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レビュー

ダサい大人になっていないか?“あの頃”を駆け抜けた僕たちが、“今”を生きるパワーをくれる 『95』

 膝の震えが止まらない。朝からこの調子である。
 ずっとその原因を考えているのだが、尿意が限界というわけでもなければ、仲間に煽られてセンター街を全力疾走したわけでもない。どうやらもう、私の中に微かにあるわだかまりを素直に認めるほかなさそうだ。
 告白しよう。『95』の文末に添える解説文という誉れあるオファーを受けたのにも(かかわら)らず、実のところ私は1995年当時の渋谷をまるで知らない。そのどうしようもない恐怖に、骨の髄まで震撼(しんかん)しているのである。そこに少しも考えを巡らすことなく依頼を快諾したちょっと前の自分に、心からの軽蔑とそしりを捧げたい。
 私は子供の頃から引っ越しを繰り返す人生だったので帰るべき故郷のようなところを持たない。でもそんな放浪人生の中で最も長く滞在し、思春期のほとんどを過ごしたのは神奈川県だった。渋谷は家を出て1時間強で辿り着ける場所。それほど地理的条件に恵まれていながら、ちょうど若さ真っ盛りだった私がなぜ渋谷の全盛期を知りもしないのか。それを紐解くには、読者諸賢の露骨な退屈顔が目に浮かぶ中、鋼のごとき精神力で、当時の自分の話をせねばなるまい。
 およそ褒めるところが1つも見当たらない私の中学2年生時代も終わりを迎えた1995年3月、それは起きた。地下鉄サリン事件である。比較的近くで起きたのだから、多感なお年頃だった私にさぞかし大きな影響を与えただろうと思われるかも知れない。どっこい。自分の行動範囲が首都圏とは真逆の海方面だったのもあって、正直あまりピンと来ていなかった。どこまでもおめでたい14歳だったのである。
 物理的な距離の話ではない。インターネットもまだなく、ポケベルも持たず、ファッションに興味を持つでもなく、運動もまあ苦手。これといった取り柄もなく、興味のあることと言えばプレイステーションかセガサターンのどちらを買うべきかだけの、ナチュラルボーンで残念な少年だった私にとって東京は、手の届く範囲にあっても遙か彼方にあった。私は(しょう)に声をかけられる前のQであり、そのままかけられることのなかったQなのだ。
 そんな私が当時の渋谷など知るはずもなく、そこを舞台にした傑作青春小説の解説文を書くなどとは途方もない。事の重大さに気がついた私は、かくなる上はアウトソーシングだと思い立ち、生まれたての子鹿のように震える足に(むち)を打って、街へ出て取材をすることにした。そして運良く当時の渋谷をド真ん中から見ていたというY氏と、少し遠目から見ていたM氏の2人に出会うことができた。
「渋谷は正しく恐かった」
 両氏が口を揃えるように漏らした言葉である。やっていいことと悪いこと、行っていいゲーセンと行ってはいけないゲーセン、歩いていい道とそうでない道があって、悪目立ちすれば即座に因縁をつけられたという。もちろん恐いだけではなくて、街そのものを全員で共有している感覚があり、そこに出入りしているというだけで、初めて知り合った相手でもすぐに仲良くなれたと。渋谷が『コミュニティ』という街本来の機能を果たしていた、最後の時代だったのかも知れない。どうして渋谷だったのかという問いに対しても両氏は口を揃えて「渋谷に行けば何かある気がしたし、実際あった」と答えた。友達も勝手に増えて、若さだけを理由に大人からもてはやされ、怒りと自己顕示欲とファッションが渦巻いて、まるで自分たちが世界の中心にいるかのような底知れない高揚感が漂っていたという。まだ何者でもない10代には、そこで名を上げることが、もっとも手っ取り早くアイデンティティを獲得できる方法に思えたのだろう。『95』の世界観はなるほど確かに現実にあったのだと、心から思えた。
「そう言うと聞こえは良いけど、ただ単にモテたい、目立ちたいだけだったかも」
 Y氏は照れながら言った。なんだそんなことかと思わず言ってしまいそうなその理由が、私にはひどくリアルに思えた。そしてその不純で健やかな動機は、思春期の男の子にとってこれ以上ない原動力であることを、私も当然知っている。
 当時の仲間やケンカ相手にまた会ってみたいと思うかという問いに、Y氏は「微妙ですね」と顔を曇らせた。お互い色々背負ってしまったから、あの時と同じ気持ちで会える気がしないと。それを聞いた時、本質を垣間見た気がした。当時の渋谷では、どこの誰であろうと、何を背負っていようと関係なく、全員強制的に同じスタートラインから始まり、足が速い者が勝つ。いろいろと〝背負っている〟大人たちのそれとは違う、究極的にわかりやすい社会がそこにはあったのだろう。
