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レビュー

夫婦の死は心中か、殺人か――男女の複雑な三角関係が生み出す、西村京太郎の極上ミステリ『殺意の設計』

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

(解説:山前 譲)

 一九八〇年代半ばから、日本のミステリー界ではトラベル・ミステリーが人気のジャンルとなった。その強力なけんいん車が西にしむらきようろう氏だったのは言うまでもない。西村氏のオリジナル著書は六百冊を超えたが、その多くがトラベル・ミステリーである。ただ、ひとくちにトラベル・ミステリーといっても、当然のことながら容易にトラベルという言葉だけでくくられるものではない。たんに舞台に限ってみただけでも、寝台特急を中心にしたとうほくほんせんとうかいどうさんよう本線などの幹線、『急行奥只見殺人事件』(一九八五)などのローカル線、うえ駅や東京駅などのターミナル駅、そして『オホーツク殺人ルート』(一九八四)などのようにある地域に注目したものと、おおまかに四種類がある。

 また、別の見方として、推理小説的な内容でとらえれば、『寝台特急あかつき殺人事件』(一九八三)のように鉄道のダイヤグラムなどを利用した本格アリバイ物、『夜行ミツドナイト列車・トレイン殺人事件』(一九八一)のようなタイムリミット・サスペンス、『北帰行殺人事件』(一九八一)のような追跡型のサスペンス、そして『殺人列車への招待』(一九八七)のように一種の無差別殺人を意図しているかのような犯罪者を描いたサスペンスと、一作ごとに読者を飽きさせない工夫が凝らされている。

 こうした西村作品のヴァラエティに富んだ作風は、トラベル・ミステリーに限ったことではなく、本書『殺意の設計』の書かれた時期、すなわち西村氏が長編を数多く発表し始めた一九七〇年代からずっとみることのできる特徴である。

『殺意の設計』は一九七二年十月にこうさい出版社からこだまブックの一冊として書き下ろされた長編であるが、ちょうどこの七二年を挟んだ七一年から七三年までの三年間は、六五年に『天使の傷痕』で第十一回がわらん賞を受賞してからしばらくの雌伏の時を経て、陸続と長編を発表した時期であった。

『天使の傷痕』以後、六六年に『D機関情報』を、六七年に『太陽と砂』を発表した西村氏だが、六八年は長編が一作もない。六九年には「悪の座標」を「徳島新聞」に、七〇年には『仮装の時代』を「大衆文芸」にそれぞれ連載したが、一冊にまとめられたのは、前者が七一年(『悪への招待』と改題)、後者は八五年(『富士山麓殺人事件』と改題)だった。それが七一年からの三年間には、一年に四作ないし六作の長編を刊行している。

 まず七一年には、南アフリカの人種差別に抗議するグループが豪華客船を乗っ取る『ある朝 海に』やまもなく海外へ旅立つはずの若者が殺人を犯してしまう『脱出』といったサスペンス、コンビナートの公害問題に絡んだ少女の投身自殺が発端の『汚染海域』や住宅入手難が動機にかかわる『マンション殺人』の社会派推理、そして、双子のトリックであると冒頭に提示して読者への挑戦を試みた『殺しの双曲線』やエラリー・クイーン、エルキュール・ポワロ、メグレ警視、あけろうが共演するパロディ『名探偵なんかこわくない』の本格物、と以上六作が書き下ろされた。さらにもう一作、新車のテスト・ドライブを題材に扱ったアクション推理「東から来た男」(『血ぞめの試走車』と改題)が、この年から翌年にかけて新聞連載されている。

 七二年には、本作を皮切りに、沖縄のろん島を舞台に民族問題や土地開発を取り上げた『ハイビスカス殺人事件』、べつ行の観光船上でクイーンら先の四人の名探偵にアルセーヌ・ルパンが挑戦する『名探偵が多すぎる』、七島のこうしまを舞台に海洋開発絡みの連続殺人が起る『伊豆七島殺人事件』が書き下ろされている。

 七三年になると、南海の孤島に伝わる真紅の花アカベの伝説にまつわる伝奇推理『鬼女面殺人事件』、アイヌの民族問題を取り上げた『殺人者はオーロラを見た』、がわ最初の長編でたいへいようにアリバイ・トリックが大胆に仕掛けられる『赤い帆船クルーザー』、名探偵パロディの第三作『名探偵も楽じゃない』が書き下ろされ、本格的なゴルフ推理『殺しのバンカーショット』が週刊誌に連載された。

 これらの作品は、乱歩賞受賞の頃から、がわしん門下の集りである「しんようかい」で学んだあとの成果である。その会誌『大衆文芸』に発表した五編の短編をまとめた私家版短編集『南神威島』(一九七〇)の「あとがき」によれば、「推理小説は、曲がり角に来ているといわれる。/その理由はいくつか考えられるが、死体が横たわり、刑事が出てくれば、それで推理小説ができあがってしまうという安易な考えが、作家の側にあることも否定できない。/その結果、現実の事件が、作品を上まわる面白さを示すという皮肉な結果を招き、作家が必死で現実の事件を追いかけるということになる。風俗的というより、週刊誌的な推理小説の氾濫は、それを示している」という感慨を抱いた西村氏が、せきを切ったように発表したものだけに、推理小説的な展開もさることながら、そのバックグラウンドとなっている世界の多様さが注目される。七四年には肝臓障害により長編は一作しかなかった西村氏であるが、七五年からも、ほとんどがトラベル・ミステリーとなる八一年まで、様々なタイプの長編が刊行されている。


書影

西村京太郎『殺意の設計』
定価: 748円(本体680円+税)
※画像タップでAmazonページに移動します。


 さて、本書『殺意の設計』は、著名な画家とその妻、そして画家の友人との三角関係の果てに起った無理心中と思われる事件を挟んで、第一章から第四章までと第五章から第十章までの二部構成になっている。すなわち、第四章までの前半は、事件にいたるまでの経緯が一人の女性の視点で描かれている。そして第五章からの後半は、捜査側の刑事の視点から、事件の真相を探り犯人を追及していく経過が語られる。

 推理小説(探偵小説)を定義して、「主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれていく径路の面白さを主眼とする文学である」と述べたのは江戸川乱歩氏であるが(評論集『幻影城』)、この『殺意の設計』は、前半が次第に不安な状況に追い込まれる女性の心理を中心にし、後半は一転して、その定義にあるように、謎が徐々に解かれていく過程を楽しむことができるように書かれ、サスペンス・ミステリーと本格推理のふたつの味わいを併せ持ったぜいたくな構成となっている。

 七二年には、前述のようにこの作品を含めて四作の長編が発表されたわけだが、その多彩さには驚かれるに違いない。そして現在多く書かれている西村氏のトラベル・ミステリーでも、たんに場所や列車が違うということではなく、一作一作なにかしら新しさを感じさせてくれる。こうしたところに、西村作品が多くの読者をつかんでいる要因があるのだろう。『殺意の設計』は、そんな西村氏の魅力を満喫できる長編として、読者の期待を裏切らない作品である。

西村京太郎『殺意の設計』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322008000172/


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