【カドブンレビュー】
「国に盗人、家に鼠」といえば、「いついかなる世の中にも、程度の差こそあれ、悪人の種は尽きないものだ」という意味であるが、本作の世界では全く正反対の意味で使われそうである。江戸時代に実在した大泥棒、「鼠小僧」の活躍を描いたシリーズの第11弾。今回は色恋沙汰の絡んだ厄介なトラブルを、鮮やかに解決していく主人公「次郎吉」のカッコ良さが際立つ作品だ。偽の恋文に秘められた暗号文の謎、正室と側室との覇権争いの末路、悲劇的な心中話の真相などを持ち前の洞察力と神出鬼没の捜査能力で次々と解き明かしていく。困っている人がいれば助けずにはいられない男気も増すばかりで、盗みに入った家で起こった火事を消火する姿には、妹の「小袖」もあきれるしかない。入り組んだ事情を持った男女関係でも、懐に飛び込んでは完璧な仲裁をするのだから、なんとまぁ気持ちのイイ泥棒だろうか。
「弱きを助け、強きを挫く」といった人情話がいつの時代においても人気なのは、そうあってほしいという私たちの願望を反映しているからなのかもしれない。実際の世の中は白黒つけられるほど単純ではないし、理不尽な出来事も起こると理解しているからこそ、こうしたまっすぐな「正義」の物語にカタルシスを感じるのだろう。そして、窮地に立たされた人を無償の手で救い出す「鼠」というヒーローには心底惚れてしまう。ただでさえ面倒くさい人間関係のもつれに金と痴情が加われば、誰もが避けて通りたくなるはずだ。それを厭わず、見返りすら求めず、「たまにゃ人助けだ」と言って困っている人を助ける。どうかフィクションの世界から抜け出して、人生のピンチに駆け付けてきてほしい。「国に盗人、家に鼠」の意味がひっくり返ってしまう世の中は来ないものだろうか。
>>赤川次郎『鼠、恋路の闇を照らす』
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