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レビュー

新学期、自分の居場所をさがすほやほや中学生たち。まぶしさいっぱいの青春群像劇『クラスメイツ〈前期〉』

 すごいなあ森絵都。読み始めたらやめられないのだ。公立中学校一年A組の一年間を描く小説だが、二十四人のクラスメイトの視点でリレーしていくという構成が、まず素晴らしい。たとえば冒頭は、千鶴ちづるの視点で語られるが、中学に入ってすぐ、仲良しのしほりんと吹奏楽部に入部するまでが描かれる。すると次の章ではしほりんの視点になり、女子の仲良し三人組なんて嘘だ、レイミーさえいなければ千鶴ともっと仲良くできるのに、という心理が語られる。ところが学校のウェブサイトにそのレイミーをからかうような書きこみがされて翌日彼女が学校を休むと、千鶴を独占できても思ったほど心が浮き立たないことに気づく。そういう微妙な心理を描く章だが、さりげなくここに、口うるさい久保くぼさんや、お笑いキャラの心平しんぺいや、お調子者の蒼太そうた、そしてすぐにキレる近藤こんどうなどが登場していることに留意。口うるさいこと、お調子者であること、すぐにキレること、そういう特徴にはそれぞれの理由と事情があるのだが、それはゆっくりとあとの章で語られていく。すぐには語られず、忘れたころにふいに浮上してくるのだ。こういう構成が絶品だ。
 一年A組の十二人の男子の顔を思い浮かべるくだりが、保健委員の里緒りおの章に出てくるが、これはその代表的な例といっていい。里緒は一人ずつ名前をあげていくのだが、最後の二人が思い出せない。里緒が語り手となるのは最初から五番目の章だが、それまでに視点人物となる蒼太やハセカン以外にも、男子は登場している。イタル、心平、ヒロ、近藤、楓雅ふうが敬太郎けいたろう、タボ、吉田よしだ――ここまで名前をあげて、残り二人が思い出せないというくだりだが、そこまで言われると誰なんだろうと気になってくる。里緒が名前を思い出せないくらいだから、それだけ印象が薄いということだが、もちろんそれにも理由と事情がある。しかしこれもすぐには語られない。一人はすぐに視点人物となって出てくるが(この男子生徒の章が個人的には好きだ)、もう一人は〈後期〉にならないと登場しないのである。ちなみにこの連作短編集は、「上下巻」ではなく、〈前期〉〈後期〉という表記になっている。
 最初から三番目の蒼太の章で語られる「教室のガラス戸を誰かがサッカーボールで割った事件」も、こういう構成の中にある。それを発見したのは蒼太で、第一発見者が疑われるのだが、教室にヒロが最後まで残っていたことを思い出し、「真犯人は、ヒロだ」と口ばしってしまう。自分の疑いをはらすためについ口にしてしまったのだが、まさか優等生のヒロがそんなことをするわけがないと、蒼太も思っている。当然クラスのみんなは信じない。「やっぱ蒼太、サイテー。人に罪を着せようとしちゃって」と言われるありさまだ。急いで目次を見る。ヒロが語り手となる章はいつだ。そこを読めば真相がわかる。ところがヒロが視点人物となるのは、なんといちばん最後。〈後期〉のシメである。まさかその最終章を先に読むわけにはいかない。気になったなあこれ。
 生徒たちの視点リレーでクラス全体を描いていくというこの構成のために、榎本志保里えのもとしほり、近藤慎也しんや田町果歩たまちかほ中里至なかざといたる川村かわむら楓雅など、最初からフルネームで登場するクラスメイトもいるが、里緒の姓が「多岐川たきがわ」であったりするなど、あとから追いかけてくるケースも少なくない。そういえば、あとから明らかになるのだが、レイミーが「麗海れいみ」だなんて、そうだったのかよ、となんだか新鮮だ。最初に登場すると同時に、姓名、年齢、職業、出身地など、時には性格までをもすべて「説明」する小説がたまにあるが、そういうふうに想像力が働く余地のない小説は読んでいると辛い。それに比べて、この自由さは爽やかな風のようでもある。
 ヒロの姓が明らかになるのは〈後期〉に入ってからであることも書いておこう。クラス委員長の選挙のときに推薦者の弁のなかにヒロの姓が登場してようやく明らかになる。この〈後期〉編についても、その委員長選挙で久保由佳ゆかに投票したのは誰かとか(すぐには明らかにならず、判明するのはずっとあとだ)、いろいろ書きたいこともあるのだが、〈前期〉の解説の域を逸脱しないように我慢する。目頭が熱くなった箇所が〈後期〉にあるのだが、それがどの箇所なのかも秘密にしたい。ここに書くことが出来るのは、全体がうねるように繋がっていくということだけだ。
 運動が苦手な吉田くんはモテるために勉強を頑張ろうと考えているし、クラスの盛り上げ役として活躍しようと思っていたのにうまくいかず、蒼太は悩んでいるし、合唱コンクールの成功と不登校の田町さんを学校へ来させるために心平は東奔西走するし、ボランティア実習で老人ホームを訪れたこのちゃんはとてもいい体験をしたと思うし、まだまだたくさんのクラスメイトがそれぞれの日々を生きている。特に大事件が起きるわけでもない。なんでもない日々にすぎないが、同時にそれは一度きりの大切な日々なのである。
 大人になったらそれぞれの場でみな忙しく、中学生の日々を思い出すことも少ないが、この連作短編集を読むと、その中学生の日々がどっと蘇ってくる。友の何気ない一言に傷つき、テストの成績が悪かったことを心配し、しかし部活の時間になるとすべてを忘れ、なんだか一生懸命だった日々。まだ将来に何が待っているのかも知らず、何者になりたいのかもわからず、校庭を走り回っていた日々。そういう青春前期の日々が、ぐんぐん蘇ってくる。夏の自然体験合宿があり、秋の合唱コンクールがあり、そしてあっという間に春の修了式を迎えるまでの一年間は、間違いなく私たちの一年間だ。
 目の前で展開するドラマに一喜一憂するのは、気がつくとこのクラスに自分もいるからである。心平や蒼太とバカ話に興じ、りくと昆虫を追いかけ、タボと給食の残りをかけてジャンケンバトルに挑むのは、まぎれもなく中学生の私なのだ。
 そういうふうに思わせるのが小説の力であり、森絵都の凄味なのである。いやはや、ホントにすごい。周知のように森絵都は、九十年代以降のヤングアダルトを牽引してきた作家で、中学生小説をこれまでに幾つも書いてきた。しかしこのように群像を描くのは初めてではなかったか。二十四人の性格や私生活やドラマを描き分けるのはたやすいことではない。一人として同じ人間はいないのだから、クラスメイトが二十四人いれば、二十四のドラマがある。それを軽快に、時にはシリアスに、さらに温かく、しみじみと描き出すから感服する。森絵都の傑作だ。


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