃないよ!」

 お国のこの言葉に村のおかみさんたちも笑いながら同調する。時代小説を読む喜びのひとつは、こういうスカッとするたんに出会えること。お国の成長は、これからも楽しみだ。

 一方、千草先生は「次郎吉さんの顔を見たら疲れがとれそうな気がして……」なんてことを言ってたのに、次郎吉とは進展なし。あらら。まあ、これがこの二人らしいところか。

 女たちは、ますます強くなりそうだが、次郎吉は果たしてどう対処するのか? 質問しても本人はと気配さえ残さず、消えてしまうだろう。

「お邪魔しやした」

 また会える日を楽しみにするとしよう。

赤川次郎『鼠、恋路の闇を照らす』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322002000923/


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