 いずれにしろ、当時の自分からするとどこを切り取っても縁遠く、初めて聞くような興味深い話ばかりで、頚椎(けいつい)を折らんばかりに頷きながら聞き入ってしまった。そしてふと自分の記憶を辿れば、神奈川の伝統的な私立だった我が母校にも、翔、レオ、ドヨン、マルコのような、今で言えばスクールカースト上位の集団が確かに存在していた。読者諸賢にも覚えの1つはあるだろう。教室から修学旅行のバスに至るまで、ありとあらゆる箱物の最後列を当然のように占拠する〝あの集団〟である。ただ今思い返すと、我が校の翔たちは、『(わる)』ではあったかも知れないが『(あく)』ではなかった。話せばとてもいい人たちで、責任感もあり、また秩序もあって、そんなところが本書に出てくる5人によく似ていた。早見さんが描く彼らの人物像をどこか身近に感じられたのは、我が校の翔たちのおかげかも知れない。
 Y氏とM氏の話に耳を傾ける内、カーストの限りなく低いところで推移していた私にさえも、Qのそれを1万分の1にまで希釈した薄いカルピスのような青春ならば、高校2年生の時にあったのを思い出した。その時にたまたま仲良くなった友人2人がそれまでに付き合ったことのないタイプで、あろうことか渋谷に服を買いに連れて行ってくれた。明治通りやキャットストリートを3人で練り歩き、完全にお上りさん状態だった私は何を勘違いしたのかトラコンの時計を買った。その時に感じた全能感は、おそらく本書でQが感じていたそれに近いものだったように思う。それからの私はQのような青春を送ったと言いたいところだが、残念ながらそんなおとぎ話はない。でもその代わり、Qが渋谷と出会ったように、私は映画作りに出会った。
 ちなみにもしも。もしも私がこの小説を映画化するとしたら、シナリオに置き換える上で、2つの提案を早見さんにさせて頂くはずだ。まず、宝来(ほうらい)健吾(けんご)の2人を合体させて1人の人物にすること。そのことで起こりうる矛盾を、聡明な読者諸賢ならばすぐにおわかりだと思うが、それを解消するためにあらゆる手を尽くすことになろうとも、私はきっとそうすると思う。もう1つの提案は、Qが仲間に入るのを、最後の最後まで納得しない人物を作ること。その役割はドヨンこそが相応しいだろう。そして最後のファイヤー通りの大立ち回りのシーンで、2人の心が初めて通じ合うという展開にするのだ。あとは、95年当時の渋谷をどう再現し、物理的にどう撮影するのかについて頭を悩ませるに違いないが、それはまた別の話だ。早見さんの読者ならばきっと寛容な人たちばかりであろうという確信こそあるものの、本書の解説文という立場にありながら、あまりにも大胆なことを書いてしまったようだ。これを読んで怒り狂った読者諸賢に街で取り囲まれ、私のただでさえ弱り切っている膝を木っ端微塵に打ち砕かれるようなことがこの先起こらぬよう、ただただ祈るばかりである。
「俺たちは渋谷で目立つ以外の方法を知らなかっただけ。俺からすると、その時期からもう映画に軸を置いてた君の方こそマイノリティだと思う」
 別れ際にそう言い残して、M氏は去っていった。目から鱗が落ちる思いだった。『マイノリティ』という言葉の本旨はともかくとして、口ぶりからして私が褒められていることは確かだった。かつて私が最高に憧れた街で、直視することさえ叶わないほど眩しい青春の日々を謳歌(おうか)したであろう人に、そう言われるとは思いもよらなかった。カースト上位だった彼らも下位だった私も、方法とスケールが違っただけで、求めていたものは変わらなかったのかも知れない。

「カッコイイ大人になれているか?」
 本書は、読者にそう問い続ける。
 子供たちがいかに大人の影響を受けてしまうものなのか、それを毎日のように肌で感じている6歳児の親の身からすると、大人がカッコイイに越したことはないが、カッコ良すぎる大人もまた問題だ。
「暴走族に対するカウンターカルチャーとして、チーマーが生まれたのではないか」
 Y氏はそう分析してみせた。新しい文化は、旧世代を否定してこそ生まれるのだと。その意味では、いつでも後進の踏み台になることを辞さないような、カッコ良さをひけらかさない大人こそがいい。私なら「俺のようになれ」でも「俺のようになるな」でもなく、「俺を忘れて先に行け」と息子に言いたい。それが最高にカッコイイ大人の姿だと、今はそう思うのである。


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